第501話 航海中のはずなのにー

 王都にある貴族の邸宅程度の建物なら、基礎もそんなに時間が掛からない。というか、数分で出来るって話。魔法って……


 まー、穴掘って均して各種土台を造って。その全てを魔法でやれば、確かに数分だわな。


 で、基礎の上に組み立てるだけの上物を乗せる訳です。内装も、ほぼデュバル領で生産したものを持ってきて組み立てていくだけ。


 家具は領内の工房に大量発注しておいたものを持ってくるらしい。待って、いつの間にそんな大量発注を?


「各飛び地の領主館に置いたり、イズの主様の邸に置く為のものでしたが、そちらは後回しでも問題ないと判断しました」


 ああ、うん、そうね。急ぐのはこちらの方だし。イズなんて、いついけるかすらわからん。


 行っても、邸に泊まらず船をホテルシップとして使えばいいしなー。一度は上王陛下ご夫妻のご機嫌伺いに行かないとだけど。


 それはともかく、領内の家具工房は大忙しだという。


「建物は簡易に造ってもそれらしく見せられますが、家具は使い心地もありますので」

「だよねー」

「領内の産業が活気づくのはいい事よ」


 リラもこう言うので、引き続き家具工房には頑張ってもらおう。その代わり、便利道具を魔道具で造ってバンバン貸し出すからさ。


 譲渡してもいいんだけど、それだと一産業に領主が肩入れしていると思われるって言われたから。


 安値だけど、ちゃんと貸し出し料金も取ってる。それ以上に、儲けが出ているから工房としては問題ないどころかうはうは状態らしいけど。




 島に建設した別荘……別荘? には、出来上がり次第順次離宮からの移住をしてもらっている。


 運ぶのは移動陣。もう、誰も何も言わない。私が使う魔法は非常識とでも言わんばかりだ。


 家族で離宮に来ている人達は、家族単位での移住になる。西への帯同がない人でも、家族で過ごしていた人達がいるからね。


 帯同なしの家族の場合、旦那さんが西から戻るまで、島の別荘で過ごしてもらう事になるかも。でも、長期間になったら、子供の学院入学とかどうするんだろう?


「学院入学が近い年齢の児童に関しては、親類縁者に頼んで王都に残しているんだよ」

「ああ、そうなんですね」


 リムテコレーア号内の邸にて、今後の移住計画をサンド様と話していた時に出た会話。最初から、離宮に長期滞在を見越して、十歳以上の児童に関しては、王都に残すようにと指示が出ていたらしい。


