第498話 離宮での茶会
リムテコレーア号の航海は順調だ。ブルカーノ島を出航したリムテコレーア号は、西へと進路を取っている。
「いい眺めねえ。トリヨンサークに行った時を思い出すわ」
「そうだねえ」
ただいま、リムテコレーア号の甲板にいまーす。隣にはコーニー。リラも誘ったんだけど、海の上にいるより書類を片付けたいんだって。
私にも、夕飯までには帰るようにって。夕食後に、書類仕事が待ってるなこれは。
コーニーは、船内も楽しんでいた。特に、邸の庭が気に入ったらしい。
あるのだよ、庭。結構広く作っていて、ところどころに東屋も設えている。端の方には、ちょっと古ぼけた風味の廃墟っぽいコーナーもあったり。
庭を囲むフェンスの向こうは、船の外の景色……つまり、海が広がってる訳ですが。
船の中の天候は、外のものをそのまま映している。今日はいい天気でよかった。
「船の中に庭やら邸やらがあるなんて。さすがレラの作る船ね。非常識の塊だわ!」
「えー? ただ、快適な船旅をって考えただけなのにー」
「それでこういう船を造るんだもの。デュバルは非常識の宝庫ね」
ニコニコしながら言われたんですが。褒めてないよね!? それ。
昼は船内の邸の食堂で食べた。食後のお茶を楽しんでいる時、ヘレネがやってくる。
「主様、オーゼリアと西の大陸の間にいくつか島がありますが、どうなさいますか?」
どうなさいますかって、どういう事? ああ、占領するかどうかって事か。
「人は住んでる?」
「住んでいる島も、住んでいない島もあります」
そうなの?
「なら、人が住んでいない島は、占領しちゃおうか」
誰もいないのなら、「ここは私の島だー」と主張しても問題ないでしょ。早い者勝ちだよね。
「了解しました。では、各島にはオケアニスを置いていきます」
「え? オケアニスだけ?」
何人置いていくのか知らないけれど、食料とかも置いていくんだよね? まさかあの子達、人間じゃないから何も食べないとか、ないよね?
「オケアニスは移動陣の設置、起動が可能ですから、問題ありません」
「そうなの!?」
知らなかった。何でも、戦闘には移動も付き物、という事で移動用の術式をバリエーション豊富に持っているらしい。
オケアニスって……
単独でも、通常の海賊や軍艦程度なら沈められるそうなので、島の占領にはもってこいなんだとか。
待って。海賊はまだしも、軍艦って。
「さすがに大海の中央付近にある島には、海賊ですら近寄れませんから、西の大陸の国々が軍艦を派遣する事は不可能でしょう。ですが、隣国ガルノバンならば、可能かと存じます」
「ガルノバンの船が来たら、なるべく穏便に帰ってもらって」
「承知いたしました」
まあ、アンドン陛下が関わっていれば、多分おとなしく退いてくれるはずなんだけど。
でも、あの国も一枚岩って訳じゃないしなあ。
「では、ガルノバンの反王勢力の場合は、全力で潰して構いませんね?」
「いや、そういう意味じゃ……って! あんたも人の考えを読むな!」
「これは失礼いたしました」
美人が「てへ」ってやると、つい許したくなっちゃうよね。わかっていてやってるな? ヘレネ。
夕飯前にコーニーと一緒に離宮へ戻ると、やっぱり仕事が待っていた。
「無事に帰ってきたわね。さあ、夕飯前に仕事よ!」
「うへえ」
「頑張ってね、レラ」
いいなあ、コーニーは。
離宮では多くの家族が割り振られた部屋で生活している。嫌な噂のある離宮だけれど、結構皆普通に過ごしているらしい。
まあ、何かあったら聖堂に駆け込んで浄化をお願いすればいいんだもんね。
王家も、この離宮を放置していた理由は、何か他にありそうだわ。
「単純に、建てたはいいけれど、使い勝手が悪かったんじゃないかしら」
部屋で書類を決裁しつつぼやいたら、リラから反応がきた。
「使い勝手?」
「離宮って、どういう時に使う場所?」
「それは、別荘代わりってイメージかな……あ」
「そう、同じ王都に建ってると、別荘って感じじゃないわよね? もっとも、この辺りは離宮が建った頃って王都じゃなかったそうだけど」
「そうなの?」
「王都だからね。何度か拡張してるらしいわ」
へー。一番古いのは、王宮とその周辺……今の貴族街辺りなんだって。で、そこから拡張していって、今の姿になっているらしいよ。
「そろそろ手狭になるから、何回目かの拡張を、って話も出てるらしいの」
「ほほう」
今回の拡張は、西と南に広げる計画らしい。
「いっそ、王都の壁を取っ払っちゃえばいいのに」
「戦争もしていないしね。不要のものではあるかも」
外敵に備えてとか、内戦に備えて壁を作っておくのなら理解出来るけれど、オーゼリアで内戦が起こったら、壁なんかあってもなあ。
攻撃する側もされる側も魔法を使うから、物理的な壁は意味をなさない。拡張の際に、取り壊してしまえばいいのに。
翌朝からは、しばらく離宮に留め置かれる事になった。
「別に、本当に船に乗っている必要はないのでしょう?」
シーラ様ににっこり言われてしまったら、何も返せない。
「何も、ただ留め置く訳じゃないわよ?」
離宮で過ごしている女性達との、顔合わせを兼ねた茶会をするという。参加人数が多いので、離宮の庭を使った大がかりなものにするらしい。
離宮は現在、敷地を囲う壁に添って、中が見えないよう結界が張られている。音声も外に出ないよう、遮音の術式も使われているので、庭で騒いでも周囲に知られる事はない。
敷地外から見た離宮は、これまでと変わらず静かにそこに建っているだけだ。
周辺の通りには、結界ほど強くはないけれど、認識を阻害する術式が使われている。元々、この離宮の周辺は人があまりこないので、出来た事だ。
離宮で過ごしている外務省の人の人数は二十三人。そのうち、奥方を連れている伯爵位以上の人はサンド様を含めて十四人。
つまり、茶会に参加するのはシーラ様を含めてその人数かと思いきや……何か、それ以上にいませんかねえ?
