第507話 瘴気

 のどかな風景の中を、馬車の列が長く伸びていく。いやあ、のんびりしていていいねえ。


 ただいま、私達オーゼリア特使一行は、馬車に揺られてリューバギーズの王都へ向かっている。


 何でも、王宮で交易の件を話し合いたいそうな。まあ、国同士の話となったら、一地方領主の手に余るよなあ。


「この馬車、揺れないのね……」

「サスペンションとか、ガンガンに使ってるから。それに、結界も使って路面の補強をしてるしさ」

「ああ」


 なるほど、と隣のリラが納得している。


 私とリラ、コーニーは、馬車列の最後尾にある荷馬車に乗っていた。コーニーは御者台に、私とリラは荷台の後ろに腰を下ろしている。


 進行方向とは逆向きに座ってるから、流れていく景色が見えてちょっと面白い。


 馬車は全てデュバル製で、馬車を引く馬も人形馬だ。しかも最新式の、生き物に見える人形なので、パッと見ただけだと生きた馬と見分けがつかない。


 とはいえ、そこは人形。飼い葉や水がいらず、動力は全て魔力というね。オーゼリア特使は貴族ばかりだから、全員魔力持ちだ。オーゼリアだと、庶民でも魔力を持っている率が高いけれど。


 そんな彼等は、いつでも人形馬に魔力を補給出来る。いやあ、楽でいいねえ。




 リューバギーズの海岸線沿いにある領地ホエバル海洋伯領から王都まで、街道が整備されているんだけど、この道がまた酷い。


 石敷も何もなく、ただ草が生えていないだけの代物だ。当然、雨が降れば馬や馬車の足が取られて進みにくくなるんだとか。


 それだけでなく、道そのものがでこぼこだから、そこにも車輪が取られたりして速度が出しにくいんだって。本来なら。


「それが、たった一日で道程の半分を過ぎるとは……」


 呆然とした様子で呟くのは、特使一行に同行しているこの国の第三王子トイド殿下。


 彼とホエバル海洋伯、その配下と護衛が馬車列の先頭と中間にいて、列を誘導してきた。


 海洋伯はまだしも、第三王子は先行して王都に帰るべきなんじゃないのかねえ?


 それはともかく。ここまでの道には、結界を敷いて表面をなめらかに、でも適度に凹凸を付けて、進みやすい道にしてみた。


 当然結界だから、この馬車列が通り過ぎた後はそれまでの街道に戻る。原状復帰は大事だよねー。


 で、今はちょっと大きめの街の手前。あの街で、ホエバル海洋伯と第三王子、サンド様や数人の伯爵位の特使は宿泊が決まっている。当然、奥方達も。


 そう、この馬車列には、特使ご一行様として、各奥方も同行しているのだ。


 同行出来るのは奥方だけ。お子様も一緒に来ている人に関しては、島の別荘で引き続き面倒をみている。親と引き離すのは可哀想だけれど、これも仕事だから、仕方ないね。


 で、現在私を含む変装組は、ユーインとヴィル様を除いて野営の準備中だ。野営と言っても、移動宿泊施設を使うので、下手したら街中よりも快適かもしれない。


「お母様も、こちらに残りたがっていたものね……」


 あー、そうだろうねー。シーラ様だけでなく、サンド様も何となく未練のようなものを見せていたし。


 設備が整っているというだけでなく、お嫁に出した娘がこれだけ長い時間側にいてくれるのが、嬉しいんだろう。多分。おそらく。


 各宿泊施設を出し終わり、後はオケアニスに食事の用意をしてもらおうと思っていたら、何やら街から早馬が来た。


 何かあったのかと警戒していたら、何と来たのはマントで顔を隠した第三王子その人。


 いや、何やってんの? この人。護衛を撒いたりするなよ。護衛の人達が迷惑するだろうが。


 三男坊って、どこもこんななのかな……


 うろんな目で見そうになっていたら、馬上から第三王子が叫んだ。


「この場に、レラという名の者はいるか!?」


 あれ? 私?


 野営地にいるのは、男爵家、子爵家の者ばかり。彼等の視線は、当然私に集中した。


「お前が、レラか?」

「え? ええ、はい」

「一緒に来てくれ!」

「へ? おうわあああああ!?」


 ちょ! いきなり馬上に引き上げるなああああ! そのまま荷物のように馬の上に横に置かれて、疾走されたんですけど!


