第496話 君に決めた
無事、王都の我が家から国王陛下、コアド公爵閣下、学院長を送り出し、ほっと一息。
船の正式な引き渡しは関係者でやるとして、持ち主になる陛下へのお披露目は終わった。
結局船の見学は一日がかりになってしまったので、今はもう日が暮れる時刻。
陛下達の見送りを終えて屋内に戻ったところ、ヴィル様に声を掛けられた。
「あの船の移動陣は、この邸のみに繋がっているのか?」
「いいえ? 登録された行き先を選択出来ますよ」
我が家で使っている常設型の移動陣は、全てこの方式だ。ヴィル様が驚いてるって事は、アスプザットの移動陣はペイロン間としか使えない旧型だな。
「我が家の移動陣も、登録先を自由に選べます。船の方は、出航前にどこか適当な場所を登録しておかないといけませんねえ」
その辺りは、陛下にお願いしておこうっと。
これからやらなきゃいけない事を頭の中で整理していたら、何やらヴィル様が溜息を吐いた。
「慣れたつもりではあったが、本当にお前は思いも付かない事をやらかしてくれる」
ヴィル様、酷くね?
西行きの出航日は、十月に決まったらしい。早いね。王都邸の執務室で、リラから話を聞いた。
「船以外の準備は、夏の辺りに終わらせていたそうよ」
「へー」
まあ、実際に航海をする必要がないから、準備もそんなに掛からなかったのかな。
食料なんかは、移動陣があるからいくらでも王都から送れるしね。
「正式な参加者名簿も作成されたし、後は出航日を待つだけかな」
ちなみに、王都側の移動陣設置場所は、王都にある離宮の一つに決まったらしい。あったんだ、離宮。
「離宮って、王都から離れたところに作るものだと思ってたよ」
「実際に、離れた場所にある離宮もあるんだけど、今回の離宮はちょっと訳あり物件らしいわ」
「訳あり物件?」
もしや、お化けが出るとか? きゃー、怖いー。
「あんた以上に怖い存在なんていないわよ。まあ、あながち間違ってもいないんだけど」
「何か、酷くね?」
「実はこの離宮、住む人がすぐに亡くなる離宮なんですって」
スルーされた。
「社交界では『呪われた離宮』として有名だそうよ」
「そんな離宮、何でそのまま放置してたんだろう?」
「住まなければ、問題ないからじゃない? 実際、倉庫として使われてるみたいだし。それに離宮の敷地内は呪いの範疇じゃないらしく、管理人が離れを建てて住んでるけれど、ここ二十年、何事もないそうよ?」
それ、もう呪いでも何でもないんじゃないの?
「実際、呪いではないようです」
「そうなの?」
カストルが、既に調べたらしい。
「単純に、偶然が三回重なっただけの話です」
何でも、数代前の王弟、王の従兄弟、王妹が立て続けに離宮に住んで三ヶ月以内に亡くなったそうな。しかも、三人ともそれなりの年齢だったとか。
それでも、王族が一年に三人も同じ離宮で亡くなったからか、噂が噂を呼んで、「呪われた離宮」の出来上がり……という訳。
それ以来、離宮は閉められて、管理人が管理する物件になったらしい。
「王都の端ではありますが、大通りから一本入った閑静な立地ですから、今回の移動陣設置にはうってつけの物件かと」
確かに。離宮であり、現在は倉庫代わりに使われているのなら、物資を運び込んでも奇妙には思われまい。
国王が代替わりしたばかりで、王宮から不用品も多く出てくるでしょうしね。陛下、うまく考えたなー。
出航日を待ちながらも、普段の仕事は山積みだ。
「海に出ている間くらい、この書類から逃げられればいいのに……」
「領主の判断が求められるものばかりなので、逃げられません。恨むなら、過去の自分を恨みましょう」
リラが容赦ない。とはいえ、報告書だったり決裁だったりは、どうしても私の目を通さざるを得ないんだよねええええ。
もう、いっその事領内の事業はロエナ商会に委託してしまいたい。
「……今も十分、委託してるんだけどね」
「でも全部じゃないじゃん」
「仕方ないでしょう? あんたが判断しないとままならない案件ばっかり作るんだから」
そんな事、少しも思ってなかったのにいいいいい。
内心叫んでいても、仕事が減る訳じゃないので書類仕事を進めていく。
「お、馬の牧場、軌道に乗りそうなんだ」
ブナーバル地区は、動物大好きなミレーラが牧場を中心に見てくれている。もちろん、管理はネレイデスが行っているけれど。
そして、その牧場の事務担当として、セブニア夫人が就いている。元気でいてくれてるかな。
「あんたが提案した競馬、本当に王都の外に建設中だって。ちょうど、王都とネオヴェネチアの間くらいじゃないかな。水運が使えるよう、川の側の土地だって」
んん? ネオヴェネチアの近く? 何か、意図的なものを感じるんだけど、気のせい?
