第477話 両得

 翌朝の目覚めは、大変よろしくなかった。


「眠い……」


 目覚めたのは昼近く。いくら寝たのが深夜二時過ぎとはいえ、ちょっと寝過ぎたらしい。睡眠時間にずれが生じると、戻すの大変なんだけど。


『本日からリズムが戻るまで、催眠光線を使いますので問題ないかと』


 うちの有能執事は鬼かな? とはいえ、催眠光線ほど強くなくていいので、安眠系の術式は使ってほしい。


 ニエールを寝かしつける為にあれこれ開発してきたから、数だけはあるんだよねー。




 私が寝ている間にも、殿下達は起きて仕事をしていたらしい。


 仕度をして朝食と昼食を合わせたような食事を取り、殿下の執務室にご挨拶に伺ったら、何やら物々しい雰囲気だ。


「これから、金獅子騎士団長を捕縛する」


 へー、そうなんですねー。でも、それを私に宣言してどうするんですか? 殿下。


 無言で首を傾げていたら、ヴィル様が補足説明をしてくれた。


「昨日深夜、金獅子騎士団から裏帳簿をかっぱらってきただろう? あれを精査していて、騎士団の横領が判明した」


 ヴィル様、かっぱらうって。言葉が悪いですよ。でも、誰も突っ込まないのね。慣れてきたのかな。


「ルメスは今朝方私に精査した帳簿を渡して帰宅している。侯爵はそのまま起こさずにいたんだが。捕縛に付き合うか?」

「やめておきます」


 面倒そうだし。そういうのは、本職にお願いしますよ。


「私は本日寝過ぎで使い物になりません」

「そうか。なら、ユーインと一緒に帰宅するといい」

「そうします……」


 ああ、まだ眠い。




 王宮からの馬車に揺られつつ、先ほど見送りに来たヴィル様に言われた言葉を思い出す。


 これから、王宮はしばらく混乱するだろうから、その間は近寄らないようにしておけ、だってさ。


 王宮なんて、呼び出されでもしない限り、行きたいとは思わないけれどなあ。


 馬車に揺られてうとうとしていたら、あっという間に王都邸に到着。近いからね、当然だね。


 馬車から降りて、ユーインに支えられながら邸に入る。出迎えてくれたリラとルチルスさんがぎょっとしてるんだけど。何で?


「お帰りなさい」

「お帰りなさいませ……」


 何か、二人共歯切れ悪くない? でも、妙な眠気が続いていて、口に出すのも怠い。


「レラは睡眠が足りていないようだ。今日の食事は目覚めたら食べられるよう、軽食を用意してほしい」

「わかりました」

「ユーイン様、何があったんですか?」

「コアド公爵に、夕べ深夜まで連れ回されたらしい」

「ああ、なるほど」


 リラが何か納得してるー。ツッコミたいけど、その気力なし。




 ふと気付くと、寝台に寝ていた。あれー? いつの間に寝たんだ?


「起きたか?」

「ユーイン?」


 薄暗い寝室の窓際に椅子を置いて、座っていたらしい。私が起きたのを見ると、立ち上がって寝台の脇まで来た。


「レラ」

「何?」

「夕べ、何故コアド公爵と二人で動いた?」


 え?


「深夜、既婚者同士が王宮内を歩き回るなど、醜聞もいいところだ」

「え? いや、それは」

「もちろんコアド公爵にも責はある。後日しっかり問いただすことにしよう。だが、今はレラだ」


 いやいやいや、あの状況で断れないでしょうよ。でも、今のユーインに言っても無駄な気がする。


「もう少し、夫を持つ身だという事を自覚してほしい」

「ええと、それに関しては私自身というより、コアド公爵とか王太子殿下の方に言ってほしいなあと」

「それと、アスプザットとの距離が毎度近すぎる。奴も結婚した身だというのに、自覚がないのか」


 あれー? 何かヴィル様にまで飛び火してるー。てか、今までその辺りをずっと我慢してきたのか。


「ええと、ユーイン」

「言いたい事はまだある。いい機会だ、この際全て話しておこうと思う」

「あ、はい」


 それから二時間くらい、ユーインにお説教を食らった。空腹に耐えかねて、私のお腹が鳴ったから終わったけれど、あそこで鳴らなかったら、その後もずっとお説教だったんだろうか。


 私の腹の虫、グッジョブ。




 その日のうちに、ヴィル様は帰宅せず、そのまま王宮に泊まりになったらしい。


 翌日、リラが着替えを届けに行ってきた。戻った彼女に様子を聞いたら、何だかどんよりした顔をしている。


「受付で渡すだけにしておいたわ。あれは入れない」

「そんなに?」

「うん。王宮全体がピリピリした空気に包まれてたわ」


 近衛である、金獅子騎士団の団長が捕縛されたんじゃなあ。そらピリつきもしますわ。


 ちなみに、ユーインは私と一緒に帰ってきてからお休みになっている。王宮から「デュバル侯爵の護衛をせよ」という命が下ったから。


 いや、側で護衛って。言っちゃなんだが、私に護衛は必要ないんですが。


「表向きはそうしておいて、王宮が落ち着くまで休んで、ついでにあんたの見張りをしておけって事でしょ」


 リラが呆れたように言う。えー? 殿下公認の休日をもらったって思っておけばいいのか?


