第504話 港街色々

 つくづく、自分は己の欲に忠実な人間だと思う。


「いやあ、やっぱり世界は見て周りたいしねえ」

「本音が出たわね」


 ただいま、チブロザー海洋伯の領都を散策中。港街らしく、活気に溢れている街だ。


 同行者は、リラ、ユーイン、ヴィル様。今回、コーニー達は別行動。まあ、あそこは万年ラブラブ夫婦だから。


 チブロザーの人達は日に焼けた肌に黒髪の人が多い。そんな中、いくら髪色や瞳の色を変えたとはいえ、オーゼリア人は目立ってしまう。


 なので、認識阻害の魔法を使った。阻害といっても、こちらの姿が見えなくなるものではなく、見ても「おかしい」と思わないというもの。


 顔立ちとか、髪や瞳、肌の色に差異を感じなくなる。ただ、それだけ。でも、凄く便利だよね、これ。


 その分、怖い術式でもあるけれど。


『後ほど、分室もしくは研究所を介して、王宮に設置するよう促せばいいのではありませんか?』


 そうだね、そうしておこう。ついうっかり作っちゃったから、ちゃんと対処法も考えておくべきだよね。




 チブロザー領で聞こえてくるのは、暢気な話ばかりだ。


「この間、裏の猫が子猫を産んでさあ」

「あの酔っ払いの爺さん、最近見かけないねえ。酒代がなくなって、必死で働いてるのかしら」

「隣のご夫婦、子供が出来たらしいよ」

「最近豊漁だから助かるよ」


 そんな中、ちょっと不穏な話も。


「そういや、最近パンの値段が上がってるねえ」

「小麦が高くなったって聞いたよ?」

「麦酒も、入ってくる量が減ったなあ」

「そういや、腸詰めや塩漬けの肉も少なくなったねえ」


 穀物やビール、肉といった、領外から入ってくるものの値段が上がってる、もしくは量が少なくなっている。


 そうしたものは、戦準備にかき集められるものだ。三国で同盟を結んで大国に攻め入ろうっていうんだから、当然か。


 島の村民にすら徴兵という形で戦の話が出回っているんだから、ここの人達はもっと危機感があってもいい気がするんだけど。


「元来暢気な気風なのかもな」


 ヴィル様が、街を見渡してこぼす。


「港街でですか? うーん……」


 海に面している港街って、まず賊とか敵が入ってくる場所ってイメージだけど。あのヒュウガイツだって、港街の警備は厳しかったし。


「今まで、大した外敵が来なかったんだろう」


 続くユーインの言葉に、ちょっと納得。確かに、海を越えてまであちらの大陸から攻めてくるような事はなかったんだろう。これまでの技術を考えると、大分厳しいみたいだし。


 オーゼリアも船団を送り出したことがあるって、陛下が言ってたっけ。でも、帰ってこないか、帰ってきても数が少なく、しかもボロボロだったって。


 嵐に対応出来る船でなかったんだろうし、その当時は結界技術も今ほど進んでなかったはず。


 うちのご先祖様なら、今と同程度……それ以上の結界技術を持っていたと思うんだけど、まったく伝えてなかったから。


 ここまで航海してきたヘレネからの報告では、オーゼリアがあるデワドラ大陸からこの西の大陸までの間に、大きな国家はなかった。


 大抵無人島で、人がいても遭難者のみ。中には人が住んでいた形跡はあっても、住んでいる人間はいないから放棄されたんだろうって。


 なので、そうした島はありがたくちょうだいしてます。もううちで建物建ててオケアニスを置いてるから、実効支配した状態だ。


 そのうち、大型船が入れないよう人工の岩礁とか作っておこう。いや、ガルノバンとかこちらまで来そうだからさ……




 チブロザー領での情報収集は、あまり収穫はなかった。もうちょっと他の領も見て周りたいけれど、一度サンド様のところに戻らないと。


「という訳で、めぼしいものも見当たりませんでしたー」

「レラらしいな……とはいえ、それならブラテラダとの交易は不要かな?」

「内陸の方に、何かあればいいんですが」

「現状、そこまで我々がいくのは難しいよ?」


 ですよねー。一応、私はサンド様達に同行する事を条件に一緒についてきている。


 ブラテラダの玄関であるチブロザー海洋伯から「こっちくんな」って言われちゃったから、国内に入る訳にもいかない。


 こっそり入るくらいならいいけれど、交易となるとちゃんと正式に国に入って色々調べないとねー。


