第475話 歪み
王太子殿下と黒耀騎士団長の話に、執務室内はしんと静まりかえった。
「つまり、ここ最近鬱陶しい金獅子騎士団員が出てきた事には、現金獅子騎士団長の存在と、副団長の退団が関係している……という事だね?」
コアド公爵の言葉に、誰も何も言えない。黒耀騎士団長は立場的に意見を言う事は憚られるし、殿下も、言ったが最後それが確定してしまう。
コアド公爵自身、答えを求めての発言ではなかったらしい。
「殿下、早速引退した元金獅子騎士団副団長から話を聞いてこようと思います。許可を」
「許す」
「では侯爵。一緒に来てくれるかな?」
「え?」
何で、私?
「閣下、何故妻の同行を望まれるのですか?」
あ、私より先にユーインが反応した。
「侯爵以上に、私の側で護衛が出来る人材、他にいるかい? 私の行動が金獅子騎士団長に知られたら、何かしらの妨害を受けると思うのだけれど」
別に、私がいなくてもご自身でかかる火の粉は振り払えますよね? この人、剣も魔法も腕がよかったはず。
「どうかな? 侯爵。もしかしたら、途中で金獅子騎士団員から襲撃を受けるかもしれない。そうなったら、いい生き証人だよねえ?」
わあ。それが本音ですかコアド公爵。いくら金獅子騎士団とはいえ、元第二王子であるコアド公爵と、王家派閥の序列がぐんぐん上がっている私を同時に襲えば、言い逃れは出来なくなる。
「それに、侯爵なら常に何かしら記録出来る魔道具を持っているのではないかな?」
バレてるー。ええ、常に身につけてますし、何なら術式だけで記録も可能ですよ。アイデア出したの私だから、術式使用の権利は持っている。
「侯爵、命令だ。ルメスと共に元金獅子騎士団副団長の話を聞いてこい。それとユーイン、お前はここに残れ」
「わかりました」
王命って事なら、断れないからね。ユーインが不服そうですが、彼も王太子殿下の命令には逆らわない。
「では行こうか」
「はい」
そういや、コアド公爵と一緒に行動するって、初めてじゃないかなー。
金獅子騎士団元副団長である、ハベスデンド伯爵グゼス・カシアン卿は、現在王都の外れにある別宅で過ごしているらしい。そこまでは、馬車で行く。
車内には、コアド公爵と私だけ。あえて、護衛は馬車の周囲にいない。公爵……本当に襲撃を待ってるんだ。
窓から外の景色を見ていたコアド公爵が、不意にこちらに向き直った。
「グゼス卿はまだ三十台半ば。このまま隠居生活に入られるのはもったいない。そうは思わないかな? デュバル侯爵」
「そう……ですね」
年齢だけなら確かに。ただ、どういう人物か知らないから、何とも言えない。
とはいえ、黒耀騎士団長の言う事が正しいなら、ボンクラの団長を支えて何とか騎士団としての体を為していたのは、副団長であるハベスデンド伯爵の手腕だって事だけど。
それだけ優秀な人材なら、どうしてその人が団長にならなかったんだろう?
「コアド公爵閣下。不勉強で申し訳ないのですけれど、騎士団長を決めるのは、どなたなんですか?」
「最終的に決定するのは陛下だよ。ただ、金獅子に関しては外部からの推薦がないと、団長にはなれない。それ以外には、団内部からの推薦でいけるけれどね。それと、金獅子以外でも伯爵以上の身分がなければ、団長になるのは無理だ」
そういや、そんな事をゼードニヴァン子爵が言ってたっけ。彼は身分が子爵だから、隊長より上にはいけないって。
「では、副団長までは伯爵以上の身分を持っていれば、実力で上がれる訳ですか?」
「そうなる。ちなみに、金獅子のみ外部の推薦があれば団長になれるのは、副団長が実務を見る事が前提なんだ」
それって、金獅子騎士団長は名誉職って事ですかねえ? ついうっかり顔に出たのか、コアド公爵がにやりと笑う。
「金獅子は近衛なんだから、名誉団長じゃ困るんだけどねえ」
「……そーですね」
本当、気の抜けない方だわ。本当にあの三男坊と血が繋がってるのかね?
「そういえば、侯爵は弟と仲が良かったよね?」
ごふっ。ちょっと待って、こっちの内心、読んでる訳じゃないよね!?
