第487話 貸しは返してもらいます
王太子殿下からの注文は、船二隻。一隻は王家専用の船で、イズとの連絡用。
もう一隻は、見た目は普通の木造船にして、西の海へ乗り出す為のもの。
「それと、木造船の方にはもう一つ、注文を付けたい」
「何です?」
「決して沈没しない船を。侯爵の持つ技術ならば、可能なのではないか?」
ふっふっふ、よくぞ聞いてくださいました殿下! ええ、決して沈まない船を造ってご覧に入れましょう!
とはいっても、実際に造るのはカストルですが。
『お任せください。主様に恥をかかせるような代物は造りません』
よろしくー!
ああ、それにしても、大海原を航海して、他大陸に行けるなんて。ロマンだわー。
一人海のロマンに浸っていたら、ヴィル様から質問が飛んだ。
「殿下、西の海に出るなど、初耳なのですが?」
「だろうな。これは元々外務省主導の話だ」
「外務省?」
というと、サンド様のところだね。ヴィル様も、いきなり出てきた父親の勤め先に驚いているようだ。
「外務省としては、西の果てにある大陸の土地が目当てのようだ」
「え」
土地? 思わず、口から声が出ちゃったよ。
だって、土地って。よもや、植民地政策を進めようというんじゃないでしょうね?
「殿下、質問です。もしや現地住民を虐げて土地を入手するおつもりですか?」
「いや? まあ、外務省の一部はそれを考えているようだが、私の目当ては他にある」
「他?」
何だろう。
「一番の目当ては交易相手を見つける事だ。我が国やこちらの大陸にはない動植物、鉱物、工芸品などを想定している。だからこそ、見た目は普通の木造船にしてほしいんだ。あの巨大な船では、相手に与える最初の印象が恐怖になってしまうぞ」
う……確かに巨大クルーズ船どころか、中型船でも十分脅威に思われるわな。にしても、交易とは。いい話を聞いたわ。うちのヤールシオールも飛びつきそうな話じゃないの。
そういえば、いつぞやサンド様がそんな事を口にしたような……
「もっとも、人がおらず、使えそうな土地があれば、我が国の新しい領土にする事もやぶさかではない」
さすが王太子殿下。国の利益になるのなら見逃さないってところか。でも、そんな都合のいい土地、あるのかね?
『フロトマーロを考えますと、あり得ないとは言い切れません』
あー……海岸線が殆ど手つかずだったね、あの国。おかげでうちは助かったけれど。
あ、そうだ。これも確認しておこうっと。
「殿下、もう一つ質問です」
「何だ?」
「今回の西行き、我が国だけで行くんですよね? 他国を巻き込む事は――」
「ない。なので、侯爵もどこぞの国王夫妻相手に口を滑らすなよ?」
ガルノバンの国王陛下ご夫妻ですねー。
「でも、ガルノバンなら独自に西に行きそうなんですが」
「それはそれだ。ともかく、西への航路開発は我が国単独で行う」
なるほど。あちらが勝手に西に行くのは止めないけれど、一緒には行かないよって事だね。
「それでは最後の質問です。船は、いつまでに仕上げればいいんですか?」
「逆に聞くが、何時までに出来上がりそうだ?」
あれ? いつ頃だろう?
『西への長期航海用の船は、偽装に少々お時間を頂戴いたしたく存じます。王家専用の船は、秋口までは完成させます』
「ええと、多分ですが、王家専用の船は大きさにもよりますけれど、秋口までには何とか」
「本当か?」
殿下以外にも、コアド公爵や学院長が信じられないって顔をしている。
「うちの規格の中で、中人数用の船を基本にしていいのであれば、そのくらいです。内装に凝るなら、もう少し掛かりますが」
外側を造るのも大変だけど、王家専用となると内装の方が時間掛かるかもね。
まー、普通はどっちも凄く時間がかかるんでしょうけどー。
諸々の条件その他を詰めて、本日は終了。昼前だけど、これでお暇しましょうか。
「西に行く日が楽しみです」
私の言葉に、何故か室内の空気が固まった。
「……侯爵、西に行くのは外務省の者達だ」
「そうなんですね。じゃあ、サンド様とご一緒でしょうか? ますます楽しみですよ」
「いや、そうではなくて」
「レラ、お前は西に行く面子に入っていないという事だ」
「え?」
何で? 船を造るの、うちだよ? なのに、こんな楽しそうな事に参加出来ないっていうの? 言いませんよね? 殿下。
「何故ですか?」
「今回、西へ行く航海は命がけだ。なので、次代を担う若者は参加させないというのが、王宮の方針になる」
「やです」
「は?」
こんな面白そうな事、指をくわえて見ていろって? 冗談じゃない!