「次の国では、正式交渉の前に情報収集しませんか?」

「そうだね。交易品になりそうなものを見つけられれば、その時改めて正式に交渉すればいいか」


 サンド様も納得してくれた。という訳で、ブラテラダはここまで。とっとと仕度してこの島も出ましょう。


 さらば、ブラテラダ。また会う日……はもうないかもね。




 ブラテラダの隣……というか、南側にあるのは三国同盟の一つ、リューバギーズ。


 ブラテラダの失敗を元に、リムテコレーア号にはちょっと沖で停泊してもらっておいて、こっそりボートで上陸。


 人気のない崖から陸に上がり、ボートは隠しておいた。


「おお、ここからだと、街が一望出来るんだね」


 崖の上から南側を見ると、港を中心に扇状に広がった街が見える。チブロザーよりも大きいんじゃないかな。


 またしても、認識阻害の魔法を使って街へゴー。今回は六人で回る事になった。


 前回、チブロザーの街を回った時、コーニー達は何だか酔っ払いに絡まれまくっていたそうで。


 最初はイエル卿がこっそり魔法で撃退していたんだけれど、あまりの数の多さにコーニーがブチ切れ状態になったらしいよ。


 で、隠し持っていた剣であっという間に酔っ払いをのして、ちょっと騒ぎになっちゃったんだって。


「ユーイン達と一緒にいれば、コーニーが剣を出す必要はないからさ」

「お前が剣を出せばいいのではないか?」

「やだなあヴィル。僕の剣の腕、知ってるでしょ?」


 実はイエル卿、剣は得意ではないらしい。まあ、彼は元白嶺騎士団所属の魔法士、剣を使えなくても問題はなかったしね。


「別に私が剣を振るっても、いいと思うのだけれど」

「こっちじゃあ、女性が剣を持つ事なんてないって、酔っ払い共が言ってたでしょ? 悪目立ちするくらいなら、ユーインやヴィルに剣を振らせておけばいいんだよ。そこにあるものは、何でもうまく使わなきゃ」

「おい、イエル。妹を護るのは構わないが、もう少し言い方というものをだな」

「まあまあ、構わないなら、いいじゃない」


 イエル卿、強い。


 まあ、そんな事情で一緒に回りましょうって事になりましたー。私としても、コーニーを危険な目に遭わせるのは嫌だし。


 彼女は掛かる火の粉は自分で振り払える人だけど、私が嫌。だから、一緒に回ろうね。




 リューバギーズの港街は、エギケというらしい。リューバギーズの海洋伯エギケ家が治める街らしい。こっちでは、家の名が街の名になるんだね。


 エギケの主な産業は海産物などを扱う水産業……と、製紙業。


 意外な事に、この街の名物は「紙」だった。


「へえ。じゃあ、街の一番奥で、紙を作ってるんだ?」

「そうだよ。ほら、あの奥の方に森があるだろう? あそこを流れる川を使って、森の木から紙を作るのさ」


 紙を売ってる店のおばちゃんが教えてくれた。川の流れで水車を回し、木を砕いて繊維を取り出す。


 川の水に繊維を入れて、糊となる植物を混ぜ、漉いて紙にするそうな。見せてもらった紙は、確かに風合いのある紙だった。これ、水彩画とかによさそう。うちでも作れるかな。


『原材料が違いますが、出来ますよ』


 ちなみに、原材料ってうちの領の山で採れる木材?


『いえ、植物性の魔物素材です』


 ですよねー! つか、魔物素材で作る紙って、高く付くんじゃないの?


『大量生産すれば、原価を下げる事が出来ます』


 出来れば、画用紙を気楽に使えるくらいに作りたいんだよね。領の学校で学ぶ子供達の為に。図画工作って、大事だよなあ。


 とりあえず、うちの領でも紙は作れるというので、ここの紙を交易品に入れるのはやめておいた。




 エギケは、港街にしてはのんびりした雰囲気の街だ。チブロザーと比べると、荒っぽさがない。


 道行く人々の顔は明るくて、とても戦争中とは思えない様子だ。


『戦争準備はしていますが、まだ開戦した訳ではないようです』


 あ、そうなんだ。


『開戦したら、お知らせしますか?』


 ……そうだね、お願い。そうなる前に何とかなればいいけれど、ならなかったら戦場に近寄らないようにしておかないと。

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