第476話 大丈夫、任せておいて

 グゼス卿の嘆きを、コアド公爵は全て聞いた。てかグゼス卿、大分溜め込んでいたんだね。


 吐き出すだけ吐き出したら、グゼス卿も我に返ったらしい。


「……数々の暴言、許される事ではないと、承知しております。願わくば、親族や使用人にまで咎が及びませんよう、伏してお願い致します」

「いや、この場は非公式だ。許すも何もないよ。そうだよね? デュバル侯爵」

「そーですね」


 もう、そう言う以外にない。グゼス卿は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。


「今日ここに来たのはね、卿に聞きたい事があったからなんだ」

「……何でしょうか?」


 色々ぶっちゃけたからか、何だかグゼス卿がくたびれて見えるよ。でも、コアド公爵は手を緩めない。


「君が知っている限りでいい。金獅子の不正を教えてくれないかな。出来れば、何か物的証拠が残っているといいんだけれど、高望みだからそこまでは言わない。君に証言してもらえばいいだけだからね」


 笑顔のコアド公爵に対して、グゼス卿はまたやさぐれた笑みを浮かべた。


「私の証言がどれほどのものになりましょう。団長が否と言えば、簡単にひっくり返されますよ」

「大丈夫だよ。忘れているようだけれど、彼の後ろ盾はもういない」


 そういえば、騎士団長……特に金獅子の団長は外部の貴族の推薦を受けないと就任出来ないんだっけ。という事は、推薦した人がそのまま後ろ盾になるって事だね。誰なんだろう?


「ですが、侯爵家がなくなった訳ではありません」

「問題ないよ。先代と今代では考え方も何もかもが違う。それに、今代は先代を恨んでいるからねえ」


 ……何だろう? どっかで聞いた覚えがあるようなないような。


「……公爵は、ビルブローザ家と事を構えるおつもりですか?」


 ビルブローザ侯爵家か! なら大丈夫! ビルブローザ侯爵は、それこそ王家派閥と事を構える気なんてさらさらないから。


 でもそれ、グゼス卿は知らないのか。


「大丈夫だよ。今のビルブローザ侯爵は、前ビルブローザ翁とは違い話のわかる人物だから」

「ですが」

「その事は、こちらのデュバル侯爵も保証してくれる。そうだよね?」

「……そーですね」


 もう、これ以外に何を言えと。




 金獅子内部の不正は、結構あった。経費の水増し請求というポピュラーな横領から始まって、王都民に対する暴行やら王宮侍女に対する脅迫まで!


 王宮侍女に関しては、何人かコアド公爵が名前と辞めた時期を覚えているらしく、脅迫された時期に退職していた事がわかった。


「他にも、子爵位以下の官僚達に対する暴行を含めた嫌がらせは多数あります」

「今更だけれど、もっと早く教えてほしかったよ……」

「私が言ったところで、団長が否と言えばひっくり返ると、先ほども申しました。王宮とは、そういう場所です。王都民に対する暴行や、王宮侍女への不適切な態度もそうです。たとえ被害者が何を言っても、無意味なんですよ」


 あああ、ここにも制度の歪さが。もう、王宮ごと洗いざらい汚職やら不正やら洗い出してしまえばいいのに!


 ……それをやると、回るものも回らなくなるのが人の世なんだけどねー。わかってるんだよ、清廉潔白だけじゃ、政治は出来ない。


 うちだって、有能執事達が裏からあれこれやっているから成り立っている部分があるしね。あれも、表沙汰になったらやべー内容だわ。


 横領に関しては、騎士団長が鍵を持つ騎士団の金庫に証拠の帳簿があるそうな。不思議なんだけど、何で証拠の帳簿を残すんだろうね?


 悪事の証拠なんぞ、残しておかずにとっとと処分しておけばいいのに。


『正しい帳簿がなければ、不正用の帳簿も作りようがないからではありませんか?』


 そんなもんかねえ?




 お話し合いはとりあえず終わり、コアド公爵直々にグゼス卿にはしばらく

この別宅にて待機するようにという命が下った。


 王宮に戻る馬車の中、コアド公爵が深い溜息を吐く。


「まったく、あの爺さんは本当にろくなものを残さないな……」


 あの爺さんは、ビルブローザ翁の事ですよねー。私自身は面識がないけれど、魔の森に発火装置を仕掛けさせた黒幕という事で、いいイメージがない。


「……聞いてもいいでしょうか?」

「何だい?」

「今の金獅子騎士団長を推薦したのは、先代のビルブローザ侯爵……なんですよね?」

「そうだね」


 やっぱりー。で、その先代ビルブローザ侯爵の後ろ盾を得て、今の金獅子騎士団長は好き勝手やってた訳だ。


 でも……


「ビルブローザ侯爵家が代替わりして、もう数年経ってますよね?」

「そうだね」

「その間、現在の金獅子騎士団長を下ろそうという動きは、なかったんですか?」

「これまで、大きな失態がなかったからね」


 えー? それだけー?