 ユーインの機嫌がいいので、そういう事にしておこう。なんで機嫌がいいかは、ちょっと触れないでおく。




 そんなピリ着く王宮から、やっとヴィル様が帰ってきた。私が夜中にコアド公爵と金庫破り……破ったっけ? それをしてから、約十日後の事。


「お帰りなさいませ」

「ヴィル様お帰りなさい。大分お疲れですねえ」


 リラと一緒にお出迎えしたヴィル様は、珍しいくらいお疲れだった。目の下真っ黒。どんだけ寝てないのよ。


「とりあえず、やる事はやった。明日から三日、休みをもらったのでしばらく寝る」


 そう言い置いて、ヴィル様達用にしてある部屋に向かった。何か、消化にいいものでも、作り置きさせておこう。


 王宮では大変だったんだろうけれど、王都にはそれほど影響はない。まあ、大変だったのは騎士団周りだけだろうから、他の貴族や王都民には関係ないしなあ。


 と思っていたら、とんでもないところに飛び火していたらしい。ヴィル様が帰宅した翌日、ビルブローザ侯爵家から手紙が舞い込んだ。


「わー。凄い謝罪文。後、直接謝罪に来たいってさー」

「なんでビルブローザ侯爵家から?」

「王宮を騒がせている金獅子騎士団の不正やらなにやらを主導していた団長、前ビルブローザ侯爵の推薦で就任した人だからじゃない?」

「わあ。そんな繋がりが」


 本当に、ビルブローザ侯爵って、前侯爵の尻拭いで大変な思いをしてばかりだよね。今の侯爵の爺さんに当たる人の不始末なのに。


 そういや、なんで息子をすっ飛ばして、孫が跡を継いだのやら。その辺りは、家の事情ってやつか。部外者があれこれ考えるものでもないね。


 大体、それを言ったらうちだって、兄をすっ飛ばして私が家を継いだよ。その兄は、現在母方祖父母の家を継いでるけどさ。




 ビルブローザ侯爵家からの謝罪は、ヴィル様にも相談してみた。


「受けられるようなら受けておけ。断ると、相手の顔を潰す事になる。今後を考えれば、受けた方がいい」


 やっぱりそうなりますか。ここは相手の顔を立てる形で、謝罪を受けましょう。いや、本当に私には何の実害もないんだけれど。


 手紙で日時を決め、当日は相手のたっての願いでユーインとヴィル様も同席する事になった。


「この度は、祖父の行いの結果、大変迷惑を掛けた事、ここにお詫びします」


 ビルブローザ侯爵は、単身でうちの王都邸に来た。まあ、謝罪の場だから夫人同伴もおかしな話だしね。


 しかも、今回の詫びの品として、凄いものを寄越してきたよ。領内にある銀鉱山の権利! これ、凄い価値があるものなんだけど!?


「他の迷惑を掛けた家とは、既に賠償が済んでいてね。デュバル侯爵家への謝罪が遅れたのは、だからなんだ。その詫びの分も含んでいる」

「……正直なところを言ってもいいですか?」

「構わんよ」

「今回、これほどのものをもらうような迷惑、かけられていないのですが?」


 金獅子の馬鹿共に関しては、自ら二日ほどしごいたし、魔法で攻撃されたのも、私にとっては蚊に刺されたも同然。


 それらだって、元を正せばユーインが不快な思いをさせられた報復だし。言うほどの実害はないのですよ。


「いや、聞けば祖父が推した人物が入団させた若手に、ユーイン卿が不快な思いをさせられたというではないか。本来ならば、家同士の争いに発展してもおかしくはない」

「いやいや、その分はきっちり私の手で報復してますので」

「いやいや」

「いやいや」


 堂々巡りー。お互いに譲らずにいたら、同席していたヴィル様から発言が。


「レラ、受けておけ」

「えー?」

「そこで産出した銀を使った魔道具を、ビルブローザ家に割安で卸す契約をすればいい」


 ああ、なるほど。うちは材料を仕入れる金額が抑えられてハッピー、ビルブローザ家は割安で魔道具を仕入れられてハッピー。双方が得をするという訳か。


「ですが、それでは――」

「侯爵、これで引いてほしい。そうでないと、先ほどのやり取りがずっと続きますよ」

「む……それはそれで困る」


 ですよねー。という訳で、ヴィル様の案を採用しましょう! ついでに、卸してほしい魔道具の種類も相談に乗りますよー。


 あ、戦争に使いそうなものは、ちょっと勘弁してほしいですけれど。

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