第495話 見学会
祝賀舞踏会は大盛況のうちに終わり、最後の挨拶で西の海へ行く航海の計画が出た。
「新たな国との交易を求め、西への調査航海を開始する!」
新国王誕生に伴い発表された計画に、会場中から拍手が湧き上がる。思惑はそれぞれあるだろうけれど、パイが大きくなれば取り分も増えるもんな。
中には植民地化を狙っている家もあるかもね。それはこちらで阻止するけどー。
新国王誕生の式典のあれこれは無事終了ー。そして、王家専用の船と、木造船……に見せかけた船も完成した。
引き渡しはいつがいいかユーインに言伝を頼んだら、何故かその日の晩に、新国王陛下がお忍びで我が家まで来ましたよ。
「何やってんですか陛下。あ、ご即位、おめでとうございます」
「ありがとう。国王に就いて初のお忍び先に選んだのに、この言われようとは」
いやだって。別に王様にお忍びで来てほしいなんて、頼んでませんし。偉い人がいきなり家に来るなんて、面倒じゃないですが。
「そういう事を言うのが、侯爵だな」
何でそこでそんな呆れたような目で見られなきゃいけないんですかねえ?
王太子殿下改め国王陛下がいらしたのは、船の件だった。まあ、それ以外にあったら、ちょっとどうなんだと思うよねえ。
「いつでも引き渡しが出来ると聞いたが」
「はい。本体はまだドック……船渠にありますが」
進水式もまだだよ。それは引き渡した後にやってもらおうと思ってるし。本当は、もっと前にやるものらしいけれど、艤装も全部終わった今やっても、別にいいよね。
「船名もまだつけてませんので、そちらで命名してください」
「ふむ。本体を見に行く事は出来るか?」
「陛下が、自らですか?」
「そうだ」
警備とか、大変じゃね? ちらりとユーインとヴィル様を見ると、渋い顔をしている。二人は止めたんだな。
「警備が大変じゃないですか?」
「侯爵がいるのなら、必要なかろう?」
「うぐ」
反論出来ない。同じ事を言われて、ユーイン達も黙ったな? ちらりとユーインとヴィル様を見たら、そっと視線を逸らされた。
式典の後は、それなりに色々とあるので時間が取れず、十日後に引き渡しとなった。もちろん、新国王陛下本人が立ち会いだ。
参加者は陛下とコアド公爵、学院長、私、ユーイン、リラ、ヴィル様。
「これが……」
「こちらの銀色の船が王家専用の船です。で、奥にある木造船が、西への航海用のものです」
「中を見てもいいか?」
「もちろん、構いません」
王家専用はまだしも、木造船の方は驚くだろうなあ。
まずは王家専用の船へ。案内役として、私も乗り込んだ。本当の案内役はカストルだけれど。
「随分広いな」
「居住性を考え、広々とした空間を実現しました。また、船を使った旅は長旅になりやすいので、退屈を紛らわせると共に運動不足を解消させる各種施設も充実させています」
適当な事を言っておく。一応、身分の関係でカストルが陛下に直答する訳にいかないので、念話を通じて私が説明している。腹話術の人形になった気分。
運動不足解消の為の施設は、ジョギングが出来るデッキとか、マシンジムとか、プールとか。
マシンジムやプールは初めて見るらしく、説明が必要だったわー。その場で実際に使ってみせる為のモデルはヴィル様。
ランニングマシン、フィットネスバイク、ステップマシン、チェストプレスマシン、ラットプルダウンマシン。
正直、こんな本格的な筋トレマシンが必要か? と思わなくもないけれど、まあ作った以上は置いておこうかって感じ。
ランニングマシンを見た陛下は、眉をひそめている。
「何だか、強制的に運動をさせられる動物のようだな」
「そうですね」
まあ、人間も動物ですしー。それに、運動不足は色々と困る事も多いのですよ。ぜい肉とか筋肉の衰えとかぜい肉とか脂肪とか。
プールは泳がなくても、水の中で歩くだけでも効果がありますよー。説明したら、何だか驚かれたけれど。
「何故、侯爵はそんな事を知っているんだ?」
「え? ええと……海で、体験しまして」
嘘は言っていない。ビーチで海の中を歩いた時、しっかり水の抵抗を感じたし!
