第479話 とうとう……
今の国王陛下の隠居所として提案したのは、温泉街、ビーチ、港街ポルトゥムウルビス、イズ、トイ、シモダ。
実質、温泉街、ビーチ、ポルトゥムウルビスは除外対象だけれど、一応提示しておいたんだよね。
で、とうとう隠居所が決定しました。
「やっぱりイズかあ」
決め手は人工の山だったそう。写真付きで散歩コースを紹介したら、王妃様が乗り気になったらしい。
国王陛下の方は、山から階段状に流れる人工の滝がお気に召したご様子。そこにも色々仕掛けを作ったから、それを試すのが楽しみらしい。
「相変わらず、名前に違和感」
決定したというお手紙を王妃様からもらい、納得していたらリラがぼそっと呟いた。
「諦めて、慣れて。イズの建築状況って、どうなってる?」
「八割といったところでしょうか。まずは基礎工事を優先しましたので、どの場所でも上下水道が完備です」
こっちだと、ガスと電気はいらないからね。全て魔法で事足りる。その分、上下水道はこだわった。
他の街も、後付やら基礎工事やらでしっかり編み目のように張り巡らせてある。
「お二人のお住まいになる邸の整備は?」
「一応、主様の邸を想定して建築したものがありますから、そちらを流用しましょう。主様用は、またその後という事で」
まあ、別荘みたいなものだからね。急がなくていいや。しばらく王都と領地を行ったり来たりの生活に戻るだろうし。
「シモダ、トイの工事を中断してもいいから、イズの整備を急いで。冬まで待っていられないかも」
何せ、譲位が早まったという話は既にあちこちに広まってるそうだから。つまり、王太子殿下がわざと情報を出している。近く譲位があるという根回しの為だ。
下手すると、冬どころか秋……もしくは夏にはもう譲位という事になりかねない。
譲位には、本来時間を掛けるものなんだけど、陛下のご容態もあるからね。健康上の理由と言われてしまえば、誰も文句なんて言えないよ。
「ご譲位に関して、国王陛下がなされる儀式その他は全て簡略化するか、なしになるそうだ」
王宮から帰ってきたヴィル様が、夕飯時にそんな事をこぼした。金獅子の一件以来、王太子殿下の執務室は譲位に向けて加速してるという。
ユーインは護衛だからまだいいんだけど、ヴィル様の疲労は半端ない。いや、ユーインが疲れていないという訳ではないんだけど。
何せ殿下が移動する。王宮内だけでなく、王都内、果てはいつの間にか鉄道を使ってペイロンやアスプザットまで訊ねていたそうな。
当然、護衛のユーインも同行する。たまに帰宅出来なくて、連絡が来たくらい。
そして、そんな移動の毎日の中で、殿下は気になった面があるそうだ。
「鉄道に関してだが、南の敷設を早めてもらえないか、殿下から聞かれたぞ」
「南ですか? ゾクバル侯爵家の領地かな……」
南は武門の家が領地を連ねている。一応、小王国群からの襲撃を警戒しての配置だ。
一応南にも鉄道は延びているけれど、ゾクバル侯爵領まではまだ距離があるんだよね。そこをとっとと延伸しろって事か。
それと、山を挟んでいるけれど、学院長……レイゼクス大公殿下の領地も、南側だね。建設許可は得ているから、そっちも急がせないと。
『お任せ下さい』
よろしく。
そんなどたばたの毎日を送っていたら、あっという間に六月になっていた。先月、正式に譲位が発表され、いきなりの話に王都民は驚いたけれど、新しい王様の誕生に今から動き出している。
商魂たくましい店などは、譲位にかこつけてセールをしたり、新しい王様にちなんだ品を作ったり。
そんな中、ロエナ商会にも何やら記念品の相談が来ているらしい。
「国王陛下と王太子殿下の肖像画が入った陶器の置物?」
「ええ、どうにか出来ないかと問い合わせが来ておりまして」
「どこから?」
「王宮からですわ」
途方に暮れるヤールシオールから言われたのは、こんな内容。てか王宮、何やってんの!