「金獅子は、近衛だ。とはいえ、ここ百年以上、オーゼリアは大変平和に過ごしてきた。王族暗殺も、毒が使われる事が殆どになったから、近衛よりは魔法士である白嶺の方に需要があったほどだよ」


 あー、ロア様をお腹のお子ごと毒殺しようとした事件も、ありましたねえ。あの時は、私……というか、うちの有能執事が事前に察知しましたが。


「そういう意味で、金獅子が形骸化してきていたのも、原因の一つかもね」


 金獅子騎士団が、張りぼてのような存在になっていたって訳か。


「だからこそ、ビルブローザ翁からの推薦を受けて、今の騎士団長を採用したという面もある。そういう意味では、今回の事は王家の責任でもあるね」


 とはいえ、当時のビルブローザ翁からの推薦を突っぱねる力は、誰にもなかったんじゃないかなあ。それくらい、権勢を誇っていたようだから。


 結果、爺さんは引き際を誤り、堕ちていった訳だけれど。




 王宮に戻って王太子殿下にご報告ー。まではいいんだけど、何故か今夜は王宮に泊まるように指示が出された。


「ほら、金獅子の連中が襲ってくるかもしれないから」

「え……それなら、王都邸にいた方が安全なんですけれど」

「侯爵は安全かもしれないけれど、僕らが安全じゃないでしょう?」

「いやいやいや、私、白嶺でもなければ金獅子でもないんで。護衛はユーインの仕事ですけれど、それだって王太子殿下の個人的な護衛ですし」

「侯爵、言いたくないけれど、うちのエルは今とっても可愛い盛りだ。一瞬でも目を離したくないほどに」

「はあ」

「そのエルを王都邸に置いて、この僕が王宮に留まるんだよ? 君も留まるのは当然だろう?」


 理不尽!




 まあ、何かあるとは思いましたよ。


「じゃあ、行こうか」

「行こうかって……こんな夜中に」


 ええ、辺りはすっかり寝静まっている深夜。時計の針も揃って一番上を向いておりますよ。つまり、夜中の零時。丑三つ時には、ちょっと早いね。


 泊まった部屋は、王宮でも奥に近い客間で、何故かユーインは王太子殿下に一杯付き合えと連れ出されている。


 兄弟して、企みましたね?


 まだ寝間着に着替えていなかったからいいものの、寝てたらどうしてくれるんだ。


「いやあ、侯爵が寝仕度をしていなくてよかったよ。君のあられもない姿を見たと知られたら、僕がユーイン卿に殺される」


 いや、そこ笑い事じゃないですからね? それと、やっぱりこっちの考えを読めるんじゃないですかねえ? コアド公爵って。


 寝静まった王宮を警備するのは、銀燐騎士団の仕事。通りかかった彼等は、コアド公爵の姿を確かめると一礼して何も言わずに去って行く。


「いいんですかね? あれで」

「いいんだよ。彼等の仕事は王宮の警護だ。僕はほんの少し前までここに住んでいたんだから、王宮に対して何かするつもりなら、彼等に見つからない経路を通るよ。つまり、姿を現している事自体が、何も悪い事をする気がないという証でもある」


 本当かな。コアド公爵なら、それを逆手にとって堂々と王宮で悪さしても、驚かない。


 コアド公爵に連れられて歩いているここは、王宮でも「中」と呼ばれるエリア。割と重要な部署が集まったところだ。王太子殿下の執務室も、このエリアにある。


 何となく、公爵がどこに行く気なのか、わかってきた。


「さて、着いたよ」

「ここ、どこですか?」

「金獅子騎士団団長の部屋だよ」


 やっぱりー!




 コアド公爵は、昼間グゼス卿から聞いた帳簿を押収するつもりらしい。


「金庫って、鍵が掛かってるんじゃないんですか?」

「それはもちろん。ただし、王宮にある重要書類を保管する金庫の鍵は、予備を王宮に提出する規則になっている」


 つまり、どうにかしてその予備の鍵を借りてきたって訳ですね。黙って持ち出したって事は、ないですよね?


 コアド公爵に言われて、部屋の中を魔法で探る。


「誰もいません」

「よかった。いたらどうにかして無力化してもらわないとならないところだったよ」


 それをやるのも、私なんですね。何だろう、王太子殿下よりもこの人の方が人使い荒いんじゃない?


 コアド公爵の持っている鍵で解錠し、そっと室内に入る。うわあ。書類の山だよ。


「整理整頓がなっていないな。今度抜き打ちで昼間に検査にこないと」


 検査って、何の検査? 疑問が頭に浮かんだけれど、口には出さない。出したが最後、その抜き打ち検査に私も同行させられそうなんだもん。


 書類で出来た山が床のあちこちあるから、それをうまく避けて進まないとならない。本当に、書類の整理くらいちゃんとやれよなあ。


「さて、あれだな」


 騎士団長の執務机らしき大きな机の背後に、これまた大きな本棚がある。その下三段をぶち抜いて、厳めしい金庫が置かれていた。


『気を付けてください。その金庫、後付で魔法鍵が取り付けられています』


 マジで? いいのかな、そんなの。


「閣下、鍵を開ける前に、少し」

「何かあった?」

「後付で、魔法鍵が取り付けられているようです」

「へえ?」


 うへえ。公爵が凄く怖い笑みを浮かべている。でも、凄く楽しそう。


「その魔法鍵、解錠出来る?」


 魔法鍵そのものは、オーダーメイドのものではなく、研究所が一般的に売っている鍵だ。これなら、解錠は簡単だね。


「ええと、出来ますけれど、勝手にやっていいんですか?」


 そう、そこが問題。でも、コアド公爵からの返答は簡潔だった。


「いいよ。王宮に黙って勝手に鍵を取り付けるのは違反だから。金獅子が文句を言ってきたところで、先に違反したのは向こうだ」


 ああ、なるほど。ならいいか。


 魔法鍵は二種類あって、定められた鍵以外で解錠しようとすると、大音量が鳴るタイプと、定められた鍵に連絡がいくタイプとがある。


 これは、本来の鍵に連絡が行くタイプだね。まずはそっちの回路を潰して、それから解錠……っと。


「もう大丈夫ですよ」

「侯爵、もしかして、このまま鍵なしでこの金庫、開けられる?」

「ええ、出来ますけれど」


 だって、この鍵単純なシリンダー式だもの。魔法鍵よりも解錠は簡単だよ。


 聞いてきたコアド公爵は、変な顔をしていたけれど。何で?

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