 背後から、リラの絶叫が聞こえた気がした。コーニー、後はよろしく……




 私を名指しで呼び出すのは、当然サンド様かシーラ様ですよねー。


「レラ! まあ、淑……女性をこのような乗せ方をするなんて」


 街中の大きな邸の玄関先で待っていたシーラ様は、馬への私の乗せ方に対して、第三王子を非難した。


 今、私は表向き変装して、下働きのような仕事に就いてる……事になっている。間違っても、侯爵家当主の淑女ではないので、シーラ様も苦しいよね。


「許せ、侯爵夫人。緊急なのだろう?」

「それはそうですが……いいでしょう。今はこちらの方が先です。レラ、浄化をお願い」

「え?」


 浄化? それが必要なんですか?


 浄化とは、瘴気を払う事が出来る唯一の術式と言われている。もちろん、使用者の腕前により払える瘴気の濃さが変わるんだけど。


 私の場合、ペイロンの魔の森に出入りしていた聖職者から、この技術を教わった。本来は聖堂関係者以外に教えちゃいけないものなんだって。


 とはいえ、魔の森に入るような人達って、聖職者でも最終的には筋肉至上主義になるから。聖堂の教えそのものに懐疑的になる人が多いんだ。


 それもあって教えてもらう事が出来、かつ森の中で結構な頻度で使ってた。つまり、熟練度もそれなりという事。


 魔法の一種である以上、魔力が多い方が威力も増す。そこに熟練度がプラスされれば? そこらの上級聖職者以上の浄化が使える、脳筋魔法士の出来上がりという訳だ。


 馬から荷物よろしく下ろされて、シーラ様の案内で建物内を行く。ああ、確かにそこかしこが黒く淀んでいるね。


 瘴気は、人の恨み嫉み妬みなどの暗い感情から発生すると言われている。だから人が多い場所は瘴気が溜まりやすい。学院もそうだった。


 人の羨望を集めるだろう領主館も、そうなのかな。でも、明るい感情……祈りや希望、敬意なんかで瘴気は分散、自然浄化されるのに。


 瘴気が残って淀むという事は、そうした自然浄化が間に合わないほど溜まるって事。


 それに、この瘴気は何だか異常。ねちっこいよ。


「シーラ様、ここから浄化していきますか?」

「ここもなの!? ……それは後回しにして。まずは、領主の部屋をお願い」


 領主の部屋!? 驚いたけど、顔には何とか出さずに済んだ……と思う。




 領主の部屋は、邸の二階奥にあった。広くはないけれど、凝った装飾が施された部屋だ。


 その部屋に置かれた寝台に、初老の男性が横たわっている。寝台の脇にはサンド様……と、見知らぬ誰か。


「あちらが、ホエバル海洋伯よ」


 シーラ様が耳打ちしてくる。そうか、あの人が。


 ホエバル海洋伯は、見た目から受ける印象がちょっとサンド様に似ている。ただ、サンド様よりもがっしりした体格は、ゾクバル侯爵を思い出させるな。


 綺麗に調えられたカイザー髭、白いものが目立ち始めている髪は綺麗に後ろになでつけられている。


 そのホエバル海洋伯が、こちらをちらりと見る。


「侯爵夫人、その者は?」

「こちらのご領主の病を治す者です」


 へ? ……ああ、浄化しろって事ですね。でも、瘴気って精神面に悪い影響を与えはするけれど、肉体に変化を起こさせるものだったっけ?


 内心首を傾げていたら、シーラ様が小さい声で頼んできた。


「レラ、お願い」

「わかりました」


 とりあえず、この部屋のねちっこい瘴気は払わないと。浄化の術式を発動すると、一気に部屋が明るくなったように感じられた。


 それはホエバル海洋伯や、遅れてついてきた第三王子にもわかったようで、驚いた顔になっている。


「これは……」

「まさか、こんなに明るくなるとは……」


 呆然と呟く二人を余所に、寝台の男性に目をやる。ああ、やっぱり。


「シーラ様、あの人、殺され掛けてます」

「え?」


 私の言葉に、シーラ様だけでなく室内にいる他の人達も驚いた。


「こ……殺され掛けている? どういう事だ!?」


 いや、どういう事だって怒鳴られても。ちなみに、怒鳴ったのは第三王子だ。


 彼を宥め落ち着かせ、改めて質問してきたのはホエバル海洋伯である。


「殺され掛けていたというのは、確かかね?」

「ええ」


 私に質問してきているんだから、直答してもいいでしょう。本来の立場的には、問題ないし。


 後で文句付けられたら、サンド様にどうにかしてもらおう。


 ホエバル海洋伯は何かを考え込み、改めて質問してきた。


「方法は、毒かな?」

「いえ、これは呪いですね」


 もしかしたら、呪いのせいで瘴気が淀んでいたのかも。それなら、あのねちっこさにも、説明がつく。


 呪いなんて、瘴気を生み出す最たるものだもの。

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