第482話 白山羊さん、黒山羊さん

 無事ルイ兄をゾクバル領へ向けて送り出し、ほっと一息。後は本人とゾクバル家でどうにかするでしょ。


「でも、これで結局駄目でしたって事になったら……」

「リラ、縁起でもない事、言わないの」

「そ、そうよね」


 とはいえ、その危険性もあるんだよねえ。ルイ兄、頑張れ。




 ルイ兄を送り出す為にユルヴィルに来たので、ついでに兄夫婦と祖父母の顔を見ていく事に。


 リラにとっても、兄夫婦は書類上とはいえ両親に当たるから、挨拶くらいはしないとね。


「まあ、いらっしゃい二人共」

「突然の訪問、お許しください、お義姉様」

「ご無沙汰しております、コーシェジール様」

「あら、エヴリラさんは、『お母様』とは呼んでくれないのね」

「え!?」


 お義姉様の言葉にわたわたするリラを見て、お義姉様が笑う。気安いやり取りが出来る仲って、いいよね。


 兄も祖父も、領地見回りの仕事に出る前だったらしく、邸にいた。


「そろそろ、この邸も手狭じゃないかしら」

「でも、四人ですからねえ」

「あら、もう一人くらい、増える予定は?」

「え!?」


 お義姉様、お顔が真っ赤ですよ。笑い合っていたら、祖父母とお兄様が客間に来た。


「やあ、いらっしゃいタフェリナ、エヴリラ」

「お久しぶり、お兄様」

「ご無沙汰しております」

「二人の元気な顔が見られて嬉しいわ。ねえ、あなた」

「うむ」


 じいちゃんばあちゃんも元気そうで何よりですよ。




 お互いの近況と、最近の話題などが出てくる。一番は、やっぱり陛下の譲位だね。


「陛下が、そこまでお体を壊されていたとは……確かに、あの方は王になるには優しすぎた方だが」


 じいちゃん、現役の頃は国王陛下にも魔法の指南をしていたそうな。さすが魔法の大家。


 白騎士団長と従兄弟が、おかしな事をした事が今でも悔やまれる。とはいえ、従兄弟の方は母親と一緒に一から頑張ってるそうだけど。


 白騎士団長の方は、もう更生は無理っぽいね。一生魔力を封じられて、小さな家に閉じ込められる生活が続くらしい。


「陛下が隠居なさったら、どこに住まわれるのかのう。一度、落ち着かれたらご挨拶に伺いたいものだ」


 お? なら、来ます? フロトマーロのイズへ。


「いつでも歓迎しますよ」

「え?」


 あれ? じいちゃんとばあちゃん、お兄様とお義姉様まで驚いている。隣に座るリラが、頭を抱えていた。


「ユルヴィルの皆さんは、知らないでしょ?」

「あ、そっか。実は陛下の隠居先、私が作った街なんです」

「街を」

「作った?」


 お兄様夫婦、息が合ってるね。……じゃなくて、そこからかー。


 簡単に、フロトマーロに港を造った事、それに合わせていくつか土地を購入して街を作った事などを説明した。


「で、そのうちの一つの街に、陛下と王妃様がお住まいになるの」

「なんと」

「まあ」


 じいちゃんとばあちゃんも息ぴったりだね。


 場所を聞いた兄が、少し心配そうな顔をした。


「でも、小王国群だと、治安が心配じゃないかな?」

「あ、そこは大丈夫。最南端のフロトマーロは比較的治安がいい国だし、周囲から入り込めないように造ってあるから」


 その他、防犯対策はばっちりですよ。うちの王都邸を基本に、機械警備はもとより、増員したオケアニスを投入するからね。


「陛下と王妃様も、あちらに移住したら暇を持て余すかもしれない。時折、お二人で遊びにいかれてはいかが? 一年を通して暖かい土地だから、過ごしやすいんじゃないかなあ」


