第486話 古いものと、新しいもの

 リラに謝ったら、きょとんした顔をされた。


「何? いきなり」

「いや、実は……」


 リラが結婚する時、シーラ様に言われた事を話した。王太子殿下の側仕えであるヴィル様の妻になるという事は、王太子妃殿下であるロア様の側仕えになるという事でもある。


 それを潰したのは、私の個人的感情だ。


「という訳でして」


 話を聞いたリラは、ぽかんとしている。そうだよね……本当なら、妃殿下付になるところを、うちに引っ張っちゃったんだから。


 しょぼんとしていたら、額にぱちんと衝撃が。


「痛!」

「まったく、変にしょげてるから何かと思えば。あんたねえ、私が妃殿下の側に付いて、やっていけると本気で思うの?」

「いや……結構いけそうだと思うんだけど……」

「認識が甘い! 妃殿下付の女官やら侍女なんて、どんだけ周囲との調整能力が必要だと思うのよ。自分で言うのもなんだけど、私にそこまでの能力はないからね。今が一番よ。いざとなったらカストルに丸投げ出来るし。すっごい楽だわー」


 わざとらしい言い方に、ちょっと笑ってしまった。つい最近まで、カストルを使う事に妙な罪悪感があったくせに。


「大体、私を窮地から救ってくれたのはあんたであって、殿下でも王家でもないわよ?」

「それは……」


 そうなんだけど、最終的には王家の力を借りたような? いや、あれは法律に則って処理しただけか。


「大体、こんな面白い職場を手放す気なんて、私にはないからね!」

「お、おう」


 そうか、面白いのか。なら、いっか。




 退位式典は、厳かに行われた。私達は列席するだけで、何かする必要はない。見届け役のようなものかな。


 式典そのものは、国王陛下が王妃様と一緒に入場し、ルスト大聖堂の聖職者達が祈りの歌を歌う中、王冠を自ら下ろして玉座に乗せ、一礼する。それだけ。


 何せもう何代も前にやったのが最後という式典だ、大聖堂と王宮に残る文献にしか、正式な手順を書いたものはない。


 おかげで、王宮側も大聖堂側も、手順確認で大変だったらしいよ。


 その式典もあっさり終わり、まずは王宮から帰宅。これから一休みして着替えて夜の舞踏会へ出る。


 式典会場ではシーラ様達の姿は見えたけれど、伯爵もルイ兄も見かけなかった。舞踏会場では会えるかなあ。


「いやあ、大礼装は重いねえ」

「あんたは剣をぶら下げるし、マントも必要だから余計にそうかもね」


 ええ、そうなんですよ。おかげで肩が凝った。後で入浴時にネレイデスに少しマッサージしてもらおうっと。




 舞踏会は、式典の蒼穹の間ではなく、反対側の天界の間で行われる。ここ、デビュタントボールで入ったなあ。


 王宮主催の舞踏会はここで開かれるので、貴族なら誰でも一度は入る場所だ。


 そこで、退位祝賀の舞踏会が開かれる。


 式典に参加していた貴族はほぼ全て参加しているので、会場内は凄い人だ。


「伯爵やルイ兄、来ていないのかな……」

「ペイロンの伯爵様はいらしてるはずよ? 鉄道会社から、連絡を受けたもの」

「そうなの?」


 鉄道の切符は、購入時に使用者の名前を登録する。乗る際には、切符と身分証が必要なのだ。


 面倒くせとも思うけれど、もう少し気楽に使えるようになるまでは、致し方ないかなあと思ってる。


 リラが言うには、ペイロン方面からの乗客名簿に伯爵の名前があったんだって。


「でも、シイヴァン様の名前はなかったわ」

「伯爵が来る代わりに、ルイ兄が留守番してるのかな」


 ペイロンは場所が場所だから、当主が留守にする訳にいかない。今までは、伯爵がペイロンを離れる時は、分家筆頭のクインレット家が領地を護っていたんだ。


 それをルイ兄がやるようになったんだと思う。一人前と見なされた結果だね。




 舞踏会は王太子殿下の開会の言葉で開始された。


「あ、ロア様もいらっしゃる」

「そろそろご公務にも復帰なさってるんじゃない?」


 なるほど。まだまだ王子殿下の子育ては大変だろうけれど、こうやって少しずつ復帰していくんだね。


 王妃様が陛下と一緒に隠居されるから、ロア様がこの国最高位の女性になる訳だ。だからか、既に王太子夫妻の周囲には人だかりが出来ている。