『それはないと思われます』
よかった……
「ええと……元第三王子とは、クラスメイトでした」
「ふうん。仲はよくないという事か」
ノーコメントでお願いします。
「まあ、シイニールは少し甘えたなところがあったからね。侯爵から見たら、子供っぽかったんだろう」
子供……かあ? まあ、自分の願いを周囲が叶えるのは当然、ってところはあったかも。その割には、好きな相手にアプローチ一つ出来ないへたれだったけれど。
それはそれでいいのか。下手にルチルスさんにアプローチしていたら、彼女が迷惑を被っていたと思うし。
何事もなく、馬車はグゼス卿が住む別宅へと到着した。気のせいか、コアド公爵が残念そうなんですけれど。
『周囲に、敵影はありません』
ありがとう、有能執事。コアド公爵の思惑通りにはいかないのは、いい事だと思っておこう。
来訪を告げると、さすがに使用人……執事かな? が驚いていた。
「コ、コアド公爵閣下、並びにデュバル女侯爵閣下……ですか?」
「ああ。急な訪問で悪いが、主であるグゼス卿に取り次いでもらえないかな?」
「しょ、少々お待ちを!」
慌てる執事を見送って、コアド公爵は玄関ホールの端にある椅子にどっかりと腰を下ろした。
「侯爵も座りなよ」
「……失礼します」
椅子は、布張りのなかなかしゃれたデザイン。よく見ると、玄関ホールも狭いながら手入れが行き届いている。
家って、主の性格を映すって言うよね。飾られている絵画や花瓶、そこに生けられている花を見ても、邸の主の趣味の良さが窺えた。
ぼんやり周囲を見回していたら、先ほどの執事を従えた男性が階段を下りてくる。
「ルメス殿下……まさか、本当にあなたがこんな場所にいらっしゃるとは」
「やあ、久しいねグゼス卿。それと、僕はもう王子ではなく、臣籍降下しているんだから、コアド公爵と呼んでほしいな」
「……失礼いたしました、コアド公爵閣下。して、そちらが?」
「うん。今日の僕の同行者、デュバル女侯爵だよ。ああ、彼女は既婚者だから、ローレル嬢と呼んでは駄目だからね?」
「……お初にお目に掛かります、デュバル女侯爵閣下。ハベスデンド伯爵、グゼスと申します。以後、よしなにお願い致します」
「初めまして、ハベスデンド伯爵。本日は、コアド公爵閣下のお供として来ております。どうぞ、よしなに」
グゼス卿は、なかなかイケてるアラサーだ。夫人はいないのかしら? いたら、女性同士でお茶でも飲んでようと思うんだけど。
このままコアド公爵とグゼス卿のやり取りを見ているよりは、気が楽そうだわ。
「さて、グゼス卿。今日は折り入って話があるんだ。侯爵も一緒にね」
わー、逃げ道塞がれましたー。そういや、今日の私は記録係だっけー。もう魔道具だけ公爵閣下に渡して、ここから逃げ帰りたいわ。
場所を客間に移して、お話し合い開始。結局逃げられませんでしたー。
一応、コアド公爵に魔道具を渡す提案はしたんだけど、笑顔で却下されちゃったよ……
「さて、グゼス卿。本日我々がここに来たのには訳がある。当然だね?」
「そうですね。とうとう、金獅子騎士団が崩壊でもしましたか?」
おっとー? いきなり核心を突いた!?
「何故そう思うかは、君だからかな?」
「……私が退団した頃には、既に崩壊が見えていましたから」
「それがわかっていて、何もせずに退団したと?」
コアド公爵の言葉に、グゼス卿が嫌な笑みを浮かべる。
「何もせず? 私が退団させられる事に対して、王家は何もしてくださらなかった! なのに、私には何かしろと!? 冗談じゃない! そこまでの義理は、王家に対してありませんよ!」
やさぐれている。いや、悲しんでいる、が正解かな? 今の叫びも、まるで悲鳴のようだわ。
グゼス卿の言葉に、コアド公爵は何も言えない様子だ。
「陛下は、何を考えてあんな無能を団長に据えたんですか!? その前に、何故団長を決めるのが外部の貴族なんですか!? どうして、団の内部で決めさせてくださらないんですか! 我が団の問題なのに!!」
ここにも、制度の歪さが見られる。団員は団長の意思一つで決められるのに、団長自体は外部の人間の推薦がなくてはなれない。
その辺りの歪みが、今回の問題の根幹なのかも。
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