まあ、王都からもネオヴェネチアからも船で行き来出来るのは、楽でいいね。
ただ、川は増水とかが怖いんだけどなあ。
「王都からネオヴェネチアへ通じる川っていうと、アニア川だよね? あそこ、氾濫とか大丈夫なのかな……」
「ネオヴェネチアを作る時に、湿地帯に流れ込んでいる全ての川の近隣流域は治水工事をしたから、氾濫はないんじゃないかなあ?」
「もし増水したとしても、キューブ型水槽で水を吸い上げ、フロトマーロに持っていけばいいだけです」
ああ、そっか。カストルの言う通り、キューブ型水槽があった。そして、フロトマーロにはため池があるよ。
万年水不足のあそこには、水はいくらでも運べる。なら、大丈夫か。安心して、うちの馬を競馬場で走らせられるね。ミレーラが喜びそうだ。
ガラス製品に関しては、現在はデュバル領都付近で製作しているそうだけど、将来的にはネオヴェネチアのみで製作するようにしていく。
その為の、偽ムラーノ島も作ったんだから。
「そのネーミング、何とかならないの?」
「え? 偽ムラーノ島の事?」
「……言いたい気持ちはわかるけれど、いきなり『偽』って付けるのはどうよ?」
「じゃあ、ムラーノもどき島」
「いい加減、ムラーノ島から離れなさいよ!」
だってー。ガラス工房を置く島なら、やっぱりムラーノ島でしょうよ。ちゃっかり「島」として作ってあるんだし。
ブーブー文句を言ったら、リラが溜息を吐いた。幸せ逃げちゃうよ?
「誰のせいだと思ってんの! ……ネオヴェネチアなんだから、ネオムラーノ島とでもしておけばいいんじゃない?」
「え? それでいいの?」
「『偽』や『もどき』と付けられるよりは、ましだわ」
よし。なら、ガラス工房を置く島は「ネオムラーノ島」で。限定ガラス細工、楽しみだなあ。
限定といえば、シャーティの店にネオポリス限定のメニューを作ってもらわなくては。
そして、ネオヴェネチアにも支店を出してもらって、そこでも限定メニューを作らせるのだ。
でないと、コード卿ががっかりするよ。
「とはいえ、いきなりその土地限定のメニューと言われても、店側も困るよね? 何か、アイデアはない?」
執務室で、リラとカストルに聞いてみる。
「限定と言われても……ケーキなの? それとも焼き菓子?」
「コード卿は生クリームが大好きみたいだから、クリームマシマシのメニューで」
「なら、パフェ辺りが無難かしら」
「限定は、街ですか? それとも季節ですか?」
「両方!」
「欲張り」
リラがうるさいでーす。
だって、地域限定に加えて季節限定とか、限定好きには堪らないじゃない。
「客としては嬉しいでしょうけれど、店側としてはどうかしらね?」
「えー? 何で? 限定メニューが売れてくれれば、店側としても嬉しいんじゃない?」
「季節ごとにメニューを変えなきゃいけないし、支店ごとに限定商品を作るんでしょう? 大変じゃない?」
そうか……ただでさえ、シャーティには色々無理を言ってる部分があるし、これ以上負担を掛けるのは、やめた方がいいのかな……
でも、コード卿に「限定メニューを作らせる」って言っちゃったんだよねー。嘘つきにはなりたくない。
うーん……よし!
「同じ素材でも、レシピを変えれば別物になる!」
「あ、開き直った」
「例えば、苺を例に取って。王都では苺のタルト、領都では苺のロールケーキ、で、ネオヴェネチアでは苺のパフェ。どうだ!」
「まあ……それをこちらから提案するのなら、店側の負担も減るかしら……」
「後さ、新作を考えるのって、パティシエの仕事だと思うよ? だから、店ごとの担当者が集まって、会議して季節ごとに決めるってのを導入すればいいんじゃないかな」
「……あんた、そのうちパティシエ養成の学校を作るとか、言い出しそうね」
「ああ! その手があった!」
リラ、「しまった」って顔をしても遅いよ。これに関しては、アイデアを出した君に全て任せるからね?
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