第488話 どこにでもいる困ったちゃん

 楽しい航海の前に、やる事は山ほどある。船も造らなきゃいけないしね。


 王家専用の船に関しては、ネーオツェルナ号をベースに、内装をもっと豪華にするらしい。あれ以上豪華って……


 船内施設に関しては、一応長期航行にも耐えられるように組み直すってさ。長く海上にいると、運動不足とか退屈とかが問題になってくるから。


 ちなみに、王太子殿下から「絶対に沈まない木造船」という注文を受けているけれど、王家専用の船も沈まないようにしている。


 ここで言う「沈まない」は、攻撃を受けたり嵐に出くわしたりしても沈まないよって事。


 有名どころのタイタニックで言えば、氷山に激突しても沈まない。逆に氷山の方が割れるから。砕氷船?


「違います。その機能を持たせる事は可能ですが」

「いやいやいや、王家専用の船が砕氷船って、それ何てコント?」


 カストルに言われて、つい言い返す。どちらかというと、南のリゾートに行くのに使いそう。実際、イズとの連絡用に使う訳ですしー。


「万が一を考えておくのも、顧客の為ではありませんか?」

「いや、王家はうちの顧客じゃないでしょう?」

「……そうでしたか?」


 あれ? 違うの?




「顧客という判断が間違っているか否かは、ちょっと微妙かも。少なくとも、ロエナ商会のお得意様ではあるわよ?」

「そうなの!?」

「そうなの」


 翌日、執務室でリラに確認すると、こんな返答が。


「王妃陛下からは化粧品や陶器の食器類のご注文が多くて、陛下からはよく効くと評判の胃薬のご注文、殿下と妃殿下からは陶器の置物や、これから作るガラス製品に予約が入ってるそうよ」

「知らなかった……」


 てっきり、顧客は貴族ばかりと。


「王家だって、大きい意味では貴族なんだから、変わらないんじゃない?」

「そう……なの?」

「そう思っておいた方が気楽よ」


 ああ、なるほど。


 ガラス製品に関しては、ネオヴェネチアが出来上がる前にロエナ商会から売り出す事になっている。


 今のうちに、少しでもガラス製品の顧客を増やしておきたくて。そうすれば、ネオヴェネチアでの限定品販売もうまくいくというもの。


「どちらかというと、品薄を心配した方がいいかも」

「そこはそれ。シリアルナンバーを入れてさらに限定感を煽り、予約で手に入れてくださいっていうね」

「あくどい……」


 失礼だな!


「シリアルナンバーは、盗難防止用?」

「それもあるけれど、転売防止に」

「……こっちで、ある?」

「絶対ある。断言する。こういう事で儲けようとする方が、よっぽどあくどいじゃない?」

「それはそうだけど」

「うちとしては、予約頂いたお客様全員に売るよー。ただし、ワンロットで売り切れごめんだけど」

「あくどい! それじゃあ、転売屋が増えるだけじゃない!」


 まあまあ待ちたまえ。私の説明を聞くがよい。


「限定品販売と同時に、ロエナ商会で売った商品の買い取り販売を開始するんだ」

「……つまり、正規の中古屋?」

「そうとも言う。何らかの理由で手に入れたものを手放さなきゃならないって時が、あるじゃない? その時々の状況に応じてプレミアを付けてロエナ商会で買い取り、再販売する訳だ」


 種類によってはプレミアが付かずに、購入金額より査定が低くなる時もあるだろうけれど、それは事前に説明する。


 相手は不用品を処分して嬉しい、こちらは転売されずに手元で再販売出来て嬉しい。Win-Winだね。


「何だろう……丸め込まれている気がする……」

「失礼だな!」


 もうおやつあげないよ!? 今日のおやつはリラの好きなドライフルーツのマフィンなのに!




 イズの整備は着々と進み、六月の末日である本日、隠居された国王……上王陛下と上王妃陛下がイズに移住なさる。


 乗っていく船は、専用船が間に合わなかったので、申し訳ないがネーオツェルナ号の姉妹船、新造船のクイルナ・リオイラ号に乗船してもらう。


 新造船なので、今回のイズ行きが処女航海だ。


「ほう、これは美しい船だな」

「ええ、本当に」


 両陛下とも、お気に召していただいた様子。


「レラも一緒に行くのなら、航海中は退屈しないわね」

「ははは。お手柔らかにお願いします」


 これから向かうイズは私の土地。なので、両陛下を送り届ける役が回ってきましたー。向こうで説明とかも必要だしね。


 見送りには、ペイロンをルイ兄に任せた伯爵や、サンド様、シーラ様の姿がある。


「両陛下ともに、お元気でお過ごしください」

「寂しくなりますわね」

「いつでも遊びに来てちょうだい。……それはいいのよね? レラ」


 サンド様、シーラ様とのやり取りの途中、上王妃陛下が私に確認してきた。


「もちろんです。両陛下が望まれる方なら、誰でも、いつでも」

「そう、よかったわ」


 ほっとなさった様子の王妃様……じゃなかった、上王妃陛下。シーラ様やサンド様が嬉しそうなのはわかるんだけど、何故伯爵まで嬉しそうなんだろう?


