第505話 二度目は

 一旦船に戻ってサンド様にご報告ー。


「紙か……何か、特殊なものかね?」

「いえ、交易品に入れるほどではないかと。ただ」

「ただ?」

「見たのは港街だけですから、内陸に何かめぼしいものがあるかもしれません」


 ないかもしれないけどー。でも、民芸品とか、伝統工芸とかって、身内だと価値に気付かない事、多くない?


 余所の人間が評価して初めて「いいものなんだ」ってなる事もあるよね。私としては、そういった品を求めている!


 出来れば綺麗な模様の布とか。あればマダムへのお土産にいいしね。そこからインスパイアを受けて、また新しいドレスを作ってくれるかもー。


「そういえば、道行く人達が来ている服も、オーゼリアとは大分違いましたね」

「ああ、あれは……何と言えばいいのか……」


 サンド様も、チブロザー海洋伯の使者が着ていた服を見ているもんね。滞在していた島の村民が着ていたのは、古い和服のような感じだったけど。


 ただし、袖がなくて裾も短い。気温が気温だからか、解放的というか何というか。


 この辺りは海流のせいなのか、大分暖かい。オーゼリアは現在冬。似たような緯度であるこの近辺がこの時期この気温なら、通年通して寒くならないと考えた方がいいかも。


 それはともかく、港街一つ見ただけで、その国を見た事にするのはどうだろう。


 という訳で、サンド様にご提案ー。


「一度、エギケの領主とこっそり面会出来ないかどうか、連絡してみませんか?」

「めぼしいものがないのにかい?」

「内陸を探る為です」


 だって、海沿いだけじゃなく、あの森の向こうも見てみたいじゃない? 一応、海洋伯の許可を得て上陸したいんだけど、チブロザーの前例があるからなあ。


 ここでも断られたら、先に進むって事で。駄目で元々やってみよー。




 私の提案にサンド様がゴーサインを出してくれたので、エギケ領主の館にこっそりお手紙を仕込んでみる。


 やったのはカストル。手紙の内容は「遠く東の大陸から来た者でーす。交易に値する品があるかどうか知りたいから、国に入ってもいい?」って内容。


 いや、要約してるよ? ちゃんと文面はサンド様達特使の人達が考えてくれたものを、カストルが直訳したからね?


 それを、領主の寝室の枕元にこっそり置いてきたってさ。


 翌朝の朝食の席でそれを話したら、リラが眉をひそめた。


「それ、駄目なんじゃないの?」

「え? そう?」

「攻撃の意思ありって判断されたら、どうするのよ?」


 そうかなあ? どんなに警護を固めても無駄だって悟ってくれたら、話し合いに応じてくれるんじゃないかと思うんだけど。


 ちなみに、朝食を取っているここはデュバル領都のヌオーヴォ館。私とリラの他、ユーイン、ヴィル様、コーニー、イエル卿の六人で食卓を囲んでいる。


 いや、船で食べてもいいんだけどさ。そうすると特使の人達と一緒になるので、知られたくない話とか、出来ないんだよねえ。


 遮音結界張ればいいんだけどさ。そうすると、あからさまに周囲に聞かれたくない話をしているなって思われる訳で。


 別にそれでもいいっちゃいいんだ。でも、何となく気まずいから、簡単に帰ってこられるんだし、ヌオーヴォ館でいいやって。


 ルミラ夫人には事前に話を通してあるから、前日までに戻るかどうかを報せておけばいいって事になっている。食材の準備とか、あるから。


 それにしても、やっぱりヌオーヴォ館の料理長の腕はいいねえ。朝からおいしい朝食を食べるとやる気が満ちるってもんです。


 話を戻して、先ほどのリラの意見に、ヴィル様が反論を述べた。


「圧倒的な力の差を理解出来る相手なら、話し合いに応じるだろう。そうでないのなら、チブロザー同様の小物と思えばいい」


 ばっさりだー。そして、ヴィル様の意見に反論する人はいなかった。




 結果、その日の早朝には、手紙に書いた場所に使者が来たらしい。一応、特使の中でも下っ端……というとあれだけど、男爵位の人が三人、その場で待っていたそうな。


 場所は私達が上陸した崖の上。三人には、ちゃんと護身用のブレスレットを渡してある。


 まあ、男爵位の三人は簡単な攻撃用の術式は使えるって言っていたから、心配はないだろうけれど。


 で、その男爵達が船に戻ってきた時には、相手からの書簡を持っていたそうな。


 朝食の後、船に戻った私達は、サンド様に呼び出された。サンド様の執務室として使用している船内の邸の一室で待ち構えていたのは、サンド様とルーンバム伯爵、それとカウヴァン伯爵、メズイド伯爵の四人。


 こちらは変装中の六人だ。


「さて、エギケ領主、ホエバル海洋伯から手紙の返事がきた」


 お、どんな内容かな?