「事情があって、子爵位以下の奥様達にも、参加してもらっているのよ」
にこやかにシーラ様が教えてくれた。子爵位以下の人数は十九人。うち、奥方に参加してもらっている人は十人。半数以上じゃん。
「普段は王宮官僚の妻として家を護っている人達だけれど、今回参加してもらっている人には、私や伯爵位の奥様達の侍女枠で、西行きに参加してもらおうと思って」
「そうなんですか?」
「もちろん、本人達の希望を聞いた上で……よ」
なるほどー。子爵位に嫁ぐという事は、少なくとも伯爵位よりは下の家の出身のはず。
そういった家の「お嬢さん」なら、伯爵、侯爵の家で侍女を務めたとしても不思議はない。
普通、結婚したら余所の家で働く事はないんだけれど、今回は特別かな。シーラ様の侍女という枠で、夫と一緒に西に行くと決めた人達なんだろう。
庭園には多くのテーブルが出されていて、既に人がいる。主催であるシーラ様は、最後の登場らしい。
私とリラ、コーニーはシーラ様の背後についている。
「皆様、本日はようこそこの場へ」
普通は余所へ行っての茶会だけれど、今回は滞在している離宮での茶会だもんなあ。
ちなみに、この離宮で彼女達の身の回りの世話をしているのは、オケアニスだ。増員しておいてよかったー。
オケアニスは、今日の茶会でもメイドとして働いている。ちなみに、出されている茶菓子は全て王都のシャーティの店本店から取り寄せたものだって。
まずは上位の家の奥様達へご挨拶ー。まずはカウヴァン伯爵夫人。旦那様はサンド様の右腕だって。
奥様のラリア夫人はシーラ様の二つ上。学院ではシーラ様がお世話になったそうだ。
「学院時代は、お姉様方にとてもよくしていただいて」
「懐かしいわねえ。ヴィルセオシラ夫人は、あの頃から際立っていたわ」
「まあ」
懐かしい話に花が咲く。旦那さん同士も仲がいいっていうから。仲良きことは美しきかな。
他にも、伯爵夫人やら子爵夫人やら男爵夫人やらを紹介される。正直、名前を覚えていられない……
『こちらで控えておきますので、ご安心ください』
ありがとう、有能執事。
「ああ、ここにいたのね。レラ、メズイド伯爵夫人は知っているわね? そのお隣にいるのが、ルーンバム伯爵夫人エシーラ様よ」
何と! あのルーンバム伯爵の奥様ですか?
「お初にお目に掛かります、デュバル女侯爵閣下。先日は、夫が閣下の誕生日祝いに参加させていただきました」
「え、ええ、その節は、お祝いをありがとう」
ルーンバム伯爵夫人は、見た感じさっぱりした美人さんだ。いや、性格って、見た目に反映される事が多いじゃない?
べたつく性格の人って、目とかに現れるよね。そういうのがないのよ。
本当にあのルーンバム伯爵の奥様なのかしら。
庭園での茶会は盛況に終わり、私は多くの人の名前と顔が一致しないまま部屋に戻る事になった。
一致してるのは、前からシーラ様主催のお茶会で顔を合わせた事があるメズイド伯爵夫人とか、ショックで覚えたルーンバム伯爵夫人くらいかな。
今回、茶会に参加した女性陣は、全員西行きに参加するという。航海はしなくていいけれど、西の大陸に上陸したら夫達と共に行動する訳だ。
どんな旅になるんだろうなあ。
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