第492話 事件の裏側

 例の件、カストルの調査は早かった。


「裏がありました」

「やっぱり!」


 狩猟祭二日目、夜の寝室にリラとカストル。ユーインは当然として、何故かヴィル様までいる。


「何故ヴィル様?」

「お前達が悪さをしないようにだ」


 酷くね? 悪さなんて、何もしていないのに。そこで何故リラとカストルは視線を逸らすのかな? ただ調べただけなんだよね?




 カストルの報告は、意外なものだった。


「ツーアキャスナ様の元婚約者は、殺されていました」

「え」

「直接手を下したのは、元婚約者に弄ばれたお嬢様達の兄弟です」


 つまり、遊ばれて捨てられた下位貴族のお嬢さん達の、兄だか弟だかが、タッグを組んで元婚約者を落馬事故に見せかけて殺した……と?


「その場にいた目撃者は元婚約者の友人でしたが、彼は密かに元婚約者が捨てたお嬢様の一人に想いを寄せていたようでして」

「じゃあ、その人が兄弟達に声を掛けて殺人を?」

「いえ……」


 珍しく、カストルが言いよどむ。ちらりと視線を向けた先はヴィル様。聞かれると困る内容なのかな。


「構わん、嘘でないのなら、全て話せ」


 ヴィル様、カストルの視線に気付いてたよ……


「わかりました。彼等を裏でまとめたのは、ツーアキャスナ様です」

「えええええええ!?」


 どういう事!? いや、浮気ばっかりの婚約者なら、いらねーってなっても不思議はないけれど……


 でも、その場合はきちんと理由を添えて解消もしくは破棄するもんじゃないの?


 さすがのヴィル様も、ちょっと驚いている。リラはあんぐりと口を開けているよ。


「何故、ツーアキャスナ嬢が?」

「元婚約者に、弱みを握られていたようです」


 げ。それを元に、ずっと脅されていたとか?


「ツーアキャスナ嬢が婚約したのも、その弱みが原因か?」

「そのようです」


 そこまで……どんな弱みかちょっと気になるけれど、これは暴いちゃいけないやつだ。


 現に、ヴィル様もそれ以上は聞かないつもりらしい。


「……元婚約者の死は、既に事故死として処理されている。話を聞くだに、クズのようだから、このままにしておいた方がいい」

「ですよねー……」


 ヴィル様の提案に、誰も否やは言わない。死んだ元婚約者は……こういう言い方をするとあれかもだけど、死んで当然のクズだったんじゃなかろうか。


 まあ、それを言ったらうちには死んで当然という連中が、あちこちで穴を掘ってますが。


「それにしても、残念な話です」

「何がだ?」


 カストルのいきなり発言に、ヴィル様が眉根を寄せる。


「そこまでの人物ならば、当家の穴掘りにうってつけの人材でしたでしょうに。長く苦痛を与えられる場なので、ツーアキャスナ様にもきっとお気に召していただけたでしょう」


 カストル、そういう怖い話をいい笑顔で言わないで。あああ、ヴィル様の微妙な視線がこっちに来るー。


 私はリラとカストルと一緒にそっと視線を逸らした。




 ツーアキャスナ嬢の元婚約者、ケウバン・ヤレバル・テマーは、テマー伯爵家の次男。


 テマー家は派閥は中立派だけれど、武門の家柄で、ゾクバル家とも長く付き合いがある家なんだって。


 そこの次男が、ゾクバル侯爵家の長女の弱みを握って脅していたとは。


 そして、クズな男には真実「友」と呼べる人間はいなかったらしい。彼の側にいれば何かと「おいしい」思いが出来るから、取り巻きやってますって奴しかいなかったそうな。


「そんな中でも、主犯の男はましな方だったようです。ケウバン卿が手を出した女性のうち、某男爵家の令嬢に本気で想い入れたそうで」

「で、その男爵令嬢はケウバンとやらに捨てられた……と」

「はい。一時は世を儚んでいたようですが、その心の隙間に入ったのが、ツーアキャスナ様でした」


 うわあ。何というか、効率的なんだけど、なんか怖い。


「ツーアキャスナ様は、社交の場で彼に接触、その後はご友人を通じて彼に他愛もない事を伝え続けたようです」

「他愛もない事って?」

「彼にも、幸せに生きる道があるとか、想う相手の事を大事にとかですね」


 聞いただけだと、普通の言葉だね。励ましの言葉というか。


「それだけで、相手がテマー伯爵家の次男を殺したと?」

「その部分は仕込みです。その後、ツーアキャスナ様のご友人と一緒に参加する夜会などで、ご友人を通じて相手に手法を授けたようです。具体的な事は絶対に口にせず、復讐を扱った歌劇や小説を持ち出して」


