第480話 いたんだ

 鉄道を使って我が家に来たルイ兄は、くたびれていた。


「久しぶり、ルイ兄」

「おう」


 ルイ兄が到着したのは昼前。ユーイン達はとっくに王宮へお仕事に出た後だ。


 とりあえず滞在用の客間に案内し、一息吐いてからちょっとお話し合い。


「それで? 何がどうしてこうなったのかな?」

「いやあ……義父上に、さすがに怒られて……な」


 だから、何があったってのよ。




 聞けば、結婚の話はもう何年も出ていて、そのことごとくをお断りしてきたらしい。


「何という贅沢」

「いや、贅沢というかさ」

「贅沢以外に何と言えと?」

「いや……いや……」


 なんと、ロイド兄ちゃんのツイーニア嬢への思いを聞いたあの王都滞在の間にも、見合いは続けられていたそうな。


 それを、相手に会う事もせずに断り続けたとか。本当、何様!? 我が兄ながら、恥ずかしいわよ!? いや、実の兄じゃないけどさ。心は兄妹。うん。


「そんな事言うと、ターエイドが怒るぞ」

「お兄様は怒るより悲しむ方だよ。それはいいのそれは」

「いいのかよ」

「いいんだよ! お兄様にはお義姉様がいるんだから」

「うぐ」


 はっはっは。少しは気にしたまえ。仲間内で独身なの、ロイド兄ちゃんとルイ兄だけなんだからね。


 ロイド兄ちゃんの方はまあ、ツイーニア嬢次第ってところがあるけれど。そうなると、いよいよ残るはルイ兄だけだよ?


 私の言葉に、ルイ兄はがっくりと肩を落とした。




 その日の夕食は、コーニー達夫婦も交えて何とも賑やかなものになった。


「じゃあ、ルイ兄様は結婚相手が決まらないとペイロンに帰れないの?」

「そういう事になった……らしい」

「らしいって」

「いい機会だ。ルイはペイロンを継ぐ身なんだから、とっとと身を固めろ」

「おま! ヴィルのくせにいいいいい」

「くせにとはなんだくせにとは。私はちゃんと結婚したぞ」


 ルイ兄、何も言えず。まあ、三組どこも子供はまだですが。


「ルイ兄は、好みの女性のタイプとか、ないの? こんな人がいいなあとか」

「え」


 あれ? 何でそこで固まるかな?


「何だ、ルイ。実は意中の相手でもいるのか?」

「ええええ!?」


 えらく動揺してるね。って事は、ヴィル様の言葉が正しいのかな?


「ルイー、意中の相手がいるなら、早いうちに動いた方がいいよー? 誰かに取られた後じゃあ、後悔のしようもないからね?」


 イエル卿にまで言われてるよ。ルイ兄は、もう何も言えない状態だ。


 それにしても、このルイ兄に意中の相手がいたとはねえ。




 翌日、ルイ兄はユーイン達が仕事に行くのに合わせて、アスプザット王都邸に向かった。ルイ兄は一人、歩きでいいってさ。ずるくない?


「男女の差でしょ? それくらい受け入れなさいよ」

「えー?」

「大体、馬車で移動出来るのはステータスでもあるんだから」


 それはそれで見せびらかしているみたいで何か嫌。


 ともかく、本日はアスプザット邸でお見合いらしい。シーラ様が気合いを入れているから、ルイ兄も逃れられまい。


「それにしても、ルイ兄の意中の人って誰なんだろう? 結局夕べは口を割らなかったしさあ」

「あんた……無理に聞き出そうとか、しないでよ?」

「しないよ!」


 リラの中での私の評価って、どうなってるの?




 ルイ兄のお見合いに関して、私は直接関わらなくていいらしい。王都でのあれこれは、全てシーラ様が調えているそうだ。


 うちとしては、宿の提供だけでいいっていう話なんだけど。


「それなら、アスプザット王都邸でいいと思うんだけどねえ」

「シイヴァン様の、愚痴吐き場でもあるんじゃない? ここにはウィンヴィル様もユーイン様もいらっしゃるから」

「なるほど」


 伯爵も、考えてるんだなあ。ルイ兄にとって、結婚話は愚痴を言いたくなる事態だって訳だ。


 それでも、家を継ぐ以上相手は必要。これでまた一族から養子を、何て事になったら、大騒ぎになるからね。


 伯爵の時にそれが叶ったのだって、相手が陰謀に巻き込まれて死亡した事実があるからだし。ただの「結婚したくない」って我が儘が通用するほど、ペイロンは緩くない。


 いやまあ、私が言うこっちゃないけどね。ユーインからの猛プッシュがなければ、多分結婚してなかったわー。




 見合い作戦一日目。ルイ兄は朝よりもぐったりした様子で帰ってきた。


「お帰りなさい」

「お帰りなさいませ」


 リラとルチルスさんの三人で出迎えたけれど、何だか「疲れてるね」というより「憑かれてるね」と言いたい。何に取り憑かれてるのかは知らないけれど。


「お疲れのようですから、お部屋でお休みになられては。何か、お飲み物を用意致しましょう」

「ああ、悪い。ちょっと強めの酒がほしい……」


 ルチルスさんが、私に視線で問いかけてくる。アルコール類に関しては、出すも出さないも私の判断が必要だ。お茶に関しては、ルチルスさんの一存で出せるようになっている。


 軽く頷いて、ルチルスさんにルイ兄を預けた。


「……大分、やつれてるわね」

「たった一日でね。そんなに大変だったんだ……」

「まあ、相手は嫁入り先を探しているお嬢さん達だから。あのガッツは、側で見ているだけで疲れるわよ」


 そうなんだ……私の周囲には、そういう人がいなかった……いや、いたか。ミスメロンとか、学院で私を呼び出した女子は、ガッツがあったな。


 彼女達は特定の相手に対する行動だったけれどね。




 その日の夕食時。本日はコーニー達はいないので、いつものメンバーにルイ兄が加わった形。


「……随分と疲れてるな」

「ああ、女子の勢いって、凄いんだな……」

「学院で経験済みだろうが」

「いや、すっかり忘れてたよ」


 ヴィル様の言葉に、ルイ兄が弱々しく笑う。在学中は、さぞや女子の視線を集めただろうな、この三人。


 これに王太子殿下が加わって、さらにイエル卿でしょ? そりゃ他の男子の影は薄くもなるわな。


 いつぞやの栗色男子も、こじらせても仕方ないか。


「不特定多数の相手と会うより、意中の相手に集中した方がいいのではないか?」


 ユーインが、珍しくもルイ兄にアドバイスをしている! ルイ兄も驚いているよ。


「いや、それは――」

「手が出せない相手か? もしや、既婚者――」

「それは違う」


 ユーインの言葉に、ルイ兄がきっぱりと言い切った。既婚者じゃないのなら、それこそアプローチした方がいいのでは?


「ルイ、言いたくないなら無理には聞かないが、相手がわかればこちらも手助け出来るかもしれないぞ?」

「う……」

「そんなに言いたくない相手か?」


 うんと年上、もしくはうんと年下とか? 興味津々でルイ兄の返答を待っていると、とうとう音を上げた。


「その……ツーアキャスナ嬢……」

「彼女か!?」

「あの人か……」


 ヴィル様もユーインも、名前を聞いて驚いている。確か、ゾクバル侯爵のお嬢さんじゃなかったっけ? ルイ兄と同い年だったっけ。


 え、彼女、まだ結婚してないの? 貴族令嬢としては、行き遅れ気味では……


 ルイ兄の意中の人の名前が出たら、ユーイン達が唸っている。どうして?


「ツーアキャスナ嬢か……彼女は確か、婚約者が事故死していたな……」

「落馬事故だったか?」

「ああ。仲がよかったかどうかまではしらないが……」


 ヴィル様とユーインの話に、ルイ兄は俯いて参加しない。ツーアキャスナ嬢、婚約者が亡くなってたんだ……


 ちょっと、伯爵を思い出す。あ、それもあって、ルイ兄がアプローチ出来なかったのかな?


「ツーアキャスナ嬢なら、伯父上から話を持ちかけてもらえば、通るだろうに」

「いや、でも」

「亡くなった婚約者の事か? だが、このままだと、彼女は修道院行きという事もありえるぞ」

「う」

「一度、話をしてこい。今でも亡き婚約者を思っているのなら、その時点で諦めろ。そうでないのなら」

「そうでないなら?」

「かっさらってこい」


 ええええええ? ヴィル様横暴ー。

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