第484話 先の話だと思うんだけど
最重要な王太子殿下の手紙の件は終わった。王宮は本当に魔窟だね。そのうち、オケアニスを有料でリースしようかな。
『では、増産しますか?』
ええと、それはちょっと待って。考えなしに増やしても、後が怖い。
『承知いたしました』
とりあえず、帰ったら今日執務室前で逃げた連中にお手紙だな。
彼等から他の陳情者の元へ情報が回って、殿下の執務の邪魔をしないようになれば、きっとユーイン達も少しは負担が軽くなるでしょ。
魔除けを期待されてるみたいだし、ここはいっちょ頑張ろう。
王宮からの手紙はお報せだったので返信不要。ビルブローザ侯爵からの手紙は予定変更した方がいいんじゃない? という内容だったので、こちらは提案に乗らせてもらう旨を返信した。
で、最後に残ったのがラビゼイ侯爵からの手紙。当主自ら直筆での手紙だよ。
王侯貴族の手紙って、重要なものであればあるほど書く人の格が上がる。その中で、当主の直筆ってのは最重要なものとされる訳だ。
ラビゼイ侯爵からの直筆の手紙には、話があるから時間を取ってほしいとあった。「あの」ラビゼイ侯爵だからね。今度は何を言ってくるのやら。
とりあえず、会う日は王宮へ行った三日後に設定してある。殿下のところでどんな疲れる目に遭うかわからなかったから、長目に休養期間を取っておいたんだ。
蓋を開けてみたら、「私ここに必要か?」って結果だったけど。まあ、魔除けはそこに置いておく事に意味があるからね。
今回の会談、ラビゼイ侯爵が我が家に来る。「会いたい」と手紙をよこしたのは、向こうだからね。
同じ侯爵位とはいえ、長年その地位にいるあちらの方が家の格は上だ。本来なら、私を呼びつけても文句は言われない立場なんだけどねえ。
本当、一体何を言われるのやら。
到着したラビゼイ侯爵は、相変わらず洒落た出で立ちでやってきた。派手ではないのに決まる。センスがいいんだろうなあ。
「やあ、デュバル侯爵。狩猟祭以来だから久しぶりだねえ。君は舞踏会シーズンもあまり顔を出さないから」
「ご無沙汰しております、ラビゼイ侯爵。今年は年齢層が低い会場にばかりいたものですから」
社交嫌いはよくないよ? という嫌味に対し、若い人との交流はしてますからーという嫌味で返す。お互い笑顔って辺りが自分でも怖い。
出迎えの玄関ホールで薄ら寒い応酬を繰り広げた後、客間に移動して本番のお話し合い開始……のはずなんだけど。
「そうそう、シイヴァン君がゾクバル領に行ってるんだってね」
ルイ兄の事かー。相変わらず耳が早い事で。このくらいでないと、侯爵家当主なんて務まらないのかもー。
『主様には我々がついておりますから、問題ありませんよ』
あ、そっすね。
「ラビゼイ侯爵、よくご存知ですね」
「まあね。ところで、彼がゾクバルに行ったのは、ツーアキャスナ嬢の件かな?」
本当、お耳の早い事で。
「アスプザット侯爵夫人が相当怒ったらしいねえ。シイヴァン君も、想う相手がいるのなら早めに親世代には伝えておかないと」
「そうですね」
「とはいえ、相手が彼女では、さすがの彼も難しいよね」
「それは……婚約者がいらした事ですか?」
「そこは問題じゃない」
え? 違うの?
「問題は、ツーアキャスナ嬢がゾクバル侯爵家の娘だからだよ」
えええええ? 本気で意味がわからない。
確かに侯爵家の令嬢が伯爵家に嫁ぐのは珍しい事だけれど、ない訳じゃない。侯爵家以上っていうと、同じ侯爵家か公爵家、王家くらいしか嫁ぎ先がないもんね。
我が国の公爵家は三家。侯爵家もそう多ない。その中から年の釣り合う相手を見つけるのって、凄く難しいもの。
内心首を傾げる私に、ラビゼイ侯爵は「わかっていないね?」と確認して話し始める。
「ゾクバル侯爵家は、王家派閥の序列二位の家だ。ここが序列上位に入るペイロンと直接繋がると、どうなると思う?」
「どうなるって……派閥の繋がりが強化される……んじゃないんですか?」
「それは中位以下の家同士の場合だね。上位同士は、派閥間の均衡を保つ為に、婚姻政策を取らないようにしているんだ」
均衡……バランス。つまり、ゾクバル侯爵とペイロンが姻族になったら、派閥内のバランスが崩れるって事?
