第481話 ヘイ! カモン!
開けて翌日。ヴィル様は王宮に通勤する前に、ルイ兄と一緒に実家に向かった。シーラ様に事情を説明するんだって。
で、そこから王宮に向かったそうだけどルイ兄は帰ってこなかった。今日の分のお見合い、しているのかな?
そんなルイ兄が帰ってきたのは、昼を過ぎたお茶の時間。
「お帰り……って、どうしたの?」
「何か、死相が出てる」
リラ、縁起でもない事を言わないの。その通りとは思うけれど。
今日も肉食な女子達に囲まれたからか、頬はこけ今にも倒れそうなほどだ。恐るべし、肉食女子。
と思ったのに。
「シーラ様に説教食らってた……」
「はあ?」
どうやら、あの死相はシーラ様による説教の結果……らしい。どんだけ説教したんですかシーラ様。
「何でも、女性の時間は男のそれより貴重なんだから、無駄足踏ませるな……と」
「ああ」
最初から他の人に目が向いている相手との見合いほど、無駄なものはない。女性は結婚適齢期が男性より早く来るから、絶対成功しないとわかっている見合いは確かに無駄足だわ。
「意中の相手がいるんだから、最初から素直に周囲に言っておけばよかったのに」
「いや、そうしたら周囲が無理にでも添わせようとするだろ? それはちょっと……」
もうやだ。ここにも乙女な男がいるわよ。
「それで? シーラ様にはちゃんと本命の事、言えたの?」
「ヴィルがバラした……」
ヴィル様グッジョブ。このルイ兄じゃあ、いつまで経ってもシーラ様達に本音を言わなかったでしょうよ。
本当、いつもの豪快さとコミュ力お化けなところはどこいった。
とりあえず、夕食の時間まで部屋で休ませる事にして、私は執務室でリラとカストルと一緒にちょっとしたティータイム。
本日のお菓子はマフィン。ナッツ入りで食感がいい。これ、クルミとアーモンドと何が入ってるんだろう?
「ピーカンナッツです」
「ああ、よくアメリカのドラマとかで見る」
ピーカン、もしくはペカンナッツ。アーモンドよりもしわしわしていて細長い。あれが入ってるのか。
で、それを食べながら本日のルイ兄の所業をお話し合い。
「確かに、女性の方が結婚を急がないといけない背景があるから、最初から無理とわかっている見合いには参加したくないわよね」
「そう言う意味では、シーラ様の方が正しい訳かー」
「私もあんたも、結婚相手を見つける苦労だけはしていないから」
そういえばそうね。リラの場合、私がプッシュした面もあるし。
「ツーアキャスナ嬢って、ゾクバル侯爵家のご令嬢なんでしょう? どんな人?」
「ええと、姉御肌な感じの人かなあ」
私も、狩猟祭なんかでちらっと会う程度で付き合いはないんだよねー。あの家のお嬢さんなら、もう少し付き合いがあってもいい気はするんだけど。
普段、領地から出ないのかな。
「調べますか?」
「んー。いや、ルイ兄の結婚に関しては、私は首を突っ込まない方がいいと思うから、やめておく」
何故か、リラから驚きの視線がきた。どういう事?
「あんたも、自重が出来るようになったのね」
いや待って! 本当にどういう事!?