「絶対行きます! 止めても行きます!」
「落ち着け! 侯爵。交易が始まれば、侯爵家の枠も用意する!」
「そういうのは、自力でゲットしてこそなんですよ!」
「げ、げっと? ……とは?」
やべ。興奮しすぎてつい口が滑った。咳払いを一つして、意見を述べる。
「ともかく。サンド様が向かわれるのなら、魔法に長けた護衛がいてもいいでしょう? 私、魔法は得意ですよ?」
「いや、それは身に染みて知っているが」
「なら、連れて行かない手はありません。それに、私が行けば我が家の有能執事もついてきます。他大陸で言葉が通じなかったり、文化風習の違いから争いが起こったりしたら、どうするんです?」
「う……そ、それは……」
「全ての案件を円滑に解決します。それに、私がいた方が道中の生活環境も格段に向上しますよ? いかがですか?」
「駄目だ。デュバルはまだ跡継ぎもいないではないか。そういう事は、跡継ぎの一人でも作ってから言え」
うぬう。痛いところを。あ。
「殿下、つい先日のお手紙の件ですけれど」
「手紙? ……ああ」
ルイ兄の縁談とかなんとか書いてあった、あれですよ。結果、王族の手紙を盗み読みしていた悪党と、その内容を金で買っていた小悪党が一斉に捕まった訳ですが。
その捕縛劇に、私を巻き込みましたよね? いや、ああいった事には餌が大事だし、餌は高価かつ多ければ多い方がいいというのはわかりますが。
「私は無関係なのに、何やら王宮の不手際に巻き込まれて、大変不愉快でした」
「……そうくるか」
気付かれましたね? あの「貸し」がある以上、断れないという事に。
「あの時の貸し、返してください」
「いや、侯爵……」
「西、行っていいですよね?」
「それは……」
「殿下、借りは早いうちに返しておくものですよ?」
室内の視線が、殿下に注ぐ。ややして、決断が下された。
「わかった! わかったよもう……侯爵も行けるよう、手配しよう」
「やったあああああ! ありがとうございます殿下!」
「その代わり! 自分の立場を考え、決して危ない事には近づくなよ!?」
「覚えておきます!」
決して、「はい、そうします」と言わないところがミソだ。
喜ぶ私の耳に、ヴィル様の声が聞こえた。
「よろしいのですか?」
「構わん。金獅子との関係再構築もうまくいっているし、今の彼等なら信用出来る。やはり新しい団長に元副団長であるハベスデンド伯を起用してよかった。まあ、ユーインが離れるのは正直痛いが」
はっはっは、すまんね殿下。私が行くと言い出せば、うちの旦那なら絶対「自分も行く」と言うからねー。
「大丈夫ですよ、殿下。船にはしっかり移動陣も常設しておきますから」
「おい! どれだけ高額の船を造る気だ!?」
「いやですねえ、殿下ったら。移動陣が高額になるのは、設置に権利関係のお金が掛かるのと、起動に大量の魔力を必要とするからですよ? 私、どちらも自前で出来るのですが?」
「あ」
殿下と学院長は忘れてましたねー? コアド公爵はさすが、ご存知だった様子。
ユーインやヴィル様は、側で散々見ているからね。知ってて当然。イエル卿は……コーニーから聞いたのかな?
「うちの従業員に船だけ運ばせ、余所の大陸に到着したらその時改めて移動陣で移動すれば、危険は少ないですよ?」
「何というか……侯爵の発想には追いつけないな……」
そうですか? 効率良く考えてるだけなんですけどねえ?
無事、西行きの航海に参加出来る事になりましたー。上機嫌で殿下の執務室を出たら、廊下にいた通りすがりの官吏達がビクついていたんだけど。何でだろうね?
そのまま王都邸に戻り、着替えて一服。
「いやあ、これで気合い入れて船造りが出来るね!」
「とうとう余所の大陸にまで行く事になるとは……」
「大丈夫だよリラ。行き来は移動陣で一発だし、嫌なら航海には参加しなくていいから」
「私も同行するのは、確定なんだ?」
「えー? だって。行きたいと思わない? まだ見ぬ世界」
「う……」
ふっふっふ、冒険心がくすぐられるよねえ? 船との行き来を楽にするとは言ったけれど、私が航海に参加しないとは言っていない。
つまり! 私は船に乗るのだよ! 飽きたら移動陣で戻ってくればいいし! その為にも、船の設備を充実させないとね。
グフグフ笑っていたら、リラがにやりとする。
「まあ、そうよね? 行き来は楽だものね? なら、仕事も溜めずに済みそうね?」
「え?」
「今回は書類が追いかけてくるのではなく、執務室に直接戻ればいいだけだもの。あ、航海中は船に乗っている必要すらないんだっけ。さすがだわあ」
「いや、私は航海を――」
「お仕事、頑張りましょうね?」
何故、こうなる……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます