第502話 伝達事項

 リムテコレーア号が、とうとう西の大陸に到着した! ……ではなかったらしい。


 現在、その手前の群島にいる。


「でも、目視で大陸が見えるんだね」

「相当近いって事だわ」


 だよねー。地図上だと、きっとほんのわずかな隙間に見えるはず。


 その群島には当然人がいて、そこにカストルが向かっている。情報収集だね。


 私はリラとリムテコレーア号の甲板に立っていた。現在、船は外から見えないよう、結界が張られている。この辺りは地元民も漁に使わない場所らしく、周囲に船影はない。


 これから、船内の邸でちょっとした会議……というか、通達がある。それに、私達も参加するのだ。


「主様。そろそろお時間です」

「ありがとう、ヘレネ。じゃあ、行こうか、リラ」

「ええ」


 さあて、参加する人達がどんな反応を示すかなあ。




 そもそもとして。私、リラ、コーニー、そしてユーイン、ヴィル様、イエル卿って、外務省の所属じゃないんだよね。


 じゃあ、どういう立ち位置でここにいるのか。それは、サンド様のお手伝いというのが一割、三割くらい国王陛下の目となり耳となる役割。


 そして残りの六割は自己利益の為。利益といっても、儲ける為だけではない。自分の知的欲求を満たす為、国内ではお目にかかれないデザインの小物、装飾品、布類などなど。


 今後交易品になるものも、ならないものも自力でゲットしたい。そんな欲から自費で参加しているのがこの六人だ。


 自費といっても、船を運航しているのはデュバルだし、食料や水もほぼうちから提供している。


 しかも、これから陸路を移動する際の手段……馬車と馬もデュバルの提供だ。ゾーセノット家とネドン家は何を出すの? くらいの勢い。


 まあ、その二家とは私が個人的に付き合いがあるので、別に出さなくても問題はない。どちらかというと、ヴィル様とイエル卿はおまけで、リラとコーニーが一緒にいてくれたら私が嬉しいなあって程度かな。


 で、こっからが問題。外務省に所属していないのに、外務省主導のこの西行きに自費で参加するまではいい。でも、この先は?


 当然外務省が動いているので、西の大陸の各国とこれから国同士お付き合いをしていきたいんだけどー? という交渉などを行う。


 場合によっては、相手国に国賓として招かれる可能性もあるだろう。でも、そこに私達がいていいのかな?


 答えは否!


 ここは一つ、自分達の欲のままに、西大陸の各国を回ろうじゃないか! あ、移動は皆さんと一緒に動きますよ? ただ、面倒……大変……国同士のお付き合いには、首を突っ込みませんとも。


 私達は私達で、独自のルートで市井を見て周り、人々と交流し、品々を見て回ろうと思います。




「という訳で、こちらの六人は身分、名前を隠しての同行となる」


 船内の邸の一室、広めのサンルームにて、サンド様の話を聞いた参加者達は、皆度肝を抜かれた様子だ。


 そんなに驚かなくてもいいのにー。


「あの、発言をお許し願いたい」

「どうぞ、ルーンバム伯爵」


 あの伯爵か……何を言い出すのやら。


「そちらにいらっしゃる六人が、身分を隠すと仰るが、伯爵家の方々はまだしもデュバル家は侯爵家ですぞ?」

「それが何か?」

「何かって……侯爵家の、しかもご当主が! 市井に下るなどあってはなりません!!」

「問題ない。ここはオーゼリアでもなければ、我が国がある大陸でもない。この六人が伯爵位、侯爵位を持つ者達だと知っているのも、ここにいる者達だけだ。違うかね?」

「そ、それは……そうですが……」

「それに、彼等は国王陛下より、西の大陸の国々をつぶさに見て回るよう、命を受けている」


 え? そうなの? 思わず顔に出そうになったけれど、頑張って平静を保った。後でユーインに確認してみよう。


「諸君、これは提案ではない。決定事項の通達だ」


 サンド様の言葉に、室内から息を呑む気配がする。


「これより、彼等は髪と瞳の色を変え、変装して我々の使用人として一行に混ざる。当然、公の場には出ない。諸君も、彼等の事は一使用人と思い、特に気に掛けないように。普段、自宅でしているようにだ」