 ああ、でもルイ兄がペイロンを護ってくれていれば、伯爵も遠出出来るのか。今まで、ペイロンからろくに出ない生活を送ってたもんね。


 それはそれで、やりがいがあるだろうし大好きな領地だからいいんだろうけれど、たまには違う土地に行ってもいいでしょ。


 いつか、サンド様、シーラ様と一緒に、伯爵もイズに行くかもね。あ、ユルヴィルのじいちゃんばあちゃんもか。


 クイルナ・リオイラ号は、そんな彼等を運ぶ船になるんだろう。王家専用の船も、気合い入れて造らないと。


 いや、私がこの手で造る訳じゃないけどね。




 六月を過ぎて七月に入ると、忙しさは私のバースデーパーティーのせいになってくる。


「招待客のリスト、出す料理のメニュー、酒、飲み物、宿泊客の為に客室の用意……指示を出すだけで目が回るううう」

「招待状は人形を使って出してあるし、返事も届いてるわ。後はラストスパートよ!」

「うううう、パーティー嫌いになりそう」


 いや、元からそんなに好きじゃないけれど。


 今回のバースデーパーティー、これまでと違う部分がある。何と西に行く外務省メンバーを招待しているのだ。


 船が出来上がり次第、出発する事になっているので、彼等も引き継ぎだなんだと忙しいんだって。


 なので、私のバースデーパーティーで顔合わせを終わらせてしまおうという魂胆。




 サンド様の部下に当たる人達だから、問題ないだろうと思っていたら、そこにはしっかり厄介な人物もいるらしい。


「ルーンバム伯爵という。仕事はまあ、出来るんだが、如何せん性格がなあ」


 そんな愚痴をこぼすのは、サンド様。今回は早めにデュバルに入ってる。シーラ様はコーニーと一緒に来るらしい。


 デュバル領都のヌオーヴォ館の居間にて、サンド様とちょっと早い午前のお茶を。


 そんな緩い時間の中で、出てきた話題がこれですよ。


「その人物も、西へ行くんですか?」

「実は、彼が強硬に新領土獲得を主張しているんだ」


 あー、植民地万歳な人なのか。


「それに、どうも私を目の敵にしているようでね」

「サンド様を? また何で……」

「どうやら、彼より先に出世したのが気に食わないらしい。爵位で今の地位を買ったと陰口をたたかれているよ」


 はあ? それだけの訳ないだろうに。確かに爵位は重要かもしれないけれど、だったら伯爵家に生まれた時点で諦めておけよ。


「サンド様も大変ですねえ」

「レラに言われるとはなあ」


 えー? どういう事ー? 不満そうな顔をしたら、サンド様に笑われた。


「本当にレラは自覚しないんだねえ。君、今の立場が大変だって事、ちゃんとわかっているかい?」

「わかってますよ。毎日リラと書類が追いかけてきます」

「ぐふっ。いや、エヴリラは本当によくやっているね。君を追いかけ回すなど、ペイロンの男達でも大変なのに」


 そう言われるとなあ。いや、ペイロンの連中には、遠慮なく魔法を撃ち込みますし。


 リラ相手では、それも怖いしなあ。護身用のブレスレットは渡してあるけれど、本気出したらぶち破っちゃいそうで。


「そうそう、ルーンバム伯爵は、レラの事も嫌いかもしれない」

「え? もしかして、サンド様に親しいからですか?」

「それ以上に、彼は中立派なんだ。同じ派閥のフェゾガン侯爵家には、昔からすり寄っていてねえ」

「あ」


 フェゾガンは、ユーインの実家だ。そこにすり寄っていたとなると……


「もしかして、ルーンバム伯爵にはお嬢さんがいたりします?」

「いるよ。ただ、親の反対を押し切って、黒耀騎士団の団員と結婚しているけれど」

「そうなんですか?」

「伯爵は、ユーイン卿と添わせたかったみたいだねえ」


 やっぱりそっちかよー!

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