「要約すると、十日後、海洋伯の邸にて会合を持ちたいとある。ヴィル、ユーイン卿、イエル卿、君達には同行してもらいたい」


 護衛役ですね、わかります。イエル卿も連れていくって事は、魔法を使った攻撃を警戒しての事かな。


 ただなあ。サンド様って、普段は護衛が周囲にいるから動かないけれど、魔法も剣も強い人なんだよね。さすがあのシーラ様の旦那様なだけはある。


 狩猟祭でも、いつもきっちり獲物を仕留める人だし。ただ、立場が立場だから、ほどほどに手を抜いてるんだってさ。


 なので、多分この四人で会合に行くのなら、サンド様一人で全員を護れる。


 それでも三人を連れていくのは、体面の為かな。


「という事だから、レラ。君はおとなしく待っていなさい」

「ええ……ええ?」


 何故、そこで私だけ名指し? リラを見たら当然と言わんばかりに頷いているし、コーニーは苦笑している。


「サンド様、そんな面倒そうな場には、言われても近寄りません」

「うん、基本はそうなんだろうけれど。君、私達に危険が及んだら、向こうの邸を破壊しても救い出そうとするだろう?」

「当然ですね!」


 即答した私に、サンド様だけでなくヴィル様やイエル卿も苦笑してる。ユーインは……何やら嬉しそうだ。


「ユーイン、そこで嬉しそうな顔しちゃ駄目でしょ」

「いや、だが」

「気持ちはわかるけれど、侯爵が出張ったら僕達の負けだと思っておきなよ。実際、そうですよね? アスプザット侯爵」

「イエル卿の言う通りだな。我々だけで乗り切るから、レラはおとなしく待っているように。いいね?」

「はあい」


 これって、押すなよってやつかな? 実は押せっていう。


 まあ、皆が危なくなったら、何を置いても助けに行きますよ。という訳で、のぞき見よろしくね? カストル。


『……承知いたしました』


 何か微妙な間があったけれど、何だろうね。




 十日後までは、のんびり過ごす事にした。実は特使の人達の中に、島の別荘が気に入ったって人が何人かいてね。彼等は交渉の場が開かれるまでは、別荘滞在が許されている。


 家族で来ている人達もいるから、子供とのふれ合いが増えて喜んでいる父親がいるらしい。


 外務省も、余所同様忙しい部署らしいから。特に誰のせいとは言わないけれど、各国との付き合いが密になってきたので、仕事が増える一方なんだってさ。


 ええ、誰のせいとは言われていませんが。


「いーじゃん。国益にも繋がってるんだから」

「だから誰も文句なんて言ってないでしょ?」


 うぬう。リラからの言葉に、何も言えない。


 ただいま、私、リラ、コーニー、そしてシーラ様の四人はビーチに来ている。ええ、フロトマーロのあそこですよ。


 他にもリゾートを楽しみに来ている客がいるんだけど、あれからビーチは拡張していて、デュバルのプライベートビーチが完成してた。いつの間に……


 で、今いるのはそこ。崖やら岩礁やらで向こうの一般ビーチとは離れているので、ここはとても静かだ。人の目もないし。


 あのまま私が西の大陸にいると、いつサンド様達のところに踏み込むかわからないとコーニーに言われ、四人でここに来たんだよね……


 そのコーニーは、浮き輪を使って海にぷかぷかと浮かんでいる。


「コーニーが来たかっただけなんじゃないのー?」

「そうよ? それがどうかした? そのついでに、レラをあそこから引き離せたんだから、お母様だって文句は言ってないじゃない」


 そーですね。シーラ様、ダイナマイトバディを惜しげもなく水着に包んで、砂浜でのんびりしてらっしゃる。いや本当、凄いわー。


「お父様達がお仕事で大変な中、私達だけのんびりするのは気が引けるけれど、レラの監視と思えば、一応お仕事よね、これも」


 コーニーが酷い。監視って何よ、監視って。そんな、考えなしに突っ込んでいったりしないやい。


 それにしても、こんなのんびり過ごしていて、いいのかね? 後で書類が山となって追いかけてくるとか、ないよね?

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