第483話 貸し一

 返事の必要な手紙には返事を書き、その日の夜に帰ってきたユーインとヴィル様に、翌日一緒に王宮に行く事を告げる。


「殿下からお手紙をちょうだいしまして。その返事というか、抗議をしに」

「抗議?」

「一体、殿下は何を書いてきたんだ?」


 二人からの質問に、無言で手紙そのものを出した。回し読みした二人からは、何とも言えない反応が。


 そりゃそうだよねー。多分、ヴィル様伝いにツーアキャスナ嬢の事は聞いてるだろうし。そこに横やりを入れるようなものだもん。


「……変だな」

「変ですよね? ですから、それも含めて抗議しに行くんですよ」


 多分、そうすれば全部わかると思うから。そうでなくとも、殿下なら教えてくれるでしょう。




 翌日は、馬で王宮へ向かう二人と一緒に、馬車でリラと王宮へ。仕事が立て込んでいる時なのにー。半分くらいは、陛下の隠居所の整備なのにー。


「眉間に皺がよってるわよ?」

「だってー」

「だってじゃありません。忙しい中時間を割かなきゃいけない事に腹を立てるのはわかるけれど、それを押しても行かなきゃいけないんでしょ?」


 そうなのだ。殿下の手紙は、このまま放置しておくのは多分よろしくない。


 本当、何が起こってるんだろうね?


 馬車は順調に大通りを進んで王宮へ。うちの王都邸からその姿が見えるくらいだから、近いんだよねえ。


 馬車から降りて、ユーイン達と一緒に執務室へ。執務室前には、数人の陳情者がいた。でも、私の顔を見ると「ひ!」とか短い悲鳴を上げて逃げていったんだけど。


 魔除けですねわかります。でも、腹は立つのだよ。


「リラ、今の連中の顔と名前、わかる?」

「私じゃちょっと……」


 カストル、記録は付けてある?


『万全です』


 よし。後で何故悲鳴を上げて逃げたのか、お手紙を書こうっと。ネスティに、文面を考えてもらおうかな。


『伝えておきます』


 よろしく。


 執務室に入ると、いつもの面子が仕事をしていた。


「ほう? 今日は朝から鬱陶しい陳情者が来ないと思ったら、侯爵が来ていたか」

「まあ殿下。彼等が来た方がよかったですか?」

「……鬱陶しいと言っただろうが。まあ、座れ」


 殿下が指し示したのは、いつも座っている執務室に備え付けられたソファセット。


 いつもの場所に腰を下ろすと、目の前に殿下が座った。


「それで? ここに来た訳はなんだ?」

「何だじゃありませんよ。何ですか? あの手紙」

「はっはっは。侯爵なら、絶対に乗ってくれると信じていたよ」


 変な信頼感、持たないでください。いや、権力者に信頼してもらえるのは、本来ならいい事なんだけど。


 私、出世とかいらない人だからなー。ユーインも、そういうのに興味がない人だからなー。出世に興味があったら、私とは結婚しないでしょ。


「あの手紙については、結果がもうじき来るだろう。待っているといい」


 どういう事? いや、手紙って時点で、嫌な予感はしていたんですけどー。




 執務室でまったり過ごしていたら、誰かが来たようだ。来客の名前をヴィル様から耳打ちされて、殿下がにやりと笑う。


「そうか。いい、通せ。丁度侯爵もいる事だしな」


 どうやら、来客は殿下が待っていた人物らしい。開けられた扉から入ってきた人物は、ちょびひげを生やした男性。


 この人が、殿下の手紙の中身を盗み見た人物?


「御前、失礼いたします。王太子殿下におかれましては、ご機嫌麗しく存じます。ミヘエード伯爵ダラーインがまかり越しましてございます」

「で、本日の用件は?」


 殿下、塩対応。でも、伯爵の方はめげない。


「おお、殿下。美しい婦人がおられるのに、私を挨拶も出来ない礼儀知らずにさせるおつもりですか?」

「だ、そうだ」


 殿下ー。こっちに振らないでー。


「デュバル女侯爵ローレル閣下とお見受けします。私、ミヘエード伯爵ダラーインと申します。以後、お見知りおきを」


 ユーインが伯爵の後ろで怒ってます。いや、手の甲にキスをするのは、挨拶だから。


 とはいえ、この伯爵の視線はじっとりしていて好きになれないけれど。


「で? 本日の用件は? わざわざ侯爵が来ている時を狙ってこの部屋に来たんだ、ないとは言わせんぞ?」

「もちろんでございますとも、殿下。数日前にお話しした、我が娘とペイロン家継嗣の婚姻の件、考えていただけましたか?」


 ん? 手紙の話って、これ?