 貴族は、使用人の行動をいちいち気にしない。使用人達は周囲にいても、家具同様に思えと躾けられる。まあ、家にもよるけれど。


 ペイロンでは、使用人といえど領民であり、有事には戦闘に参加する者達だ。あのシービスですら、魔法で攻撃に参加する。


 逆を言うと、ペイロンのヴァーチュダー城で雇われるのは、そういう人達だけ。でも、これはさすがに他領ではあり得ないでしょ。


 うちの場合は、メイドは領民から選んでるけれど、一部はオケアニスが担当している。王都でも、領都でも。


 彼女達は戦闘特化の魔法生物故、物理魔法どちらでも戦闘が可能だという。まだ戦っている場面を見た事、ないんだよね。




 何とか参加者を納得……させてないか。最後は「決定事項」だって押し切っただけかも。


 まあ、一応参加者の皆さんには、私達は姿を変えてそこら辺をふらふらしますよーって伝えただけだしな。


 で、今は船内の邸の一室にて、サンド様、シーラ様、それとメズイド伯爵夫人、カウヴァン伯爵夫人、イーガン子爵夫人立ち会いの下、髪と瞳の色を変えて変装するところ。


 一応、この五人には変装した姿を認識しておいてもらおうって事になってる。


 特にメズイド伯爵夫人は、シーラ様の仮の側仕えになるので、重要な人だ。


「髪の色を変えると言いますけれど、そんな魔法があるんですか?」

「あります。というか、作りました」

「え」


 私の返答に、メズイド伯爵夫人が驚く。いや、彼女だけじゃないか。カウヴァン伯爵夫人もイーガン子爵夫人も驚いていた。


「ヴィルセオシラ様、ご存知でらしたの?」

「いいえ? 今聞いたばかりよ?」

「え……」

「でもレラならそのくらい、やっても不思議はないと思ったから」


 シーラ様、それは信頼なのか、それとも呆れなのか、どっちなんですか? そしてシーラ様の返答を聞いたメズイド伯爵夫人、怖い物を見るような目でこちらを見るのはやめていただきたい。


「でも、髪や瞳の色を手軽に変えられるのは、面白いのではなくて? 私も体験してみたいわ」


 そう言って笑うのは、驚きから回復したカウヴァン伯爵夫人。この方、シーラ様より年上で、学院生時代には何かと世話になった方なんだとか。


「最近、幾筋か気になるのよねえ……」

「まあ、そんなに気になさるほどではないのでは?」

「いえいえ、まとめるとそれなりに目立つのよ」


 シーラ様とそんな言い合いをするカウヴァン伯爵夫人の髪には、確かに幾筋か白いものが。また髪色が栗色だから、目立ちやすいのかも。


 このままではちょっと……と思ったのか、焦ったメズイド伯爵夫人から声が掛かった。


「と、ともかく、まずは侯爵に実際に染めて見せてもらいましょうか。お願いします」

「はい」


 まずは、私の髪色を栗色に、瞳を焦げ茶にしてみた。本来の、生まれた時の色だ。もっとも、私にこの色の頃の記憶はないけれど。


「まあ、これだけで、大分印象が変わるのね」

「本当に」


 髪はまだ染める技術があるけれど、瞳の色はそうそう変えられないからねえ。そりゃ変装には向いてるか。


 他の人達も、それぞれ元の色とは違う色にしてみた。リラはリクエスト通りに黒髪黒目に、ヴィル様は赤茶の髪にブルーの瞳。


 コーニーとイエル卿は色を揃えたいっていうので、赤毛と明るい緑の瞳にしてみた。皆、なかなか似合うね。


 さて、最後に残ったのがユーイン。


「何色がいい?」

「レラと同じがいいのだが」


 うーん、別にいいんだけどさ。


「同じ色だと、多分兄妹とかに見られるよ?」

「それは駄目だ」


 まあ、そうだろうね。なら、薄茶の髪に薄茶の瞳にしておこうか。これ、オーゼリアでは庶民に多くある色らしいんだ。


「ユーイン卿は、色が変わっても色男ねえ」


 カウヴァン伯爵夫人の言葉に、その場の女性陣が笑った。うん、まあ顔立ちまでは変えてないからね。


 これはこれで、女子が騒ぎそうなご面相だわ。

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