「……うちでもまだ出来ていない子供の婚約話が来たくらいだから、王子様にもたくさん来てるんだろうねえ」

「でしょうね。国内のみならず、国外からあっても不思議はないわ」


 ああ、ガルノバン、ギンゼール、トリヨンサークとは国交が正常化されたし、近くヒュウガイツともそうなるでしょう。


 ただ、年回りのいい王女様がいるかどうか。


「その辺りは、王家の姫って扱いで、国王の姪とか従兄弟の子とかを送り込んでくるんじゃない?」

「あんまり遠い血筋の姫だと、政略結婚の意味がないんじゃないの?」

「それでもよ」


 そんなもんかねえ。看板さえ「どこそこの姫」ってなっていて、わずかでも王家の血が流れていればいいのかな。


 リラと一緒に会場を眺めていたら、脇から声を掛けられた。


「レラ」

「伯爵!」


 やっと会えたー。ペイロンの伯爵とは、ヒュウガイツに行く前に顔を合わせたきりだ。


 前は夏場をずっとペイロンで過ごしていたけれど、今はやる事多くてなかなか行けないでいる。折角鉄道で行き来しやすくなったのに。


「伯爵、ルイ兄はやっぱり留守番?」

「ああ。やっと結婚が決まったからな。それにしても、ゾクバル家のご令嬢を連れて帰ってくるとは……」


 さすがの伯爵も、驚いたみたい。でも、姉御肌のツーアキャスナ嬢はペイロンに向いているかも。


「そういえば、二人の旦那はどうした?」

「殿下と一緒に挨拶回りだって」

「なるほど。ユーイン卿も、大変だな」


 伯爵、ヴィル様はいいんだ……


 ちらりと会場を見回すと、先ほどまで人に囲まれていた王太子ご夫妻が、ユーイン、ヴィル様、イエル卿を伴って会場を練り歩いている。


 ん? って事はコーニーも一人なんじゃ……あ、いた。シーラ様と一緒だわ。


 親子で何やら楽しそうに話している。コーニーも嫁いだ身だから、そうそう実家に帰る事もないだろうし、シーラ様とおしゃべりするのもあまりないのかも。




 舞踏会ではユーインと踊った後、伯爵と踊ったりコアド公爵と踊ったり、他にもそうそうたる顔ぶれと踊った。


 ゾクバル侯爵、意外とダンスが上手いのよねえ。そしてラビゼイ侯爵とは、ちょっとこちらがギクシャクして苦笑されちゃったよ。何故か王太子殿下とも踊ったし。


 で、ラスト手前では、王位を退いたばかりの陛下ともダンスを。


「色々と手間を掛けさせたな」

「身に余るお言葉です」

「これからも面倒を掛けると思うが、頼む」

「承りました」


 イズの整備も進んでるし、住むだけならもう大丈夫って連絡がきてる。後は陛下達から見えない場所での整備らしいので、仕度が調ったら船でお送りしよう。




 退位式典の後、バースデーパーティーの為に領地へ帰る直前、ユーインとヴィル様伝いに王太子殿下から呼び出しを受けた。


 朝、仕度を終えて仕事に向かう二人と一緒に、馬車で王宮へ。当然、リラも一緒だ。


「おはようございまーす」


 執務室に入る際に、普通なら別の挨拶をするべきところを、朝の挨拶にしてみた。室内の学院長とコアド公爵がぎょっとしてるよ。


 学院長、本当は王弟であるレイゼクス大公殿下と呼ばなきゃいけないんだけれど、王太子殿下の執務室内では特別に前の立場である「学院長」呼びが許されている。


「おはよう。急に呼び立てて悪いな」

「殿下からの呼び出しはいつも急ですから、お気になさらず」

「……そうか」


 わかりやすい嫌味だったからか、殿下がちょっと苦い顔をしている。後、ヴィル様に頭をはたかれた。痛い。


 執務室内のソファセットに腰を下ろし、お話し合い開始。


「侯爵には、依頼したい事がある」

「依頼……ですか?」

「ああ。新しく、船を造ってほしい。王家専用と、もう一つは長期航海に耐えうるものを。こちらは見た目だけでも普通の木造帆船を装ってくれ。間違っても、あの巨大な船のような見た目にはするなよ?」

「長期航海って……それも、木造船を装うって……」


 何だろう。楽しそうな予感がするんだけど。


「その木造船をもって、西の海へ乗り出す」


 おおおおお! 大航海ですね!?

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