 船の手配はお任せあれ。あちらでのお世話も、オケアニスがいれば心配ないし。


 私の誘いに、じいちゃんとばあちゃんはお互いに顔を見合わせている。


「だが、領の仕事もあるし」

「それなら、私がちゃんとやっておくよ」

「この年だと、移動も大変だし」

「列車は乗っていれば目的地まで運んでくれるよ。乗り換えもちゃんと案内がいて迷わないし」


 何なら、ユルヴィルから同行する添乗員を付けてもいい。出発から帰宅まで、安心安全な旅をご提供致します。




 本当に隠居所が落ち着いたら、一度陛下にご挨拶に伺う。そう決まりましたー。それまでじいちゃんもばあちゃんも元気でいてね。


 ユルヴィル家を辞した後、リラと二人で王都邸に戻る。今日も仕事が山積みだ。


 王都邸に戻ると、いくつか手紙が届いているという。


「差出人は?」

「王宮からと王太子殿下から、それにラビゼイ侯爵からとビルブローザ侯爵からのものです」


 ルチルスさんからの返答に、ちょっと驚く。いや、この時期王宮から来るのはわかるんだ。


 でも、王太子殿下からも? わざわざ? 何か伝えたい事があったら、王宮に呼ぶかユーインに言付けてくれればいいのに。


 それから、ビルブローザ侯爵は何となくわかる。多分、秋の視察の件だ。わからないのはラビゼイ侯爵からのもの。


 同じ王家派閥だし、私の誕生日だの狩猟祭だのでは顔を合わせる。もちろん、他の社交場でもね。


「付き合いはそれなりにあるけれど、お手紙をもらうのは初めてなんですが」


 執務室で、トレーの上に置かれた手紙を見つつ、ついぼやく。ラビゼイ侯爵には、温泉街に別荘を建てたいと散々ごねられた覚えがあるからなあ。


 この手紙の内容も、ごねるものだったらどうしよう。


「見なかった事にして、焼いちゃおうか」

「どこの黒山羊よ」

「そこは白山羊って言っておこうよ。大体、食べる訳じゃないし」

「読まずに焼こうっていうのなら、似たようなもんでしょ」


 違うと思うんだけど。


 とりあえず、優先順位の高い方から読んでいきましょ。


 王太子殿下からの手紙には、ちょっと困った内容が書かれていた。


「いや、ルイ兄の結婚話を私に持ち込まれましても」

「え? まさか、殿下のお声掛かりの縁談?」


 うーん、縁談は縁談だけど、まだそこまで本格的なものではないっていうか。「こういう話があるから、本人の意思を確認してくれ」って内容。


 本当に、これならユーインかヴィル様にでも伝えてくれればいい内容なのに。どうして、わざわざ手紙?


「何か、手紙で書かないといけない理由があるとか?」

「どんな理由よ?」

「私にわかる訳ないでしょうが」


 それもそうね。でも、私にもわかんないよ。


「いっそ、カストルにでも聞いてみたら?」

「リラ……すっかり開き直って」

「使えるものは、使わなきゃ損でしょう?」


 それはそうなんだけど。カストルは現在、イズに出張中だ。あちらの整備の現状を見てくるという。殿下からの手紙は、一旦保留にしておこう。


 次は王宮から。こっちは国王陛下の移住に関する、スケジュールの確認だね。


「譲位しても、すぐには王宮を出ないんだ」

「手続きだのなんだのあるんじゃない?」

「いや、それは先に済ませるでしょうよ」


 ともかく、譲位後に移住する時期として、秋から冬を想定しているらしい。それなら、イズの整備も十分間に合うね。てか、急がせる必要、なかったんじゃない?


 王宮からの手紙には、同行する使用人のリストも入っていた。連れて行くのは、総勢二十人。多いんだか少ないんだか。


 ビルブローザ侯爵からの手紙も、予定に関して。こちらはうちの学校を視察したいという話のやつ。


「ああ、こっちの都合を考えて、来年の春に延期してはどうかって提案だわ」

「気遣いが半端ないわね、ビルブローザ侯爵」

「本当にね。おかげで王家派閥としても、付き合いやすいんじゃないかな」


 何せ先代がとんでも爺さんだったそうだから。現当主は、そんなとんでも爺さんを反面教師にしているみたいだね。いい事だ。


「さて、トリを飾りますはラビゼイ侯爵からの手紙」

「読まずに焼くのはやめてよ」

「わかってますー」


 ドキドキしながら開封すると、中身は便せん一枚。


「んん?」


 そこには、近日中に会えないか、という内容が書かれていた。

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