第478話 わー、大変大変

 ビルブローザ侯爵からの謝罪が終わり、一段落といったところ。


 ヴィル様が、今回の顛末を教えてくれる事になった。


「いや、全てひっくり返したら、思わぬところまで波紋が広がってな……」


 そんな前置きをしてから語られたのは、まあ酷い内容だった。


 王宮の官吏にまで、金獅子騎士団長の手は伸びていたらしい。


「というか、ビルブローザの爺さんの置き土産だな」

「ヴィル様、口が悪いですよ。シーラ様やコーニーに怒られます」

「ここにはいないからいい」


 そういう問題か? まあバレなきゃいいって面はあるか。


 王宮官吏の中にも、前ビルブローザ侯爵の息が掛かった者が多くおり、その者達も丸ごと不正に関わっていたらしい。


 官吏達は表だって動く事はなく、地味に裏に回るような人ばかりだったそうな。おそらく、そういう人材を選んで使っていたんだろうっていうのが、王太子殿下の意見だって。


 おかげで、処分する事も出来ずに今まで来たそうな。裏で騎士団と一緒に不正しているなんて、今の今までわからなかったそうだし。


「先日のビルブローザ侯爵の謝罪は、その一環だろう。今の侯爵家は、彼等とは無縁だと知らしめる為のものでもある」


 だから、謝罪を受けておけって言ってたのか。結果、銀鉱山が手に入りましたが。


 うちで銀を採掘出来るという事は、魔法銀の鉱山を手に入れたも同然。何せ、うちでは魔法銀を生成する技術があるから。


 元々は研究所のものなんだけど、例によって例のごとく、私のアイデアが元で生成方法が確立したからね。


 作り方は単純で、銀に魔力を高圧力で注入する事。これ、掛ける圧力とか魔力量とかに特徴があるんだけど、魔力を人工的に銀に注入するという事自体、考えつかなかったらしいんだ。


 魔法銀生成に関する権利は、私と研究所で持っている。つまり、うちの分室では銀さえあれば魔法銀が簡単に生成出来るという訳だ。


 魔法銀は、魔道具製作にあると便利な素材。魔法回路に使用すると、魔力の通りがよくて少量で済む。


 他にも魔物由来のインクとかあるけれど、やっぱり魔法銀が一番だから。そして、身内ではユルヴィル伯爵領に魔法銀の鉱山が多い。


 魔法銀の生成方法を考えると、あそこに多くの鉱脈があるのは頷けるといういうもの。ご先祖が銀鉱脈があると知らずに、魔法を撃ちまくったんじゃないかなー。




 金獅子騎士団の後始末も、既に決定しているそうな。


「騎士団長オーナケイフ伯サーダ卿は団を不名誉退団、ついで身分剥奪の上家財も全て没収となった」


 不正の期間が長く、それだけ王家を裏切っていたという結果になるので、処刑台に乗せられなかっただけましという結果になったらしい。


「ちなみに、サーダ卿はビルブローザの爺さんの甥の子に当たる人物だとか」

「今のビルブローザ侯爵の再従兄弟ですか」

「その再従兄弟、侯爵家からは正式に縁切りされたらしい」


 まー、そりゃそうだろうね。犯罪者が身内にいたら、これからの侯爵家の為にならない。


「放り出された形の金獅子騎士団元団長は、その後どうなるんですか?」

「それはお前の方が知ってるんじゃないか?」

「へ?」

「殿下が、レラのところへ引き渡すと仰ってたぞ?」


 あれ? 我が家で穴掘り要員にするって事?


『お手紙を頂戴しております。後で、ご確認を』


 何時届いたんだろうね?