あれ? でも待って。数代前とはいえ、ペイロンからゾクバルにお嫁にいった方がいたはず。
「既に、ゾクバルとペイロンは姻族ですよね?」
「知っていたんだ。でも、当時の話を聞いたことはないらしい」
ええ、そーですね。
「彼女が嫁いだのは、ゾクバルでも分家の傍流だったんだよ。それなら、影響は薄いと周囲が許可したんだ。何せ、当時の二人は恋愛結婚だったそうだから」
「傍流……」
「だがその後、番狂わせが起きた。本家の人間がことごとく死滅する事態が起きたんだ」
「死滅って……もしや、病気ですか?」
「いいや? 毒殺だよ」
「毒殺!?」
あのゾクバル家が? ゾクバル侯爵家は武門の家で、当然物理攻撃の強さが尊ばれる。
でも、小王国群との小競り合いとはいえ実戦を経験しているあの家は、合理的な考え方を持つと聞いた。すなわち、魔法も奨励しているって事。
物理だろうが魔法だろうが、敵を多く倒した方が偉い……なんだって。
それに、負傷者もそれなり出るから、回復魔法も独自で研究を続けているそうな。ニエールが一度行ってみたいって言ってたんだよなあ。
そのゾクバル侯爵家で、毒殺騒ぎ?
「信じられないという顔だね。でも、実際に起こった事だよ。まあ、犯人は見つかって、とっくの昔に処分されているけれど」
処分って。裁判も行わず、その場でころ……うわー。怖い。
「ともあれ、その事が切っ掛けで件のペイロン家のお嬢さんが嫁いだ家が跡継ぎに決まったんだ」
ん? でも、おかしくない? ペイロンから嫁いだ先は、分家の傍流だよね? 言っちゃなんだけど、本家を継ぐには色々と足りなくない?
「さて、ここからが私の本題だ。これでシイヴァン君が無事ツーアキャスナ嬢を射止めてきたら、私はラビゼイ侯爵家の当主として手をこまねいている訳にはいかない。わかるね」
「ええ……」
ペイロンとゾクバルが繋がって、一番困るのはラビゼイ侯爵家だ。今のところ、アスプザットを頂点に、ゾクバル、ラビゼイと左右を固める形で王家派閥はバランスを取っている。
これで左右の片方だけが力を付けたら、残る片方は派閥内で軽んじられかねない。
「という訳で、あちらがくっつくというのなら、私は君を狙おうと思ってね」
「はい?」
え? 待って。どういう事?
「まだわかっていないね。それとも、実感が湧いていないだけかな?」
「あの、申し訳ありませんが、もう少しわかりやすく……」
「そうだね。我が家には君も知っての通り、長女を筆頭に子供が複数人いる。長女のところにはもう子供が生まれているから、私も妻も祖父母だ」
「はあ」
「娘は嫁いだとはいえ、ラビゼイ侯爵家の血筋。そして嫁いだ先は我が家の分家筋だ。本来、本家の長女が嫁ぐ家ではなかったのだけれど、娘がどうしてもというからね……」
ちょ、ラビゼイ侯爵。何かどす黒いオーラが出まくってますよ!?
「娘が産んだのは男の子だ。君が女の子を産んだら、この子の嫁にほしいんだよ」
「はあ!?」
ちょ、待って!? 娘って、まだ影も形もないんだけど!?
「そんなに驚くような事かい? 君がやがて産むだろう子は、今をときめくデュバル侯爵家の子だ。引く手あまただよ?」
「いや……いやいやいや、私が子供を産む頃には、うちも落ち目かもしれませんし!」
「君、何十年後に子供を産むつもりだい? 言っちゃなんだけど、若いうちに産んでおいた方がいいよ? 年を取ると、妊娠自体しづらくなるというし」
知ってますよそんな事! いや、そうじゃなくて……
「じ……自分の子には、自分で相手を見つけてほしいのですが……」
「それは無理だね。君、侯爵家の子女が自由意志で相手を決められると、本気で思っているのかい?」
「うぐ」
確かに。ロクス様だって、チェリと結婚したのは自由意志のようであって、そうではない。
コーニーの場合は、自由意志のような……ただ、彼女の場合、兄が二人いる末っ子長女というのが大きい。
これが娘一人だったら、イエル卿との結婚も許されなかったかもなあ。
「とはいえ、まだ君の懐妊の話も聞こえてこないから、まずは予約という形で話をさせてもらおうと思ってね」
それで我が家に来た……と。
「きちんと、話はしたからね? 後で『あれはなかった事に』はきかないよ?」
えええええ。一方的に言われただけなのにー。
「その……お互いに男児のみ、女児のみだった場合には……」
「我が家には子供が複数人いるからね。長女の子だけでなく、長男や次女の子にも期待出来るから、問題ないよ」
ああ、そうですか……
ラビゼイ侯爵を送り出した私は、随分と疲れていた。いや、本当。話を聞いただけで何でこんなに疲れるの……
「大丈夫? 何だか、あんたにまで死相が出てるようなんだけど」
「やめてー。洒落にならないからやめてー」
あの場には、リラを同席させなかったから、ラビゼイ侯爵とどういう話をしたかはまだ伝えていない。これ、伝えておいた方がいいよねえ。
ラビゼイ侯爵を見送ったまま玄関ホールでグズグズしていたら、馬車が停まる音が。
先触れもなしで誰か来たのかと思いきや、何とルイ兄が帰ってきた! しかも、ツーアキャスナ嬢を連れて!!
「ルイ兄……ツーアキャスナ嬢と帰ってきたって事は……」
「うん、まあ」
「ごきげんよう、ローレル様。私、この度シイヴァン様の妻になる事が決まりました。改めて、以後よしなにお願い致します」
成功したんだ!? しかもこんな早く戻ってくるなんて! ルイ兄……恐るべし。
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