その日、ヴィル様はこちらに帰ってこなかった。王宮に泊まった訳ではなく、殿下の執務室まで、シーラ様からの呼び出し状が来たせいだって。
「今日は実家に行くと言っていた」
「そう……なんだ」
出迎えに出たら、ユーインがそんな事を言っていた。これから一晩中、シーラ様によるヴィル様への説教があるかもね。
本来なら、ヴィル様が怒られるような内容じゃないと思うんだけど、何せルイ兄とは仲がいいから。
事前に相談でも受けていたんじゃないかって、勘ぐられてるのかもね。それも含めての、お説教かなあ。
ヴィル様、イキロ。アスプザット邸に向かって、合掌しておいた。
ルイ兄とヴィル様がシーラ様にお説教された翌日、何とヴィル様を連れてシーラ様が朝から訪問してきましたー。
「朝から悪いわね」
「いえいえ、お気になさらず」
本当は、朝食前に他家へ訪問するのはマナー違反なんだけど、そこは身内、気にしませんて。
シーラ様に首根っこひっつかまれたヴィル様、凄く疲れてる。あーあ。
本来なら客間でお話し合いなんだけど、時間も時間だし食堂で朝食を食べながら、という事になった。
多分、この時間にシーラ様が来たのは、ヴィル様の出勤に合わせてなんだろうなあ。つまり、今日はあの疲れたまま、王宮で仕事をしろという。シーラ様、鬼だね。
「さて、私が来た理由については、見当が付いているかもしれないけれど」
そんな前置きをしてから、シーラ様が話し始めた。
「ルイの意中の相手がツーアキャスナ嬢だと昨日の朝聞いたのよ。あなた達は?」
「その前の夜ですね。ヴィル様が聞き出しました」
「そう。ルイ、昨日も言いましたが、そういう事は早めに仰い」
「申し訳ありません」
珍しくも、ルイ兄が小さくなってる。まあ、シーラ様相手じゃ仕方ないね。私同様、子供の頃からお世話になってる方だから。
「ゾクバル侯爵の元には通信機があるから、昨日のうちに侯爵に打診したのよ」
「え!?」
ルイ兄がびっくりしてる。いや、ヴィル様にもかっさらえって言われたじゃない。ここに来て、尻込みするつもりじゃないよね?
あわあわするルイ兄を余所に、シーラ様がさくさくと話を進めていく。
「ゾクバル侯爵家としては、異存はないそうよ」
「ほ、本当ですか?」
「ええ。ただし、全てはツーアキャスナ嬢次第……ですって」
ルイ兄、天国から地獄に突き落とされた状態です。
正直、一番面倒なのは父親であるゾクバル侯爵だと思ってただけに、私としてはちょっと肩透かしを食らった気分。
「で、そのツーアキャスナ嬢なんだけど、今はゾクバル侯爵領にいらっしゃるそうよ」
あー、やっぱりー。だから王都で見かけないんだね。
今は六月。舞踏会シーズンもとっくに終わってるし、王都はこれから暑い夏を迎える。
普段王都にいる貴族達も、涼しい領地や知り合いのところへ避暑に出かける時期だ。
王都に残るのは、王宮官吏と騎士団だけという笑い話もあるくらい。どこが笑い話なのかは、私にはよくわからないけれど。
「ところでルイ。あなたをゾクバル侯爵が領地に招きたいというお話なのだけれど、受けますか?」
「え!?」
シーラ様、すんごいいい笑顔。対するルイ兄、驚きと期待と、それを上回る不安が顔に浮かんでる。忙しいな。
「ゾクバル侯爵としては、自分の目が届く範囲でなら娘を口説く機会を与えてもいいそうよ」
「え」
父親公認と言えば聞こえはいいけれど。相手がゾクバル侯爵だからなあ。領地に行ったら、何をさせられるのやら。
とはいえ、そこはペイロンで育ったルイ兄だ。多少のしごきくらいなら音を上げないでしょう。
「頑張れ、ルイ兄」
「お、おう」
「では、ルイが行く事を承諾したと、連絡していいわね?」
「あ、はい」
こうして、ルイ兄の嫁取りを掛けた戦いは始まったのだった。なんちゃって。
朝食の後、シーラ様はアスプザット邸へ、ユーインとヴィル様は王宮へ。ルイ兄はうちで待機となった。
「ゾクバルまでは、まだ鉄道が通ってないのよね」
路線図を見ながら、リラが呟く。そうなんだよねえ。北はうちやペイロン、アスプザットがあるから、とっとと開通させたんだよね。
南のゾクバル領や他の領も、早いうちに敷設許可をもらってたんだけどね。優先順位がちょっと低かったんだよなー。
「ゾクバルの手前までかなあ。馬車に乗り換えて、丸一日掛かるくらいの距離」
「遠いわあ」
本当にね。向こうで馬車を用立てるのもなんだから、うちの馬車を車両に積んで持っていかせよう。
引く馬が人形なので、車内でもおとなしくしてるでしょう。他にもルイ兄の着替えやら何やら、仕度は早めにしてさせておこうっと。
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