第494話 式典三昧

 狩猟祭が終わると、ペイロンの夏が終わる。そして、秋はすぐにやってきた。


「とうとう即位式かあ」


 仕度をしながら、呟く。現在、王都邸の私の部屋にはネレイデスが二人、オケアニスが四人。彼女達の手により、着々と着付けが進んでいく。


 即位式も戴冠式も、ドレスのラインは一緒。ただし、同じドレスではありません。こういうところで見栄を張るのが貴族。


 そのせいでマダム・トワモエルが大忙しだった訳ですが。オケアニスと一緒に貸し出したミシンがいい仕事をしたらしい。


 今回貸し出したミシン、大型で、しかも刺繍も入れられるものだったから。使い方はオケアニスが知っているので、マダムからどんな形に、どこにどんな刺繍を入れるかの指示をもらえばいいだけ。


 最終的には、刺繍が入れられるミシンに関して、売って欲しいとの要望がきたよ。お針子のうち、何人かを専属の係として教育するんだって。


 なので、こちらでお針子を預かって、ミシンと一緒にお返しするって形にした。もちろん、教育料金はもらうけど。


 この辺りは派遣業の一種にしたから、担当のネレイデスに丸投げだ。


 本日の私のドレスは、即位式が薄い青をベースに、濃い青で刺繍を施したもの。戴冠式は銀ベースで、水色の刺繍を入れている。どちらも、地の色は

私の瞳と髪の色だ。まあ、今は銀髪でなくホワイトブロンドになっちゃってるけど。


 ラインはどちらもスレンダーなもの。スカートは広げず、上半身は緩く体にフィットする感じ。それでも皺が寄らないのが、仕立ての良さだね。


 今回使ったのは、新素材ではなく普通の蜘蛛絹。ただし、最上級のものを使った。新素材は、屋外用のドレスに向いてるからね。


 リラのドレスはどちらも緑ベース。これはヴィル様の瞳の色から。即位式が緑地に銀糸で刺繍を施したもの。戴冠式が色味の違う緑地に、地の色よりちょっと濃い目の緑で刺繍を入れている。


 リラのドレスは腰のところに少しボリュームが出ているタイプ。そこから裾に向かって絞っていくライン。


 最近の流行だってさ。若ければ若いほど、腰のボリューム出すそうな。リラのは控え目。本人のリクエストだってー。


 仕度が終われば、旦那達にエスコートされて王宮へ。まずは即位式から。


 即位式は、退位式を行ったのと同じ蒼穹の間。ここでは、王太子殿下が即位宣言をする。ただそれだけ。


 国家に、新たな王が誕生した事を宣言し、国と民の為に生きる事を宣誓する。短いけれど、大事な式典だそうな。


 短いからすぐ終わるので、退出して次の戴冠式へ大移動。とはいえ、殆どの人は着替えるので、王都邸なり宿泊先に一度帰る。


 人の流れに乗って蒼穹の間から出たら、後ろから声を掛けられた。


「レラ!」

「あ、ルイ兄」


 おっといけねえ。いつもの癖でこの呼び方が出ちゃった。近くにいるヴィル様から、渋い気配が飛んでくる。ごめんなさい。


 ルイ兄は、キャス様の手を取ってこちらに向かってくる。


「ルイ兄が来てたんだ」

「ああ、ペイロンでは、義父上が留守番してくれてる」


 ああ、そうか。上王陛下が退位なさる時は伯爵が、王太子殿下が即位なさる時はルイ兄が来たんだね。ペイロンも、世代交代が進んでるんだなあ。


 キャス様は、ルイ兄の隣で静かに微笑んでいる。


「ルイ達は、うちの実家に滞在か?」

「ああ。シーラ様にチクチク言われてるよ……」

「諦めろ」


 ヴィル様との会話で、ルイ兄達がアスプザットの王都邸に宿泊しているのがわかった。


 そして、未だに見合いの時の事をシーラ様に言われているらしい。まあ、早いとこキャス様の名前を出さなかったルイ兄が悪い。


 その後、ペイロンに帰る前に一度食事でも、と約束して、二人とは別れた。




 王都邸に戻り、ドレスを脱いで一息。戴冠式は午後からだから、まだまだ時間の余裕はある。


「ツーアキャスナ嬢、ちょっと元気がなかったわね」

「そう? ペイロンのやり方に慣れるのが、大変なんじゃないかなあ」

「ああ、そうね」


 部屋着に着替えて、リラと居間でちょっとお茶。焼き菓子を一つつまんで、優雅な時間だ。


 キャス様かあ。結局彼女の弱みに関してはカストルに聞かなかったけれど、脅されただけで婚約までするって、どんな弱みだったんだろう。


『ご報告しますか?』


 いりません。人の秘密をこじ開けるのは趣味じゃない。誰だって、知られたくない事の一つや二つはあるものだ。


「また何か、カストルから念話が来てるの?」

「何故わかる!?」

「あんたはわかりやすいのよ。念話が来てる時は、動作が止まるんだもの」


 おおう……そうだったのか。


「いや、キャス様の事をね。ほら、弱みを握られて脅された結果、婚約までしてたじゃない? どんな弱みを握られたら、そこまでするのかと思って」

「まさか……」

「いや! カストルに聞いたりしてないよ!?」

「ならいいけれど。そこまでの弱みだからこそ、聞かない方がいいわ」


 無言で頷いておく。大丈夫、私はちゃんと空気が読める子だから。


「それにしても、即位式はシイヴァン様が出席なさったのね」

「ペイロンでも、世代交代が進んでるんじゃない?」

「という事は……ペイロン伯爵って、イズに移住したりしないの?」

「え? 伯爵が?」


 思ってもいなかった事をリラに言われて、ちょっと戸惑う。伯爵が、ペイロンを離れる?


