第485話 リラごめん
ツーアキャスナ嬢と一緒に帰ってきたルイ兄は、このままペイロンに帰るという。早くね?
「彼女が、なるべく早くペイロンに入りたいって言うから」
ルイ兄、早くもツーアキャスナ嬢の尻に敷かれています。
今はお昼過ぎ。これからなら今夜の寝台列車に間に合うから、確かに帰ろうと思えば帰れるけどさ。
当のツーアキャスナ嬢は、現在リラが対応している。これからペイロンの奥方になるツーアキャスナ嬢とは、リラも関わる事が多くなるだろうしね。
笑顔でおしゃべりをしている二人を、何故だかルイ兄がちょっと遠い目で見ていた。
列車の発車時間まで王都邸にいると間に合わないので、早めに王都邸を出発した。
「戻ってきてすぐこっちに来たから、ターエイドにも会ってないんだ。少し早めにユルヴィルに行って、挨拶していくよ」
「そう。気を付けてね」
「ああ。もうじきレラの誕生日だし、狩猟祭もある。そこで、正式に婚約発表になると思うから」
「うん、楽しみにしてる。というか、その前に国王陛下の退位の式典でしょ。ルイ兄も出席するんだよね?」
「どうだろうなあ。その辺りは、義父上と相談の上かな」
「そっか……」
「じゃあな」
玄関ホールで軽いやり取りをし、目の前の大通りに停めてある馬車に二人が乗り込む。
とうとう、ルイ兄が結婚かあ。私が結婚してるくらいだもんね、そりゃするわな。
仕事から帰ってきて、私にルイ兄の話を聞いたユーイン達は、会えないのを残念がっていた。
「ルイも、そんなに急ぐ事はなかっただろうに」
「ツーアキャスナ嬢の希望だったらしいよ」
「そうか……」
ヴィル様は、ルイ兄とは本当に仲がいいからね。
「そういえば、来月にはレラの誕生日だな。領都でやるのか?」
「うん」
ユーインの言葉に、ルイ兄の言葉を思い出す。夏は私の誕生日と狩猟祭があるんだよねえ。それを考えると、確かに早めにペイロンに入りたいというツーアキャスナ嬢の言葉も頷ける。
パーティーの方は、ヌオーヴォ館で万事抜かりなく用意がされているらしい。そこはルミラ夫人、信頼しています。
退位の式典は、王宮で行われる。今回は、陛下が王位を退くよという式典。この時点で王太子殿下が王に即位するんだけど、戴冠式はまた後日になる。
何で時間のずれが発生するかといえば、オーゼリアでの生前譲位が希だから。普通は先王の死で王位継承をする。
今回は国王陛下がご存命なので、王位を退く式典と、新しい国王である王太子殿下の戴冠式及び即位式を別々で行う事になったそうな。
まあ、一日で全部やろうとすると、それこそ早朝から深夜までになりそうだしね。式典とかって、そのものは短くても準備と待ち時間が長くてな。
その退位の式典は、国中から貴族や人が集まる。退位式典の後、普段は庶民が入れない王宮庭園を一般開放し、庭園に向けられたバルコニーから、陛下が顔を見せるから。
一般の人にとっては、国王の生の姿なんてそう見られるものじゃない。秋に予定されている王太子殿下の戴冠式と即位式でも、人が集まるんだろう。
当然、私達貴族も大忙しですよ。
普段の社交界に着ていくようなものではなく、大礼装をしなくてはいけないから。外観から普段着ているのとはまったく違うんだよね。
大礼装は決まったラインがあって、そこからはみ出してはいけない。マダム・トワモエルも大変だったみたい。
退位式典の後に戴冠式、即位式と続くから、最低でも女性は五着用意する必要がある。
今回の退位式と戴冠式、即位式は全て大礼装だ。退位式でも即位式でも、式典の後に祝賀舞踏会があるので、そっちのドレスも必要。
退位を祝うってのもなんか変かもね。でも、今までお疲れ様でした会と思えばいいのか。
で、本日はその退位式典です。朝からうちも上を下への大騒ぎだ。普段の着付けなんかはほぼ自分でやるし、手が届かないところだけ、ルチルスさんにお願いしている。
でも、今日は領都から応援部隊を呼んで、朝から入浴したり髪を結ったり化粧したり。