『届いたのは、つい先ほどです』


 届いたのは、って事は、殿下が決定したのを知ったのはもっと前って事? あんまり、おおっぴらに盗聴とかやめてよね。バレたら事だわ。


『知られる事はありません。ご心配なく』


 うちの有能執事は時々怖い。


 それはともかく、金獅子のこれからだよ。


「馬鹿共はどうするんですか?」

「明確な犯罪に加担した者は、団長と同様に扱うそうだ。彼等の実家も、素直に勘当に同意したよ」


 家からも見捨てられたか。


「……彼等は、自分達の何が悪かったか、わかっているんでしょうか?」


 リラが、重苦しい表情で呟く。


「わからん。だが、やった事は今更消す事は出来ない。奴らが泣こうが喚こうが罰からは逃れられん」


 本当なら、更生を信じて本人達に罪の自覚を促すんだろうけれど、そういう意味で貴族の世界は甘くない。


 実家から勘当されたという結果こそが、彼等に対する一番の罰かもね。勘当された以上、もう二度と貴族の世界には戻れないんだから。


 他にも、不正に関わっていた官吏達の一斉解雇がなされるらしい。


「人手不足、大丈夫なんでしょうか?」

「それについては、トリヨンサークに行く際に、緊急で平民から官吏の身分に取り立てた者達がいただろう? 彼等を中心に、優秀な平民を採用する道筋が調いつつあるらしい」


 あー、あれかー。平民からの採用は、まだ下級官吏までという制限はあるものの、少しずつ拡充していく予定なんだって。


「それと、レラが王宮に売った道具のおかげで、人手不足が緩やかに解消されつつあると聞いてるぞ」

「へ?」


 売った? 何だろう?


『タイプライターの事です』


 あれか! そういや、未だに書類は全て手書きとかいう、とんでもない世界だったっけ。


 全文、手書きだよ? 印刷技術はあるんだから、必要事項だけ記入出来る書式を作っておけばいいのにね。


 ちなみに、デュバルではいち早く導入しています。結構好評だよ。役所の手続きも、記入欄に書いて提出するだけだから、誰でも簡単に書類を作成出来まーす。わかりにくいところは、窓口に聞いてくれれば教えるよ。




 とりあえず、王宮の上から下まで関係者を洗い出し、相応の罰を下していたから、時間が掛かったという訳だね。お疲れ様です。


 ヴィル様も、伝えるべき事を伝えたからか、肩の荷が下りたとすっきり顔だ。


 カストルがお茶のお替わりをくれたので、そのまま何となく午後のお茶になった。今日のおやつはスコーン。優しい甘さともさっとした食感がおいしい。口の中の水分、持ってかれるけどなー。


 その場の話題は、どうしても今回の一件になる。


「大体、団長採用にどうして貴族の推薦が必要なのかが謎ですよ」

「一応、理由はあるんだよ」


 ヴィル様が苦笑してる。そりゃ理由はあるんでしょうけれど。


「確か、数代前に金獅子が反乱を起こそうとしたと聞いた」

「へ?」


 ユーインから、とんでもない話が飛び出してきた。


「近衛として王族の側に付く騎士団だから、王族の方も油断していたらしい」

「まさか、それが理由?」


 私の言葉に、ヴィル様が無言で頷いた。マジかー。


「それ以来、金獅子の団長が王族への忠誠を翻意しないよう、推薦した貴族が後見として監視するという制度だったんだが……」

「時と共に後見が監視するという部分が、抜け落ちたのだろう」


 一番抜け落ちちゃいけない部分が抜け落ちたのかー。


「銀燐騎士団、黒耀騎士団、白嶺騎士団は、まあ推薦自体が形だけ残っただけなので、問題はないんだ。どこも実力がないと団長にはなれないし」


 銀燐は王宮警護、黒耀は王都の警護、白嶺は魔法士が必要な現場に派遣。確かに、実力やら事務処理能力やらがないと、団長は務まらないね。


「金獅子の反乱未遂が原因で、団員決定も監視付きの団長が決定権を持つ事になったんだ。団長の独断というより、その背後の貴族との相談の末、だったはずなんだが」


 こっちも、表向きの形だけが残っちゃった訳だ。


「どこかで制度そのものを見直す事は出来なかったんですか?」


 うんざりしながらも訊ねてみると、ヴィル様が苦笑する。


「人間、一度手に入れた権益は、なかなか手放しがたいらしい。そういう意味で、今回の一件はいい材料になる」


 わー、最後、真っ黒な笑みですよー。そういうのはロクス様のお得意だと思ってたんだけど。




 制度を変えるには、それなりの根回しと時間が掛かる。議会でも話し合わなきゃいけないし。


 制度によっては、得をしていた人がそうでなくなったり、損をしたりする。当然、反発も大きい。


 でも、それらを全て押し流してしまう手段が、一つだけあるんだって。今回、殿下はその奥の手を使う事にしたらしい。


「という訳で、侯爵には面倒を掛けるが、よろしく頼む」

「はい?」


 どういう事? 諸々が終わって王宮が落ち着いたから、一度顔を見せに来いとヴィル様伝いに伝言をもらったので殿下の執務室に来たら、これ。


 しかも、執務室には陛下と王妃様もいらっしゃる。


 いや、本当にどういう事?


「先ほど言った奥の手はな。新王が立つ時に発布する特別法の事なんだ。こればかりは、貴族達も文句は言えない。という訳で、父上達の隠居が早まりそうなんだ。もう、わかるな?」


 お二人の隠居所の整備、急げという事ですね。わー、大変だー。

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