王宮って、専用の御用達職人とかいるでしょうに。
「主様、当商会の陶器に関しましては、余所に製法が流れ出ていませんのよ? つまり、陶器を作れるのは我が商会だけなんです」
ああ、それで「陶器の置物がほしい」となったら、うちに注文を出すしかないのか。
「肖像画を入れるって、出来るの?」
「細密画の職人を引っ張ってくれば、あるいは」
まだ手元での細密画の職人は育てていないらしい。細密画ねえ。あ。
「それ、技術を人形に盗ませる事は出来るかな?」
「まあ、ご当主様ったら、お人の悪い。もちろん、出来ますわよ。ねえ? カストル」
「もちろんです、お二方」
これで技術を盗んだら、これからは細密画入りの陶器を売る事が出来るじゃない。完全オーダーメイドになるけれど、その分高値にしておけばいい。 カストルを含む三人でグフグフ笑っていたら、リラに呆れられた。
陶器の記念置物に関しては、ヤールシオールに早速手配してもらい、カストルも技術習得用の人形の用意に入った。これで量産出来るようになる……はず。
とはいえ、譲位の時期がもう目の前。関係各所も忙しいだろうが、うちも大概忙しい。
「ええと、家具とファブリック類、リネンにタオル」
「生活に必要な小物類も、安物じゃなくしっかりしたものを置くようにね」
「へーい」
リラからの注意に、生返事をする。いや、そのくらい大変なんだって。必要な品のリストアップだけでも、住むのが隠居したとはいえ王族となると気を遣うのよ。
今まで最上級品に囲まれて生活してきた人達だからね。文句言えないほどの質のもので埋め尽くさないと。
家具はうちの領にある工房に発注済み。そっちで最優先に仕上げてもらっている。
カーテンや敷きもの、リネン類にタオル類は温泉街で使っている最上級品を用意。特にタオルは帰りがけに土産に購入していく客が多いほど大人気だ。
あれ、お安くないのにね。
ハンドタオルにフェイスタオル、バスタオルにバスローブ。隠居用の建物には、広大な人工の山を一望出来る展望風呂がある。広くて使いやすいお風呂場にしてもらった。
そこで使うバスタオルやバスローブも、ふっかふかの最上級品。実は、素材は魔の森産の魔綿だ。
普通、綿花は草なんだけど、魔綿は木の姿をした魔物。近寄ると催眠効果のある香りで生物を眠らせ、根で突き刺して殺す。
突き刺した獲物を養分にするかと思いきや、それを餌に大型の肉食獣をおびき寄せ、それを養分とする……らしい。
人間も下手をすると刺し貫かれるから要注意な魔物だ。
こいつの枝にわさっと花のようについているのが、魔綿。丈夫な繊維で、糸にしたり布にしたりする。吸水性に優れていて、タオルに加工するとすごく水を吸うんだ。そして肌触りが最高なのだ。
ただ、魔の森産という事で、絶対数が足りない。なので、お値段高めなのよー。加工も大変だから、さらに上乗せされてるんだけどー。
そんな魔綿製品を、隠居所にはたっぷり置こうと思ってる。シーツや枕カバーにも採用。こちらは吸水性を見込んでだ。
洗い置き用に枚数を用意しないといけないし、本当大変。
そんな目の回るような日々の中、ペイロンから通信がきた。
「伯爵、お久しぶりです」
ヒュウガイツに行く前に、顔を見に行ったっきりだったわ。またしてもご無沙汰しましたー。
画面の中の伯爵は、ちょっとお疲れモードだ。どうかしたのかな。
「伯爵、何だか疲れて見えますけれど、大丈夫ですか?」
『ん? ああ、私より、ルイの方が疲れるだろうから、それはいいんだが……レラ、折り入って、頼みがある』
まあ、珍しい。伯爵が私に頼み事だなんて。
「何ですか?」
『しばらく、ルイをそちらで預かってほしい』
「はい?」
『具体的には、結婚相手を見つけるまで、王都の社交界に出し続けてほしいんだ』
わー。ここにきて、ルイ兄に結婚命令ですかー。
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