 あー……復讐譚って人気だから、歌劇でも本でもたくさんあるんだよねえ。乗馬中に相手を殺し、事故に見せかけた話も、あるんだろうなあ。


「それで、当人がすっかりその気になったと?」


 ヴィル様の言葉に、カストルは軽く首を横に振った。


「ツーアキャスナ様は、同時にケウバン卿の毒牙に掛かった令嬢の元に、謝罪の手紙を書いています。本人や、ご家族に向けてのものです」

「相手は、それを受け取ったのか」

「身分差もありますし、何より中身は真摯に相手の事を心配するものですから。そうして、令嬢達のご兄弟を、ケウバン卿の友人に引き合わせました」

「つまり、ツーアキャスナ嬢は自らの手を一切汚す事なく、面倒な元婚約者を始末したという事か?」

「そうなりますが、今回の件はどちらかといえば、ケウバン卿の方に恨まれる要素が多すぎた事が要因かと」

「確かに……」


 凄いな、ツーアキャスナ嬢。これぞ貴族の闘い方って感じ。ただ……もの凄く怖いと感じるけれどね。




 元婚約者を死に至らしめた直接原因は、元婚約者の素行の悪さだった。でも、殺すようそれとなく仕向けたのはツーアキャスナ嬢。


 とはいえ、迂遠で気の遠くなるような仕掛けだから、うまくいく可能性は低かったんじゃないかな。


 ぽろっとこぼしたら、リラが眉間に皺を寄せた。


「そうかしら?」

「違う?」

「用意周到な人だから、そのケウバン卿の友人の性格も、調べ上げてからやったんじゃない? そうでなければ、丁度いい人材を辛い目に遭った令嬢の兄弟に求めたと思うわ」

「じゃあ、たまたまケウバン卿の側にいる人間で、彼を恨んでいて、しかも操るのにちょうどいい人間がいたから、使った?」

「と、私は思うわ」


 おおう、何という恐ろしい世界。私のような脳筋には、とても出来ませんて。


 ゾクバル侯爵家は筋肉派に見えて、実は頭脳派だ。そうでなければ、一軍を預かる将軍なんてやっていられないんだろうね。


 その父親の血を受けたツーアキャスナ嬢も、頭脳派って事なんだろう。


「あれ? ツーアキャスナ嬢が頭脳派なら、ルイ兄にはぴったりかも?」

「まあ、確かに……」


 ペイロンに常に足りないのは、頭脳だよ。分家のおっちゃん達なんて、本気の脳筋だからね。じいちゃん達もそうだから。


 ロイド兄ちゃんの代で、そろそろこのままじゃヤバくね? って意識が出始めてる程度だもんね。意識はあっても、何をどうすればいいのかはわからないらしい。


 それもあって、ロイド兄ちゃんがうちに来ている訳ですが。そういや、ツイーニア嬢との仲はどうなったかね?


『ジルベイラ様のガードが堅く、まだろくに顔を見る事すら出来ないようです』


 おおう、ジルベイラチェックは厳しいからなあ。ツイーニア嬢は大変な思いをした人だから、ジルベイラも普段より気合いが入っているのかも。


 ロイド兄ちゃん、頑張れ。




 翌日の天幕社交では、ツーアキャスナ嬢が近くに来た。おうふ。夕べの話を思い出して、ちょっと背筋が寒くなるよー。


「お久しぶりですね、デュバル女侯爵閣下」

「ええと、出来れば名前で呼んでいただければ……と」

「そう……あなたはペイロンで育った、シイヴァン様の『妹』ですものね。では、ローレル様と呼んでもよろしくて?」

「出来れば、レラと」

「わかりました。では、私の事はキャスと呼んでくださる?」

「ええ、今後とも、よしなに。キャス様」

「こちらこそ、レラ様」


 年齢は向こうが上だし、ルイ兄の奥さんになるって事は、私にとってはお義姉様になるようなもの。


 でも、立場とか身分があるから、こういう場では砕けた言い方が出来ない。


 私は、あくまでデュバルの人間で、ツーアキャスナ嬢……キャス様は、これからペイロンの人間になるから。


 本当、貴族の世界って息苦しいわー。特権や見返りもあるから、身分を放り投げる事は出来ないけどねー。

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