第497話 来ちゃったPart3

 十月、とうとう西へ向けての出航の日となった。


「この度、我が国は西の海へ乗り出す。それは、困難と危険が伴う航海となるであろう」


 王宮にて、出立式を行っております。新王陛下のお言葉の真っ最中です。


 正直、「困難」とか「危険」ってワードからは、ほど遠い航海になると思いますよー。


『本番は、西の大陸に上陸してからになりますね。もっとも、主様と私がいる以上、同行者の方々には傷一つ付けるつもりはありませんが』


 そうか。上陸しちゃったら、色々とあるもんね。確かに、それなら危険かあ。


 でも、ここにいる航海に参加する人達、西の大陸に船が到着するまでは例の離宮で待機なんだよね。


 王宮から離宮までは、馬車の周囲に隠蔽用の結界を張って向かう予定。


 参加者の顔色が悪いのは、あの離宮の悪い噂を信じてるからかな?


『貴族の方々は、存外迷信に弱い方が多いですよね』


 本当にね。大体、お化けがいたところで聖堂に浄化をお願いすればいいだけなんだから、何をそんなに怖がるんだか。


 いや、怖がる振りをした事はありますけどー。


『皆様、後ろ暗い事が多いのでしょう』


 困ったもんだね。




 離宮は王家の持ち物らしく、広さは申し分なかった。ただ、長く放置されて倉庫代わりに使われていたからか、あちこち傷んでいたってよ。


 で、今回の件に関して、デュバルが改修を請け負った。


「ここの改修費用も、王宮からしっかり巻き上げなきゃ」

「言葉遣い! 仮にも侯爵が巻き上げるとか言わないの!」


 えー? でも、王宮って出し渋るイメージがあるからさあ。しっかり請求してちゃっちゃと代金を払ってもらわないと。


 この短期間で綺麗に改修してあげたんだし。


 到着した航海参加の皆さんは、既に離宮で割り振られた部屋に入っている。玄関ホールに残っているのは、私とリラのみ。


 壁や床を補修し、歪んでいたり割れていたりした窓ガラスも全て入れ替えた。銃の弾丸すら弾く強化ガラスですよ。


 壁や床も船体に使っている木材に見えるけれど鉄より固い魔物素材で補修しております。ついでに、傷がついたら自動で補修される術式を施している。


 これ、今回の参加者の中から何人か自宅に採用したいって話が来てるんだよねえ。ポルックスかネスティに話を通しておこうか。


 ちなみに、王宮でも採用を検討したようだけれど、あそこは定期的に改修して仕事を作り、王都の職人を採用する事で雇用を生み出しているから、採用を見送ったみたい。そういう理由じゃあ、仕方ないね。


 同じような理由で、王都邸には採用したいけれど、領地にある本邸には採用出来ないって話も聞いてる。


 領主はあれこれ考えないといけないから、大変だよねー。


 さて、私達も部屋に入ろうかと思っていたら、何やら表が騒がしい。誰か来たようだ。


 ん? 来たって、誰が? この離宮、現在使われておりません状態なんだけど?


 首を傾げていたら、管理人が困った顔で玄関ホールにやってきた。その後ろに、見知った顔が。


「コーニー!?」

「ああ、よかった。まだ出立していなかったわね? レラ、お父様はどこ?」

「え? サンド様なら、部屋に――」

「その部屋はどこかしら?」

「二階の右手奥です」


 答えたのはリラ。コーニーは軽く「ありがとう」と礼を言って、二階へと続く階段を駆け上がっていく。いや、貴族夫人としてそれはどうなの?


 呆然とコーニーの背中を見送っていたら、背後から声が掛かった。


「ごめーん、来ちゃったー」


 コーニーの旦那、ネドン伯爵イエル卿である。いや、あんた。来ちゃったって。


「……ネドン卿、確認なんですが、来ちゃったって、離宮にって意味ですか? それとも――」

「うちの奥さんの勢い、見たでしょ? ゾーセノット伯爵夫人。彼女、止められると思う?」

「いえ……」


 イエル卿とリラのやり取りを聞いて、思わず天井を見上げた。まあ、そりゃ来るよねー。


 しかもこの航海、まとめ役はコーニーの父親であるサンド様だもん。おっつけ、シーラ様も来る予定だから、そりゃコーニーも見逃さないわな。




 数分後、疲れた顔のサンド様が上から下りてきました。後ろを歩くコーニーは、満面の笑顔だ。


「レラ、コーニー達も参加になったよ……」

「わかりました。お疲れ様です」

「うん……」


 さすがのサンド様も、娘には甘い。というか、イエル卿が一緒って時点で、陛下からの許可は取ってるんだろうから、私がどうこう言う問題じゃないね。


 それにしても、陛下の執務室ががら空きになるんじゃないの?