「いや、伯爵はペイロンの要だから、あそこを離れるなんて――」

「でも、世代交代が進んで、シイヴァン様が次代のペイロン伯になる訳でしょう? 上王陛下と現ペイロン伯は仲がいいらしいし、可能性はあるんじゃない?」


 確かに。伯爵なら、イズに移住しても危険はない。バリバリの王家派閥だし、何よりリラも言う通り上王陛下と仲がいい。


 ユルヴィルのじいちゃんばあちゃんがイズに遊びに行くって話も出ていたっけ。でも、二人は移住する訳じゃないしなあ。


 上王陛下と上王妃陛下二人だけでは、寂しかろう。気心の知れた人なら、側にいてもいいかもね。


「ともかく、そういった話はお二人の意向次第だね」

「まあ……そうよね」


 実際にどうなるかはわからないけれど、来客用と移住用の邸くらいは、用意しておこうか。




 戴冠式は、ルスト大聖堂で行われた。戴冠式の時のみ使用する玉座が大聖堂の中に置かれ、入り口からそこまで新国王陛下がゆっくりと進む。長いマントの裾を持つのは、コアド公爵と学院長……レイゼクス大公殿下だ。


 玉座に座り、大聖堂をまとめる大僧正が、神への祈りと新しい王が誕生した事への祝福を述べる。


 そうして運ばれてきた王冠を、新国王の頭上に載せた。大聖堂内に、割れんばかりの拍手が響く。


 これにて、戴冠式は終了。再び長いマントを引きながら、新国王陛下が大聖堂を後にする。


 さあて、またしても着替えて今度は王宮、天界の間で舞踏会だ。ああ、忙しい。


 舞踏会は夜の装いなので、昼間のドレスとはまったく違うラインになる。デコルテ部分を出し、スカートも踊りやすいようスレンダーなラインは残しつつ、広がるように工夫されていた。


 さすがマダム。いい仕事してるねえ。


 リラのドレスも、スカートの広がりは抑え気味。何かね、最近社交界ではドレスの流行が二分しているらしいんだ。


 スカートを広げるのは未婚の女子、広げないのは既婚者。別にそういう新ルールが出来た訳ではないんだけど、ロア様が広がらないドレスを好んで着るようになったから……なんだって。流行って、立場が上の人が作っていくからね。


 んで、未婚の頃からすっきりしたラインを好んで着ている私にも、何やら注目が集まっている……らしい。


 曰く、デュバル女侯爵と同じドレスを着れば、ロア様に近づける。


 んな馬鹿なって思うでしょ? でもそれがまかり通るのが社交界なのよ……


 まあ、同じタイプのドレスを着ていれば、会話のとっかかりくらいにはなるかもね。


 ロア様は私と違ってつるっともぺたっともしていないけれど、背が高いからすらっとしたシルエットなんだよね。


 だから、私が好むタイプのドレスがとても似合う。それもあって、流行になっているらしい。


 では、何故未婚女子にはスカートを膨らませるタイプのドレスが流行っているか。


 これも、私が関わっている……そうな。


 昔からスカート部分をすっきりまとめたドレスが好きで、ずっと着ているんだけど、私に対抗したい女子達は、真逆の格好をすればいいじゃない! と思ったそうだよ。


 で、そんな女子達に賛同した未婚女子達に、いつの間にやら広まっていったらしい。中には、ただの流行だからスカート広げるーって女子もいるんだろうけれど。


 対抗したい女子達は、広げたスカートの可憐なドレスで、ユーインのハートをゲット! という考えらしい。


 いや、彼が結婚相手に選んだ私を真似るならまだわかるけど、なんで真逆に行くよ?


「あんたの真似は、したくないからでしょ? ユーイン様ガチ恋勢にとって、あんたは恨み骨髄の相手だもの」

「酷いよね。私からアプローチしたんじゃないのに」

「だからじゃないの?」


 えー? 理不尽だなあ。


 彼女達が一番考えなくちゃいけないのは、欲望ダダ漏れでいると、確実にユーインに嫌われるって事なんだけど。


 何せ欲全開の相手の魔力って、相当臭いって話だし。


 つまり、ユーインに振り向いてほしければ、彼に一切の関心を持たない事。これに限る。


「ガチ恋勢に、それは無理でしょ」

「だよねー」


 つまり、何をしても無理だという事を、ガチ恋勢はいい加減自覚してほしい。


 大体、相手はもう既婚者だっての。

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