第493話 行く夏、来る秋

 狩猟祭は、何事もなく無事終了ー。あ、リナ様、お義姉様と三人で組んだ狩猟の結果は、上々でした。優勝したお嬢さんが、ちょっと引くくらい。


 女子の部も、年々参加者が増えているそうで、いい事だなー。来年は女子の部オンリーの日を設けてもいいとかいう話が出ているくらい。


 そうしたら、レジェンド枠は外れるかなー。外れるといいなー。いつのまにか、私までレジェンド枠に入れられてるんだもん。おかしいよ。


「まあ、当然でしょうね」

「リラが酷い」

「酷くありません。当然の感想です」


 一足先に戻った王都邸の執務室にて、リラにやり込められております。


 それはともかく、今日も今日とて机の上には書類のタワーが。いや、考えなしに色々と手を出した結果なんですけどー。


 とりあえず、手元から取って確認する。


「船の建造は順調だね」

「他の船と仕上げが少々違いますが、期日までには仕上げてご覧に入れます」


 カストル、気合いが入ってるね。


 王家専用の船はもうじき出来上がるそうな。こちらは規格にオプションを付けたような船だから、早いのかも。


 木造船を装う方は、大きさに比べて中が広くなるよう、新しい魔法技術を使うって。その名も「空間拡張」。亜空間を使った収納魔法の応用だそうな。


「技術そのものは、前の主の頃からあるものですけれど」


 うん、それを伝えるべきうちのご先祖様が、何も伝えてなかったからね。失われた技術になってますよ。


 ご先祖様のお友達は、そもそも技術を伝える気がまるでなかったみたいだし。ご先祖様、しっかりしてよー。


 まあ、ご先祖様が生きた頃に、突出した魔法技術を出すのを躊躇ったのは、何となくわかるけれど。こう、周囲とのバランスって、あるよね?


 それはそうと、この空間拡張、魔の森中央にある研究所にも使われていたものだって。


「これ、ニエールが知ったら喜びそう」

「実際、喜んで実験に使っているそうです」

「あ、そうなんだ」


 今ある術式だと使い勝手がちょっと悪いそうなので、分室で改良をしてもらったらしい。ニエールが嬉々として携わってるそうだよ。


「ん? もう改良は終わったんだよね?」

「ええ。ですが、引き続き改良をするそうです」


 何やってんだニエール。まあ、彼女が熱中するほど面白い術式って事なんだろう。


「秋の即位式までに、仕上げたいね」

「間に合わせます」


 よろしく。




 狩猟祭が終わると、王家派閥は次のイベントへ向けて動き出す。今回は、王太子殿下の即位式と戴冠式。


 通常、これらはワンセットで行われるそうで、今回もそうなるってさー。午前中に即位式、午後から戴冠式。で、夜からは祝賀舞踏会。


 そのどれもに新しいドレスが必要で、マダムの工房もそろそろ悲鳴を上げてるんだとか。お針子の手が足りないそうだよ。


 それともう一つ、懸念事項があるのでちょっと気になってる。


「……緊急で、オケアニスをお針子として派遣出来ないかな?」

「出来ますが、よろしいのですか?」

「うーん、忙しいマダムを助ける為と、あとマダムの身を守る為に」


 何かね、ここ最近マダムの身辺が危険になってるそうな。


 まだ誰かが怪我をしたとか、実害はないんだけど。お針子の何人かが帰り道に付けられたり、工房に投石があったりしたって。


 ガラスだって高いのに! ってマダムが怒ってた。いや、そういう事じゃないと思うんですが。マダムが気になるのは、そこらしい。


 うちから見舞いとして、割れにくい防犯ガラスをプレゼントしておいた。これで投石程度じゃびくともせんぞ。


 ついでに、店とマダムの自宅には、デュバル印のセキュリティを勝手に導入。いや、これちょっと裏のある話なんだ。


 それはともかく、そんな事情があるので、身辺警護を兼ねてオケアニスを派遣しようかと。


 これでうまくいけば、女性騎士派遣と合わせて戦闘メイド派遣も事業になるんじゃない?


 そう、いつの間にか、女性騎士派遣は事業になってました。許可は出してたからいいんだけど。


 あれだね、ゼードニヴァン子爵にジルベイラが嫁いだから、事務関連は彼女がしっかり調えていたみたい。さすがジルベイラ。旦那の仕事だからこそ、手を抜かない。


 一応、派遣元はロエナ商会になっている。ヤールシオールに負担が掛かるかと思いきや、場所と名前を借りただけで、実質運営をしているのはネレイデスだったわー。何というか、ロエナ商会の支社みたいな位置づけだって。


 今更だけど、事業をあれこれ広げすぎて私の手には負えなくなってきてる気がする……


「マダムの周辺を脅かしている者達は、見つかった?」

「ええ。どうも、中立派の下位貴族が主犯のようです」


 貴族派閥がおとなしくなったと思ったら、今度は中立派かよ。しかも下位貴族とは。


「どうやら、マダムが王家派閥に肩入れしていると見たようです」

「ああ、重要顧客は王家派閥に多いからね」


 それもそのはず、元々マダムを見いだしたのがシーラ様なんだよ。彼女の作るドレスを気に入って注文し、そこからシーラ様のお友達がこぞってドレスを作るようになった。いわゆる口コミ。


