第474話 雑な篩い
金獅子再教育の二日目。ボイコットしてないといいなあ。もしやったら、殿下経由で不名誉退団になるよー。
一応、その事は伝えてあるんだけどなー。
「お、来てた」
練兵場には、不承不承といった様子の金獅子騎士団員がいる。かすり傷が残る姿で朗らかに笑い合う黒耀騎士団員とは対照的だなあ。
「おはよう、諸君」
「おはようございます! 閣下!」
元気よく挨拶を返してくれたのも、黒耀騎士団員のみ。金獅子、お前らまだ反省していないな?
それにしても、憎々しげに私を睨むのはまだわかるんだけど、その背後でニヤニヤしながらこっちを見ているのは、何だろう?
『彼等、魔法で主様に攻撃を仕掛けるつもりのようです』
馬鹿な事を。自分達がどうしてここに集められているか、まだ理解出来ないのかな。
それとも、女で部外者の私が好き勝手しているとでも思っているのかな。だったら、殿下からあいつらを好きにしていいなんて許可、下りないんだけど。
少なくとも、私は殿下にお強請りしたら、相応の許可がもらえる程度の功績は残している。そして、今後も積み増していく期待が掛けられているし、期待通りにしていく所存だ。
比べて、彼等はどうだろう? 殿下から嫌われ、護衛の任をユーイン一人に奪われている。
殿下だけじゃない。ロア様の周囲にも、壮年以上の金獅子騎士団しか置いていない状況を、おかしいと思わないんだろうか。
……思っては、いるんだろうな、多分。でも、自分達にその原因があるとは、微塵も思っていないんだろう。
「では、本日も始めましょうか」
「よろしくお願いします!」
黒耀騎士団はさすがだね。ユーインやゼードニヴァン子爵の古巣という事もあって、私にとっては最初から印象がいい。
それに加えて、今の彼等の態度がさらにイメージアップに繋がっている。
こんなところも、金獅子騎士団とは違うねえ。
「今日も外周を走るところから。始め!」
私の一声と共に走り出す黒耀騎士団員。金獅子の連中は、動きもしない。別にいいよ? この後、罰ランニングを一日やってもらうから。
そう思って黒耀騎士団の後ろを付いて走り始めたら。
「危ない!」
ユーインの声が聞こえた。それと同時に、周囲に爆発する音。それと同時に、誰かが馬鹿笑いする声が聞こえた。
「はっはっは! 好き勝手やりやがって。ざまあみ……はあ!?」
見かけ倒しの爆発魔法を私に放ったんだろうけれど、結界魔法で全て防いでいるよ。てか、昨日お前らを走らせた外周にも、結界使ってたのにー。
『馬鹿は学習しないのでしょう』
本当にね。これでよく金獅子に入れたな。その辺りも、団長に問題があるのかも。
周囲を見ると、爆発に巻き込まれた黒耀騎士団員がいる。
「大丈夫?」
「え、ええ。少し、怪我をしたようです」
近場にいた騎士に声を掛けると、彼は足に怪我を負っていた。裂けた皮膚からは流れる赤い血。あー、ざっくりいっちゃってるねー。でも大丈夫。
その場で、回復魔法を施す。
「え……怪我が……」
「痛みは少し残ると思うけれど、もう大丈夫だから。他に怪我をした者は!?」
彼以外は、全員かすり傷程度だという。それでも、念の為回復魔法を使う白嶺騎士団員に見てもらった。
さて。
「何を考えて攻撃魔法なんかを使ったのかな?」
私に魔法を撃った者達は、既にユーインの手で全員地に伏している。魔法で上から圧が掛かっているんだけど。このままだと、圧死するよ。
「ユーイン、ちょっと緩めて」
「だが」
「あなたが殺したら、罪に問われちゃうから」
このまま死なせると、私刑を行ったとしてユーインが不利になるのよ。面倒だけど、法には従わないと。
同じ死ぬにしても、高位貴族の命を狙ったとして裁判の結果死罪にした方がいい。
『どうせ死なせるのなら、穴掘り要員としてうちで引き取りましょう』
カストルが容赦ないでーす。
爆発魔法を使ったのは、三人。三人同時に重ねがけしたらしい。
「え……じゃあ、重ねがけして、あの程度の威力だったの!?」
びっくりだ。どんだけ出力絞ったのよ。魔法って、全開で撃つ方が楽なんだけど、練兵場への被害を想定して絞りに絞ったのかな?
私の疑問に、黒耀騎士団長が噴き出した。
「いや、閣下……おそらく、彼等は全力で撃ったと思いますよ?」
「え!? あの程度で全力!? 嘘でしょう?」
だって、結界外にいた黒耀騎士団員だって、死んでないよ? そりゃ一番重傷だった人は、皮膚がざっくりいってたけれど、あれだって骨は折れてなかったし。
驚く私に、ユーインがそっと肩を叩く。何?
彼が指差す先には、うなだれて傷ついた様子の金獅子騎士団員。
「……あれ、何?」
「三人で渾身の一撃を放ったら、軽く躱された上あの程度と評された事で、自信を喪失したのだろう」
いや待って。だって、本当にあの程度じゃない!
