第489話 虎ですか? ドラゴンですか?

 七月は私の誕生月。当然、バースデーパーティーを開く必要がありまーす。まあ、毎年の事だわね。


 今年が少し違うのは、例の西行きの面々も招待しているという事。当然、植民地計画を推している困ったおじさんもいる。


「お初にお目に掛かります、閣下。ルーンバム伯爵オージガンと申します。以後、よろしくお願い致します」

「初めまして、ルーンバム伯爵。今宵は楽しんでいってちょうだい」


 年齢でいけば相手が上だけど、身分はこちらが上だからね。同じ当主同士とはいえ、そこは貴族のルールがある。


 こっちが上の身分である以上、下手に丁寧に扱ってはいけないっていうのがなあ。まあ、親しい相手でもないし、いっか。


「閣下の御夫君といえば、かのフェゾガン侯爵家のユーイン卿でしたな。いやはや、閣下もお幸せな方だ」

「まあ」


 はっはっは。うらやましいかざまーみろー。


 とはいえ、この困ったおじさんの娘さんは、既に想う人と添い遂げているので、問題ないんだけど。おじさん以外は、全員幸せだよ。


 軽い挨拶だけで離れようと思ったのに、この困ったおじさん、意外と粘る。


「時に閣下。西行きにご参加なさるという話は、本当でしょうか?」

「あら、名簿は既に正式発表されていてよ? 確認していないのかしら?」

「いえいえ、確認はしておりますとも。ですが、死を覚悟しなくてはならない長旅です。それに女性が参加なさるというのは」

「それは、アスプザット侯爵夫人にも、同じ事が言えて?」

「……」


 黙ったな。シーラ様には言えなくても、私には言えるってか?


「閣下からも、夫人に参加を見合わせるよう、ご進言いただけませんか?」

「何故?」

「先ほども申しました通り、死を覚悟する長旅ですぞ。そこに女性が参加するのは憚られるかと」


 この困ったおじさん、さっきからやたらと「死を覚悟する」って言うね。西に行く船を造るの、うちだって知らないのかしら?


 おっかしいなあ。殿下、その辺りは周知しているんじゃないの?


『殿下が面白がって、船の詳細を伏せている節があります。もちろん、重要と思われる方々には周知しておりますが』


 つまり、目の前の困ったおじさんは重要と思われていないんだな?


『そのようですね』


 わー。王族怖いー。とはいえ、船の詳細を知らずとも、参加は出来るから別にいいのかな?


 ただ、覚悟は違ってくるよねー。いつでもオーゼリアに帰れる、変則の船な訳だから。


 困ったおじさんは、まだ私の目の前で、今回の西行きが如何に過酷な旅になるかを説明してくる。


「このように、水や食料にも困る可能性があり、船とて嵐や賊に襲われる危険性が大変高うございます。故に――」

「ルーンバム伯、あなた、私の事をあまりご存知ないのね」

「……は?」

「我がデュバルの新しい領地となった旧マゾエント伯領の山側には、山賊やら海賊が蔓延っていたのだけれど」

「それが……何か?」

「全員捕縛して、現在は我が家で土木工事に勤しんでいるの」

「……は?」


 あれ? 本当に知らなかったんだ?


「他にも王都の東、ゴミアード伯領にある村に巣くった盗賊達も、全員同じ場所にいます」

「……え?」

「賊退治は、慣れているのよ」


 笑顔で言い切ったら、何故か困ったおじさんの顔色が悪い。えー? 顔色悪くするような事、言ったっけ?


「で、ですが海の上と陸とでは勝手が――」

「それについては、いくらでもやりようがあるのではなくて? 私、魔法は得意だもの」


 何でこのやり取りでさらに顔色を悪くするのよ? 疑いたくないけれど、どっかで海賊と繋がってるーなんて事、ないよね?




 顔色が悪いまま、困ったおじさんは「私はこれで」 と言い残して会場のどこかに消えていった。


「レラ、先ほどまでここにいたのは、ルーンバム伯爵じゃなかったか?」

「あらユーイン。ええ、そうだけど……知ってたの?」

「父上のところで、見かけた事がある」


 困ったおじさんが去って行った方を見るユーインの顔には、嫌悪感のようなものは一切見られない。


「ユーイン、彼は『臭い』?」

「いや」


 あれ? じゃあ、困ったおじさんは悪い人ではないのかな? 少なくとも、悪感情や悪巧みをしている人ではないらしい。


 あれか? 行きすぎた愛国心故か、もしくは悪人じゃないけれど自分の価値観が全てって人なのかな?


 会場の端の方から、何やら鋭い視線を感じる。ちらりと見ると、女子の群れ。こっちを睨んでる?


