第490話 隙間時間

 固まっちゃった女子の群れは、何やら慌てた様子のおじさん達に回収されていった。多分、あれが彼女達の父親軍団なんだろうな。


 女子の群れを引っ張っていく時に、小声で「後ほどお話をさせていただきたく」と言い残していたし。


 さあて、女子の群れから何を聞き出して、どう申し開きするのかな? おっと、ちょっとわくわくしてきたぞー。これはいいバースデーだわ。




 パーティーは一応無事終了し、夜の女子会でございます。参加者はコーニー、リラに加えて、なんとリナ様とお義姉様。


 リナ様とお義姉様は、お仲間と……とも思ったんだけど、領都に居るのはヤールシオールだけで、その彼女も現在王都に行っている。タイミングが悪かったなー。


 ヌオーヴォ館の私の部屋で、五人でお茶とお菓子をいただく。


「何やら年下の子達に囲まれていたわね」

「コーニーも見てたんだ? 誰も助けてくれなくてさー」

「あの程度、自力でどうとでも出来るでしょう?」


 やっぱりー。貴族って、本当大変よねえ。


「あの女子達の家は、最高で伯爵位か? 処分はどうする?」


 リナ様が仰る通り、女子の群れの実家は伯爵家から男爵家の家でしたー。そして鉄道関連での関わりがあったよ。


 彼女達の家は中立派なんだけど、実質無派閥と言った方がいい家。派閥に入らずともやっていけるくらいの家だから、どこも領地に特色があって裕福らしい。鉱山とか、大きな川の利権があるとかね。


 そんな家の娘だから、あの態度だったのかもなあ。


「個人的なパーティーでのちょっとした失態程度だから、大事にはしないでおく」

「そうなると、謹慎処分とかそのくらい?」


 首を傾げるコーニーに、私はにやりと笑った。


「ううん。彼女達の親に、さっさと娘を結婚させろって進言する」

「あー……」


 私以外、四人の声が揃った。結婚相手がいないから、うらやましくて既婚者に絡むんだよね? なら、君達も既婚者になりたまえ。


 それに、これは彼女達の家にとってもいい事だ。今回の件、パーティー出席者の口から社交界に出回るだろう。


 そうなると、もう良縁は望めない。となれば、少しでも家の益になるような結婚を、と考えるのが妥当だ。


「まー、その結果、どんな相手と結婚するかは知らないけどー」

「父親くらい年の離れた相手の後添えにされるかもね?」

「父親ならまだいい方じゃないかな。祖父くらい離れた相手という事も……」

「彼女達、ユーイン様に想いを寄せていた子達よね……」


 あら、お義姉様も女子の群れがユーインガチ恋勢だって知ってたんだ。あんだけあからさまなら、周囲にもバレるか。


 嫉妬からなのか、本当に妻の座を狙ったのか、私に攻撃してこなければ、こんな結果にはならなかったのにねー。


「何にしても、今後彼女達を見かける機会は少なくなるんじゃないかな」


 条件のよくない嫁ぎ先って、周囲からも遠巻きにされる家が多いから。じゃあ何でそんな家との縁談が家の益になるのかと言えば、先祖代々受け継いだ資産があったりするからなんだよねー。


 まあ、頑張れ、女子の群れ。




 パーティーの翌朝、女子の群れの親からは丁寧な謝罪の手紙をもらった。女子の群れ本人達からの謝罪も、と書かれていたし、親達の謝罪も直接と訴えられたけれど、全て却下している。