「あの話は、その場で断りを入れたはずだが?」

「ははは、そんなまさか。あの後、考え直されて、話を進める事になったのですよね?」

「……何故、そう思う?」

「え?」

「何故そう思うのか、根拠を述べよと申しておる。聞こえなかったのか?」

「それは……その……」


 言えないよねー。殿下の手紙をうちに届く前にちょろまかして読んだなんて。


 つまり、殿下が伝言で済む内容をわざわざ手紙に書いたのは、この伯爵を釣り上げる為だった訳だ。


 ものが手紙って辺りで、盗み見を疑ったけれど、うちに届ける手紙を盗み見して何の意味があるのか不思議だったんだよね。


 こういう訳か。


 伯爵は、何とか誤魔化そうと必死だ。


「こ、この場にデュバル女侯爵がいらっしゃったのが何よりの証拠かと! 何せかの継嗣と女侯爵は共に育った義理の兄妹ですし!」

「侯爵がこの部屋に来るのは、よくある事だぞ? 最近はこまめに足を運んでくれるおかげで、鬱陶しい連中が減ってな。そうそう、伯と仲がいい連中も、この執務室に足繁く通っていたな?」

「さ、さようでございますか……」

「さて、今更言う事ではないが、王族の私信を盗み見る事は重罪だ。伯も、知っているよな?」

「さ、さようにございます……ね」

「そして、ここにいる侯爵は、魔法の使い手だ。聞くところによると、かの自白魔法を考案したのは侯爵だという」

「え!?」


 まあ、研究所が使っている術式だし、一般には広まっていないから知らないのも当然かな。


 あれは王家の許可がないと、使えないって事になってるし。国内ではね。


「あの自白魔法は大したものでな。自身が嘘を真と思い込んでいても、真を口にするそうだ」

「さ……さようでございます……か……」


 伯爵、顔色が悪いです。汗ダラダラだよ? 今日はそんなに暑くないのにねー。


「そうそう、昨日、大変残念な事があったのだよ」

「……」


 もはや、伯爵は何も言えない。それでも構わず、殿下は何やら楽しそうに話す。


「長年側に仕えていた侍従を捕縛したところでね。彼は私の出す手紙を、盗んでいたようなんだ」

「まあ」


 殿下の視線がこちらに来たから、のってみた。


「殿下のお手紙を盗むなど……何がしたかったのでしょう?」

「盗んだ手紙の内容を読んで、誰かに伝えていたようだ。その相手が、多数でね。調べるのに手間取りそうだったので、研究所に自白魔法の使用を依頼したんだよ」

「そうでしたか」


 伯爵、下を向いたまま、ブルブルと震えだした。つまり、伯爵もその多数の一人という訳だね。


「先ほども申した通り、王族の手紙を盗むのは重罪だ。ただ、盗み読みだけでは、そこまでの罪ではない」


 殿下の言葉に、伯爵が顔を上げる。一縷の望みが出てきたからね。


「ただし。王族の手紙の内容を他者に伝える事は犯罪だ。情報漏洩という名のな」


 まあ、その辺りは普通の貴族の家でも、使用人がやったら罪に問われるものですしー。


 上げて落とす。伯爵はその場にがくりと膝を突いた。


「さて伯爵。似たような事をしたお仲間がいるのなら、先に喋っておいた方がいいぞ? 聞いた話だが、自白魔法は使った後に大変な苦痛があるそうだ」


 え? そんな事ないよ? 殿下ったら何を言ってるの?


 思わず口に出そうになったけれど、隣に座るリラに肘で脇腹を突かれた。これ、黙ってろって事?


 にやりと魔王のように笑う殿下の前で、伯爵は陥落した。




 その後、伯爵の自供を元に、王家の情報を入手しようとした連中が一斉摘発されたそうな。


「これ、私の存在いる?」

「魔王様の側に侍る脇侍みたいなものじゃない?」


 いや、それ仏様の脇に立つやつ……


「自白魔法を使ってもいいんでしょうけれど、あれだって依頼料がかかるんでしょう? だったら、なるべく簡単に悪事を暴く材料にされただけなんじゃない?」

「えー?」


 いいように使われただけじゃん。何か納得いかないー。


「魔除けの面目躍如と思っておけば? それか、後付で殿下に貸しとしてつけておくか、何か褒美をお強請りしておきなさいよ」


 んー。今は何も殿下にお強請りしたいものが思いつかないので、貸し一としておこうっと。


 いつか取り立ててやるんだから!

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