『旦那様への恋慕が行きすぎたお嬢様達ですね』


 あー、ユーインガチ恋勢か。独身の頃はまだいいけれど、相手が結婚した以上諦めなよ。


 ただのファン程度なら見逃すけれど、私を排除して妻の座に納まろうっていうのなら、私の敵だからね? 遠慮なくこちらが排除するよ?




 現在の社交界におけるドレスの流行は、ふんわり自然に膨らませたスカートだそうな。


 なるべく軽い生地で仕上げるそうで、マダムのところでもそういったラインを取り入れている。


 私はふんわりラインは似合わないので、シャープなラインのドレスを愛用しているけれど。これはこれで、最近では定番化しつつあるらしい。


 何が言いたいかというと、先ほどこちらを睨んでいた女子の群れ、ユーインがちょっと離れた隙に近寄ってきたよ。


「ごきげんよう、デュバル女侯爵様。お誕生日おめでとうございます」

「ありがとう」


 一応、お祝いの言葉をもらったので、お礼を言っておく。表情はとてもお祝いを言っているようには見えないけれど。


 ところで、この子達誰なんだろう? 家の名前くらい名乗ってくれないかなあ。


「これでまた一つ、お年を召したのですね」

「まあ、嫌だわそんな言い方。おばあさんみたい」

「あら、私達よりも年上の方ですもの」


 って事は、学院の後輩って事? こんな顔、いたっけかなあ?


『メルツェール子爵家のウィモーラ嬢と同学年ですね』


 ウィモーラ? 誰だっけ?


『子リス令嬢と言えば、わかりますか?』


 ああ! 子リスちゃん! 入り婿オヤジに家を乗っ取られかけて、困っていたあの子かあ。


『彼女達は主様に関して学院の頃に見聞きしていますが、それ故軽んじているところがあるようです。実績を調べていないのでしょう』


 ほほう? 甘く見ていると痛い目見るよ? 女子も女子の家も。私、陛下とも王妃様とも王太子殿下とも妃殿下ともそれなりに親しいのよ?


 私という狐には、威を借りられる虎がたくさんいるんだからな?


『……主様の場合、ご自身がドラゴンと言ってもよろしいのでは?』


 うちの有能執事が何やらうるさいですよ。


 うるさいと言えば、この女子の群れもちょっと鬱陶しくなってきたな。輪の外から助け手が来ないって事は、このくらい自力で片付けろって事ですね。


「本当、侯爵様のドレスは伝統的ですわね」

「私達は、新しいものばかり追いかけてしまいますわあ。でも、それが若さの特権とでも申しましょうか」


 今度はドレスの流行と来たか。扇の影で、わかるように笑う。


「ふふふ、そうね。あなたたちはこれからですものね。当然、独身者と既婚者では、求められるラインが違うもの」

「え? ええ、そうで――」

「本当に。頑張っていいお相手を探してちょうだい」


 あ、全員が全員呆けてる。理解出来ていないね? 君達、女子だけで固まっていたって事は、婚約者もいない状態でしょ?


 学院を卒業済みなのに、結婚どころか婚約者もいない女子は、何かしら問題があると見られる事が多い。いわゆる、傷持ち。


 そうでない場合もあるけれど、大抵は親の意向で在学中に婚約者が決まるものだしね。


 それもないところを見ると、ガチ恋故に親の持ってきた縁談を蹴り続けたか、単純にこいつらの素行が悪くて相手にお断りされ続けているか。


 見たところ、一人を除いてドレスはマダム制作ではないようだし、弟子作でもない。中心的存在の子のドレスのみ、マダムのアトリエ作だね。でも、多分マダム本人が作った訳じゃないようだ。


 その他は流行の型をなぞっただけの、適当な店で仕立てたな。色々と雑だよ。付けているアクセサリーも、見栄えはいいけれど石のグレードは低いな。


 という事は、大した家の娘じゃないって事だね。なら、いいや。


 まあ、大した家の娘でも、攻撃してきた以上叩き潰すけれど。


「でも、この会場では諦めた方がよさそうよ? あなたたちの態度の悪さは、既に広まっているようだから」

「な!」

「ここがどこか、今一度しっかり周囲を見て自覚なさい」


 私の言葉に、彼女達は周囲を見回す。冷ややかな視線が注がれているのを、今更気付いたらしい。


「ここにいるという事は、あなた方のお父様が我が家と交流があるか、取引があるのでしょう。そんな相手に対して、貴族らしいとはいえあからさまな攻撃をするなんて……ふふ、考えなしもいいところね」

「な、何を言って――」

「私、敵には容赦しないの」


 命までは取らないよ? でも、覚悟しておいてね?


 青い顔をしても、もう遅いよ?

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