化粧や髪型も、式典用のものは普段のそれとはちょっと違う。なので、それらは全てお手伝いに来てくれたネレイデスにお任せ。
退位式典の大礼装は昼の装いなので肌は極力出さない。スカートはあまり膨らませず、かといってマーメイドタイプはアウト。
裾は床に着く程度で、トレーンは少し長め。この長さ、何と爵位によって決められていて、上に行くほど長いのよ。
侯爵位を示す剣も、身につけなくてはいけない。これ、普段の社交の場では免除されるんだけどね。
これにさらにマントがつく。背中にはでかでかと紋章が刺繍された派手なもの。式典では、これを付けるそうな。
髪は結い上げて髪飾りはティアラ。王族のティアラより華美なものは駄目っていう、曖昧な基準があるそうな。
ドレスの色やティアラに付ける宝石の種類、その他アクセサリーの色、形などは基準はあまりないけれど、式典である以上、あまり暗い色は使わない方がいいそうな。
本日の私の装いは、ドレスはペールブルー、そこに侯爵位を示すネックレスを付けて、ティアラ、イヤリング、ブレスレット、指輪全てダイヤ。
全身が映る鏡を見て、ちょっと溜息。髪と目の色が薄いから、こういう薄い色味のものを身につけると、本当ぼやけるんだよねえ。
かといって、式典にビビッドなカラーのドレスを着ていく訳にもいかないし。大礼装の色は、伝統的に薄い色と決まっているらしい。
仕度が調ったので、玄関ホールに下りる。おお、壮観。
ユーイン達も、滅多に見る事がない大礼装を着ているので、なかなか眼福です。
「仕度が出来たな。では、行こうか」
ヴィル様の言葉で、全員馬車に乗り込む。乗る直前、ユーインが耳打ちしてきた。
「レラ、とても綺麗だ」
「ありがとう。ユーインも格好いいよ」
褒めるの大事。
馬車は王宮へと向かう。今日はさすがに大勢の貴族が詰めかけるのがわかっているので、家ごとに到着時間がずれるよう手配されているらしい。
爵位が下のものから到着して、式典まで控え室で待たされるという。ただ、それは貴族側もわかっているので、これを機に滅多に会えない人達との交流を図るんだとか。ちゃっかりしてるね。
控え室も、我が家はちょっと別の場所になるそうな。旦那二人が王太子殿下の側近だからねえ。
王宮の中でも、式典が行われるのは王宮東翼にある蒼穹の間。ここ、式典以外ではあまり使われないんだって。
そういえば、私の陞爵の際に使ったね。
私達の控え室は、その蒼穹の間の近く。おお、旦那が権力者の側にいる人だと、こういう待遇になるんだなー。
「いやあ、いい旦那を持ったもんだ」
ユーインとヴィル様が殿下に呼び出し食らったので、控え室にはリラと私だけ。王宮侍女にも下がってもらった。
気が緩んだからか、つい口からこぼれ出た言葉に、リラが反応する。
「何? 急に」
「だって、あの二人が王太子殿下の側仕えだから、これだけ広くて会場に近い控え室が使えるんでしょ?」
「いや……それもあるけれど、どっちかっていうと、あんたが理由の気がするわよ?」
「へ?」
「王家の覚えもめでたい女侯爵、退位なさる国王陛下の信任も厚く、隠居所の手配を一手に任された」
「……それが何か?」
「最近出回っている噂よ。まあ、事実だけど」
「そうだね」
私の反応に、リラが「駄目だこいつ」って顔してる! 酷い!
「あのね、そこまで王家にがっつり近寄れる貴族家当主なんて、そういないってわかってる?」
「わかってるよ。だから、それは旦那達が――」
「そうであったとしても、あんたじゃなければここまで王家に食い込む事はなかったと断言するわ」
「えー?」
そうかなあ。
「現に、私はヴィル様かあんたのおまけだもの。普通、妻っていうのはそういう扱いになるのよ」
えー? それはあれだよ、リラをロア様の側仕えにっていう提案を私が却下したから。
そういえば、リラの出世を阻んだのは私か。ごめん、リラ。
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