私の返答に、陛下が何やら考え込んでいる。
「海か……浜辺で、水遊びが出来ると聞いたが?」
「出来ますよ。泳ぐ事も出来ます」
「およ……ぐ?」
そこからかー。どうやって説明しよう?
『映像で見せてはどうでしょう?』
ああ、なるほど。百聞は一見にしかずって言うもんね。
「人が泳いでいる様子を撮影した映像がありますが、ご覧になりますか?」
「見よう」
よし、食いついた。これで説明する手間が省けるわー。
その後、王家専用船のシアターで、スイミングのレッスン動画を全員で見た。その間も、陛下からあれこれ質問が飛んでくるんですけど。
「あの格好は何だ? 水着? 裸同然ではないか!」
「服を着たままだと泳ぎにくい? 何故だ? 服が水を吸う? どういう事だ?」
「何故、あんなに手足を動かす必要が? そうしないと進まない? だから、何故進まないのだ?」
勘弁してくれえええええええ!
ぐったりした王家専用船の次は、木造船の見学が待っている。もう、帰りたい……
「どうした? 侯爵。何やら疲れているようだが?」
「ええ、疲れました。帰っていいですか?」
「何を言っている。これからもう一隻の方を見るんだろうが」
帰っちゃダメらしい。珍しくも、リラが労いの視線を向けてくる。コアド公爵も、何やら生温い視線をよこしてくるし。くそう。
「こちらは見た目を普通の木造船に見せかける為、全体的に小ぶりに作りました。ですが、中は違います」
「どういう事だ?」
「ご覧になれば、わかるかと」
論より証拠。空間拡張の凄さをご覧じろ。
木造船は、近海でも使われているタイプにしてある。種類としては、キャラベルとキャラックの中間かな。
マストは三本、船首楼はなく船尾楼のみ。その船尾楼から、船の中へと入る。
「な……」
「これは……」
今まで感想を口にしなかったコアド公爵と学院長も驚いた様子。ふっふっふー、そうでしょうとも。
船尾楼の扉を開けて入った狭い部屋から、階段を下りるとそこには、優雅な邸宅の玄関ホールが広がっている訳だから。
「ここは、船の中……ですよね?」
「それにしては……もしや、移動陣でどこか別の邸に移動したとか?」
「落ち着いてください、公爵閣下、学院長。ここは船の中ですよ」
「はあ!?」
ああ、いい反応。陛下はどうかな? と思ったら、ぽかんと口を開けて固まっちゃってる。まあ、仕方ないか。
この木造船、最初に連れてきたユーインやヴィル様、リラも同じような反応をしたもんなあ。
私は事前にカストルから説明を受けていたからね。
「この邸は四階建て、東と西に棟を持つスタイルです。庭園には東屋も設えました。フェンスの向こう側は船の外の景色を使った偽物ですけれど、その分本物では味わえない組み合わせになっていますよ。建物は使用人用の部屋を除き、概ね五十人ほどが寝泊まり出来る造りになっています」
「五十人!?」
あ、陛下が復活した。五十人じゃ、少なかったかな?
「少なかったですか? 邸を建て替える事は出来ませんが、離れを増設する事で増員に対応出来ますけれど……」
「いやいやいや、今回の西行きでも、五十人も出さないぞ!?」
「そうなんですか? あ、航海中……と言いますか、西に行っている最中の身の回りのお世話は、こちらがメイドを用意しますので、ご心配なくと参加者の方々にはお伝えください」
オケアニスを連れていくからね。
「移動陣は、この玄関ホールに設置してあります。足下をご覧下さい」
この邸に設置した移動陣は、かなり大きなもの。だから、広い玄関ホールを使うのが一番だと思ったんだー。
王宮やアスプザット邸に設置してあるのとは違い、ここに設置した移動陣は、普段は見えない。
でも、ちょっと魔力を流すと陣の紋様が浮き出てくるんだよねえ。結構綺麗だよなあ、これ。
「ついでですから、この移動陣で王都まで帰りますか?」
ここまでは、鉄道を乗り継いだ。このメンバーだけで来てるから、誰かを置いていく危険性もないし。
「このまま……って、王宮にそのまま移動するのか?」
「いえ、我が家の王都邸に。そこから王宮へ使いをやって、迎えの馬車を出してもらえばいいのではありませんか?」
私の返答に、何やら陛下が肩を落としている。何か、変な事を言ったかな?
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