 もっとも、親の方もその辺りは考えていたらしく、全員親族や知人縁者を頼っているってさ。こういう先を読むのも、仕事が出来る人の証だとか。




 第一陣が島に出発する頃、のろのろと進んでいたリムテコレーア号が最初の遭難者を送り届けた。


 この島が一番西の大陸から離れている島だそうで、無事帰す事が出来たってさ。


 リムテコレーア号の姿は隠して、小舟で遭難者達を陸まで届けたから、そこから村までは歩いてもらっている。


 こっそりドローンで村の様子を覗いてみたら、遭難者の帰還に最初は驚き、次に無事を喜んでいたというからよかった。


 これで生きて帰ってきたのはおかしい、こいつらは悪魔だ、とか言い出したら、ポルックスに出張ってもらうところだったわー。


 この調子で、次々と遭難者を帰還させましょー。




 私はリムテコレーアにも、離宮にも島にもいない。どこにいるかといえば……


「何故、私だけヌオーヴォ館にいるんだろう……」

「仕事があるからに決まってるでしょ?」


 ヌオーヴォ館の執務室にて、書類仕事でーす。お供はリラとカストル。時折ジルベイラ。代わり映えがしない……


 ちなみに、ユーインとヴィル様、イエル卿はコーニーの意向でリムテコレーアに滞在中。


 まあ、食事時はどちらかで一緒に食べているからいいんだけどさあ。何かこう、違うよね。


 手元の書類を見ると、研修の報告書が来ている。この時期は、コード卿しか研修を受けていない。


「どれどれ……うん、事務系の研修は、飲み込みが早いみたいだね」

「元が優秀な人だからじゃないかしら。基礎がないと、やっぱり厳しいみたいだし」


 この研修、領主館や役所に採用された人は全員受けるんだけど、領民から採用された人の中には、事前研修を受けていても、本研修で躓く人がいるんだって。


 そういう人は、基礎知識が足りていないのが原因じゃないかというのが、リラの意見。


「なら、事前研修の内容をもっと変えるべきじゃない?」

「だから、そういう提案も出してます。書類の中にあるから、決裁よろしく」


 あ、そうなんですね。わかりました。


 領内での学習は進んではいるけれど、やはり年齢が低い方が覚えがいいんだって。出来る限り、子供の頃から学習する癖をつけるの、大事だね。


 学習と言っても、読み書き計算だけではない。体験学習や、体を鍛える事も組み込まれている。


 中でも、最近力を入れているのは体験学習の中の一つで、職業体験ってやつ。


 デュバルでは、職業選択の自由を取り入れている。親の仕事をそのまま継ぐもよし、まったく違う分野の仕事をするもよし。


 その為にも、学校でしっかり学んで、自らの将来設計をしてほしい。


 親の世代からは、反発の声もあるけどね。そこは領主権限で推し進めます。跡を継いで欲しければ、継ぎたいと我が子に思ってもらえるようにすればよろしい。




 いくつかの報告書の中に、新しい店の出店許可を求めるものもあった。これ、領主が決める事?


「一応、店が店だから。シャーティが、新しいお店を出店したいんですって」

「シャーティが? へえ……おお!」


 申請書には、出店する店で何を扱うかが書かれているんだけど、新しい店で扱うのは、いわゆる菓子パンや惣菜パン。


 そういや、限定商品の話をシャーティにした時、そんな事も一緒に話したなあ。クリームパンやチョコパン、あんこがないのであんパンは無理だけど、デニッシュ生地にフルーツや生クリームを載せたものもおいしい。


「学校の近くに、子供が小遣いで買える値段のパンを置きたいんですって」

「いいね。学校の近くには、文具やこういった菓子パンを扱う店は付き物だもん」

「あー……私が通っていた学校にもあったわー」


 高校なんかだと、購買部があったりするけれどね。中学とか、小学校なんかはないからなー。近くにこういう店があったら、嬉しいよね。


 という訳で、これは採用。店がオープンしたら、コード卿にも教えてあげよう。きっと菓子パンも気に入るはず。


「……あ!」


 書類の中から出て来たのは、とある予定表。そういえば、ビルブローザ侯爵がうちを視察したいと言っていたっけ。


 一度は予定を延期して春先に延ばしたんだけど、春までに西の大陸から帰ってこられるかねえ?


 まあ移動陣があるから一瞬で帰れますが。うーん。


 予定表を前に唸っていたら、リラが声を掛けてきた。


「どうかした?」

「これ」


 ぴらりと予定表をつまみ上げると、リラがそれを手に取って眺める。


「ん? ……ああ、ビルブローザ侯爵の。何をそんなに考え込む必要があるの?」

「いや、西の大陸の問題が、どの程度になってるかなあって」

「二、三日抜け出すくらいは、問題ないんじゃない?」

「やっぱそれしかないかあ。でも、そうするとビルブローザ侯爵にも、双方向の移動陣の存在がバレるね」

「今更でしょ。デュバルでも簡単に支払えないくらい超高額って言っておけば、大抵の貴族家は尻込みするわよ」


 そうなの?


「自覚ないのね。デュバルは侯爵家の中でも資産額が高い家なのよ。そのデュバル家が超高額って言ったら、王家だって簡単には出せない金額になるわ」

「それで、諦めると」

「そういう事。使いたくても、お高すぎたら手が出ないでしょ?」


 まあ、そうかも。




 デュバルの領都ネオポリス、そのシャーティの店で新メニューが出る頃、とうとうリムテコレーア号が西の大陸に到着した。


 さあ、どんな国が待っているかな?

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