 あ、でも移動陣で戻れば問題ないのか。


「もう、レラったら、こんなに面白そうな事を私に隠すなんて、酷いじゃない」

「いやー、そういう訳ではないんだけど」

「新王陛下主導じゃあ、あまり言えないわね。私が悪かったわ」


 理解してくれると、助かります。


「でも、コーニーも一緒だと嬉しい」

「私もよ」


 最近は夫婦単位で動く事が多いから、あんまりコーニーとゆっくり過ごす時間ってなかったんだよねー。


 航海にかこつけて、昔みたいに一緒に過ごすのもありかなー。


「書類仕事、お忘れなく」

「あ、はい」


 リラが現実に引きずり戻すー。




 今回の西行き、外務省の人達が名前を連ねているんだけど、伯爵位以上の人は奥さんを帯同していい事になっている。


 子爵位以下の人は……単身赴任って形かな。ただ、家族を離宮に呼ぶ事は許されているから、ここでしばらく一緒に過ごす人がほとんどだって。


 奥さんや家族が離宮で過ごす表向きの理由は、旦那連中が危険な航海に出ている間、奥さん連中も結束を図りましょう、離宮で一緒に旦那連中の無事を祈りつつ交流を図りましょう、という事にしているらしいよ。


 当然、奥さん連中をまとめるのはサンド様の奥方であるシーラ様。ご本人が離宮に到着したのは、コーニーが押しかけてきた日の夜だ。


「本当に来るなんてね」


 そのシーラ様は、コーニーを見て呆れている。


「許してね、お母様。ちゃんと、陛下の許可は得ているから」

「レオール陛下も、側近には甘いこと」

「あら、イエルがちゃんと根回しをした結果よ?」


 そうなの? ちらりとイエル卿を見たら、ぱちんとウインクをしてきた。


「白嶺騎士団から、見所のある奴らを数人紹介したんだ。他にも、何人か腕のいい文官を紹介しておいたよ」


 ほほう。なら、陛下の執務室が大変な事にはならないか。


「それに、金獅子騎士団との和解が進んだのも大きいかなー」

「ああ。確か、元の副団長が復帰して、騎士団内部の綱紀粛正が進められたって聞きました」

「うん、おかげで前団長の不正に荷担してた連中とか、実力もないのに騎士団に入った連中とかが一掃されたんだよ。結果、陛下と金獅子騎士団との和解が成立、晴れて近衛としての立場を取り戻した訳だ」


 金獅子との関係が正常化したのは、いい事だと思う。いつまでも近衛とにらみ合いじゃあ、陛下が疲れるだけだろうし。


 金獅子は落ちた評価を取り戻さないとならないから、これからが大変だろうけれど。




 船の出航は、もうじきだ。一応、乗組員はオケアニスとヒーローズに頼んでいる。


 操船に関しては、ヘレネが担当するらしい。いや、他の船はどうするの?


「ネレイデスの中で、操船やクルーズ船の管理を覚えた子達がいますから、彼女達に任せます。主様が乗る船の管理を、他者に任せる気はございません」


 言い切られちゃったら、何も返せないわー。という訳で、近日中にはブルカーノ島から木造船……リムテコレーア号が出航する。


 離宮にいる人達は、大陸が見える位置まで船が航行するまで、離宮に留まり通常の業務をするという。王宮から、書類を移動陣で運ぶんだって。


 もうね、そろそろペイロンへの一方通行って設定、崩していいと思うんだ。その代わり、双方向とか別の場所への移動陣は設置も起動魔力もそれまでのものとは桁違いに高いって事にして。


 いや、実際設置は高いし、起動魔力量も多いけど。


「これじゃあ、しばらくはつまらないわね」


 黙々と仕事をする外務省の人達を見た、コーニーの感想だ。


「なら、船に移動する?」

「え? いいの?」

「うん、私はこれから行くし」

「行く!」


 よし、コーニーが釣れた。出航はこちらのタイミングでいいって陛下から言われてるし、今日これから出航しようか。

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