 まあ、オーゼリアではろくな宣伝方法もないから、口コミが最強の宣伝になる訳ですが。特に社交界はね。


 でも、それだってマダムのデザイン力や仕立ての技術があればこそ。さっきの「裏がある」ってのは、これの事。


 上得意客達が、今回の事件を耳にして私に頼んできたのよ。デュバル印のセキュリティに関しては、上得意客の方々の自宅でも使ってるところが多いし、その効果は体験済みだから。


 大体ね、マダムのネームバリューが上がってきた頃に取引を始めたとしても、お得意様よりいい扱いを受ける訳ないっての。


「そういう部分を見ずに、すげなくされたって怒ってる訳?」

「そうなります」


 まったく。どこにでも馬鹿はいるもんだ。大体、王家派閥の大物奥様達が懇意にしている仕立屋だとわかっているなら、この先に待っているものも読めるだろうにねえ。


「カストル、オケアニスにはしっかり指示を出して、お針子の一人一人の身の安全を確保してね」

「仰せのままに」


 これでオケアニスを増産する事になっても、必要な事だから仕方ないね。




 デュバル領アーカー地区で代官をやっていたコード卿が、やっと領都に入ったらしい。王宮では、散々足止めを食らったんだとか。


 ただ、それも私が魔除けになっている間に、徐々に改善されたらしい。コード卿が、次の職場はデュバル領だと言ったのも、効果あったとか。


 うん、全方面に魔除けと認識されつつあるね。


「で、現在コード卿は領都でブートキャンプ中……と」


 別に筋肉を鍛える訳ではなく、新人研修をそう言ってるみたい。うち、軍隊じゃないんだけど。


「でも、それに匹敵するくらいきつい研修よ?」

「そうなの? 本当にランニングとかさせられたり?」

「それもあるけれど」

「あるの!?」


 びっくりだ。リラが言うには、軽い運動もプログラムに組み込まれていて、運動不足の文官やお嬢様なんかは、音を上げる事が多いらしい。


 それでうちを辞める人は、今のところ一人もいないけれど。ただ、研修が一番きつかったという言葉は、あちこちで聞かれるんだって。


「コード卿、時期が半端だから一人であれを受けるのかあ……精神的にきつそう。彼も文官畑の人だし」

「きっと、スイーツがあれば乗り越えられるよ」

「そんな簡単な事じゃ……あるのかも」

「でしょ?」


 だって、コード卿だもの。おいしい限定スイーツをシャーティの店ネオポリス支店で作るよう、お願いしておこうっと。


 運動だけでなく、うちでの独特のやり方を短期間でたたき込むので、それも結構大変らしい。


「私にとっては、見慣れた形式だったけど、他の人はカルチャーショックかもね……」

「えー?」

「定型の書類の扱い方とか、よその家とは大分違うから」


 ああ、まあね。印刷技術はあっても、それをうちほど使いこなしている領は少なかろうよ。


 うちの場合、手書きで書き込む箇所をいかに少なくするかに命かけてるから。その為に、書類の書式を何回か変更してるんだよね。


 その度に周知徹底はしてるけれど。慣れるまでは大変か、やっぱり。


「後はタイプライターの使い方とか、各種魔道具の扱い方も学ぶから」


 それも、うちならではか。何せ魔道具に関しては特許に近い権利を私がたくさん持っているのでね。格安で作る事が出来るし、買う事が出来る。


 なので、事務の現場にも大量に置いてあるんだよなー。そうか、あれらの使い方も一から学ぶのか。


 コード卿、頑張れ。




 イズの整備もまだ続いていて、上王陛下達の目や耳に入らないよう、こっそりやってるってさ。結界って、便利よね。


「お二人が自由に買い物出来るよう、店舗も増やしています」

「おお。でも、店に買いに行くって概念、あるのかな?」

「あちらに配属させておりますエウテルペによりますと、お二人とも『普通の生活』というものに、大層な憧れがあるご様子です」

「ん? 待って。エウテルペって、誰? ネレイデス?」

「いえ、ムーサイです。現在、イズの管理を任せております。さすがに上王、上王妃両陛下がご滞在なさる街ですから、ネレイデスでは不安が残りました。ですので、上位に当たるムーサイから、エウテルペを選出、管理をさせております。事後報告になりました事、ここにお詫び申し上げます」


 いや、それはいいんだけど。でも、確かにあのお二人がいる街を、ネレイデスだけで管理するのは厳しいか。


 ムーサイの方が、ネレイデスより上位で能力値も高い。何かあった時、ムーサイなら単独で行動出来るというのも大きいね。


 にしても、買い物……ねえ。店頭には、何を置くのやら。

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