 後ほど、手紙にて厳重抗議はさせてもらう事をカストルが伝えたところ、親達はこの世の終わりが来たような顔をしていたそうな。


 女子の群れの方は、一晩親から説教を受けていたそうで、げっそりしていたってさ。


「親世代はしっかりしているのにねえ」

「育てたように子は育たないとも言うしね」


 そういや、前にも似たようなパターンを見た気がする。


「子育ての難しさを知るにつけ、子供を持つのが怖くなるわー」

「それは現状許されないから、覚悟は決めておいた方がいいわよ」


 うぬう。リラも同じような立場のくせにい。


「ともかく、西行きから帰ってきてからの話だね!」

「行き来、楽なんじゃなかったっけ?」


 もういいよ。ふんだ。




 バースデーパーティーが終わると、一挙に狩猟祭ムードに入る。王家派閥最大のイベントだしね。


 バースデーパーティーから狩猟祭の流れで、毎年大量のドレスを作るから、マダムもこちらのスケジュールをしっかり把握してくれている。


「侯爵閣下から提供いただきました、新しい蜘蛛絹を使いまして、新作を仕立てました」


 マダムが言う「新しい蜘蛛絹」とは、カストルが開発した新種の蜘蛛から採れる糸を経糸に、進化したアルの糸を緯糸にして織った蜘蛛絹だ。


 光沢や美しさはそのままに、丈夫さと汚れにくさ、また汚れた時の落としやすさが格段に上がった布である。


 その分染めるのに手間が掛かるそうだけど、それも魔物素材を使った染色剤で問題は解決したそうな。


「狩猟祭は基本外の行事ですから、汚れに強い素材は心強いですわ」


 今までは、汚れても目立たない色で仕立てるか、汚れが付きにくいよう魔法を施すかどちらかだったんだって。


 それらの悩みを吹き飛ばす今回の新素材。マダム・トワモエル的には画期的な素材だそうな。


 おかげでいいインスピレーションが湧いたらしく、私のドレスのデザインだけで三十枚くらい出来てきたそうだよ。凄ー。




 狩猟祭の準備の合間を縫って、あちこちの事業報告も届いてくる。ロエナ商会に関しては、完全にヤールシオールに任せているので問題ないんだけど、船会社、鉄道会社、アンテナショップ等からの報告は私に来る。


「ショートクルーズは好評だねえ。ビーチに関しては、少しずつ予約が入ってるんだ」

「ありがたい事に、リピーターが出来て、そこから口コミが広がってるらしいわ。ただ、やっぱり水着に抵抗がある世代が多くて」


 水着かー。ああいうのは、進む時はあっという間に進むんだけどねー。水着の前に、ドレスの裾を上げる方向でマダムと交渉してみようかな。


 足を出す事に抵抗があるのなら、普段着ているドレスの裾を上げる事からチャレンジだ。


 鉄道会社からは、各地方の敷設状況とか、国外の工事状況などが報告されている。


「ガルノバンとギンゼールの間に通すトンネルは、なかなか厄介みたいだねえ」

「カストルが場所を選んでいるから、落盤事故等は発生していないんだけど、とにかく岩盤が固いみたい」


 うちの魔道具を使っても掘り進めるのに時間がかかるらしい。それと、現場で風邪が流行っているそうだ。


 北の国は寒いからねえ。ただでさえ、トンネル工事の現場は地下で、気温が低いんだから。


 肺炎にならないよう、気を付けておいてもらおう。いくら死刑囚だからといって、簡単に潰すのはもったいないし。


「ネオヴェネチアの建設も、順調かー」


 一度湿地から水を抜いて、地下部分を掘り下げて基礎工事をし、その上に街を作る。


 本家ヴェネチアとはまったく違う造り方だけれど、その分地盤沈下には悩まされないという。


 まあ、人工的な水の都だからね。


「ネオヴェネチアにも、別荘は建てるんだ?」

「もちろん。あそこも立派にデュバルの領地だもの。領主の邸がないのは締まらないわ」


 リラがすっと一枚の完成予想図を出してくる。これが、領主の邸?


「サン・マルコ寺院じゃん」


 パクリだよ。いや、それを言ったら街そのものがパクリだけど。


「それは聖堂。邸はこっち」


 リラが指し示すのは、サンマルコ寺院の脇にある、のっぺりした建物。あ、一階部分と二階部分にアーチ装飾があって、のっぺりってほどでもないか。


「これもパクリだけどね」

「そうなの?」

「この広場そのものがパクりよ。まあ、街自体もパクリだけど。これはドゥカーレ宮殿。ヴェネチアの総督邸だった建物ですって」


 あー、何か聞いた事ある。そうか、これが。


「他の建物も建築は順調だそうよ。あと、ガラス工房は本当にムラーノ島を模した島に建設するんですって」

「へ? 島?」

「ネオヴェネチアの全景はこっち。これは、航空写真になるのかしら」


 ああ、ドローンがあるくらいだから、航空写真くらいあっても不思議はないね。


 そこには、大きな湖の中に浮かぶ歪な魚のような形の島の集合と、その周辺に浮かぶ大小いくつかの島が映っていた。


「おおう……ヴェネチアって、こんななんだ」

「いや、これはあくまでネオヴェネチアだから。本家はもっと違うでしょうよ。ともかく、こんな感じになるっていうのは、把握しておいて」

「了解」


 何だか当初予定したものより規模が大きくなってる気がするけれど、領地の範囲内ならいっかー。


 出来上がりが楽しみ。

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