呆然とする私に、回復要員としてきていた白嶺騎士団の団員が、そっと耳打ちしてきた。
「閣下の基準で考えてはいけません。彼等は白嶺ではなく金獅子なんですから」
つまり、白嶺ならもう少し威力のある術式を使えたって事かな?
それにしても、金獅子がこのざまとは……これも含めて、殿下にご相談だなあ。
その日の訓練は、当然中止。巻き込まれた黒耀騎士団の皆には、後で詫びの品でも贈っておこう。何がいいかな?
ユーインに聞いたら、あっさり答えてくれた。
「それなら、ワインを送るといい。騎士団で飲めない者はいないから」
なるほど。なら、デュバル産のワインを贈っておこうかな。
『出来のいいものを選んで贈る手配をしておきます』
ありがとう、有能執事。こういう時は考えを読んで動いてくれるの、凄く助かるー。
訓練が中止になったので、事の次第を王太子殿下にご報告ー。という名の密告かなー。
ありがたい事に、黒耀騎士団長も同席して証言してくれるってさ。
「馬鹿な事をした奴らは、うちでしっかり預かっておきます。ご心配なく」
ありがとう、黒耀騎士団。ゼードニヴァン子爵の時も思ったけれど、彼等はキビキビと動いてくれて、見てて気持ちがいい。
ちょっと贔屓度が上がりそうだわ。
黒耀騎士団本部から王宮までは、馬車移動。団長は馬で護衛してくれるそうな。
「まあ、閣下には必要ないかもしれませんが。それでも、形というのも大事なものですからね」
うん、この人が団長をやっている限り、私の中での黒耀騎士団の株は上がり続けると思うな。
王宮に到着すると、案内の侍従を待たずに王太子殿下の執務室へと向かう。ユーインは執務室付だからね。
また陳情者であふれかえっているかと思いきや、執務室は静かだった。魔除けはまだ効いてるらしい。
そして、常なら扉の両脇にいるはずの金獅子騎士団員がいない。だから陳情者であふれかえる事になってる訳ですが。
それもこれも、金獅子団長が不甲斐ないせいだね!
「失礼いたします、殿下。デュバル女侯爵をお連れしました」
ユーインが扉を叩き、来訪した旨を告げる。
『入れ』
中から殿下の声。ユーインが扉を開いてくれて、中に入ると殿下達がちょっと驚いている。あ、黒耀騎士団長も一緒だからか。
「珍しい顔ぶれだな」
「本日、黒耀騎士団練兵場で起こった事件に関して、殿下にご報告をと思いまして」
私がにっこり笑って告げると、室内の空気がぴりっと引き締まった。
「詳しく話せ」
ええ、もちろん。その為に来たんですから。
金獅子騎士団から預かった若手の再教育を行った事、二日目にして、若手が私に魔法攻撃を行った事、実行犯は現在黒耀騎士団預かりになっている事、実行犯以外の金獅子若手も、同様に預かってもらっている事。
「それと、一連の金獅子騎士団の緩みの原因は、団長にあるのではないかという疑惑が浮上しております」
「団長? ……確か、今の団長が就任したのは、八年前かそこらだな」
そこそこ年数いってるなあ。
「今の騎士団長が就任してから、騎士団内で問題は起こらなかったんですか?」
私の疑問に、殿下は意味ありげに答えた。
「報告は、上がってきていない」
思わず黒耀騎士団長を見る。室内の視線、彼に集中しているよ。
「何か、聞いていないか?」
「……噂話程度でしたら」
「よい。話せ」
「では」
殿下に請われて、黒耀騎士団長が話したのは、金獅子騎士団の問題だった。
「団内……特に若手と呼ばれる学院卒業二、三年の者達の教育が間に合っていないようです。王宮内で、下位貴族出身の官僚達と裏で衝突を起こしている……と」
「それを、金獅子騎士団長はもみ消しているのか?」
「ええ」
黒耀騎士団長と殿下のやり取りに、誰も口を差し挟めない。
「それにしても、今までよく表沙汰にならなかったな」
「あそこは、副団長でもっていましたから」
「副団長……確か、三年前に退団したな。健康上の理由だったか」
あら、どこかで聞いた事のあるような理由だね。
「実際には、今の金獅子騎士団長とその周囲にいびり出されたという話です」
「まったく……どうなっているんだ、金獅子は。近衛の自覚があるのか?」
「……近衛の自覚があるから、ではないでしょうか?」
「どういう意味だ?」
「金獅子に入団するには、厳しい審査をくぐり抜けなくてはいけません。本来は。ですが、今の騎士団長に代わってから、家柄のみで採用しているという話も出回っています。何より、騎士団採用は団長の権限ですので、外の人間には採用基準が見えません」
つまり、団長が入れようと思ったら、それを止められる人間は誰もいないって事か。
そして近衛であるからこそ、王族の側に下手な身分の人間を置く訳にはいかない。だから、金獅子に入るには伯爵以上の家柄が必要とされている。
でも、その身分で篩いにかけたはずの人材が、ろくでもない連中ばっかりってのはどうなんだ?
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