第470話 やってきたニエール
今日は二話更新してます。
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とりあえず、口実の差し入れを出しておく。
「差し入れのクッキーです。うちの料理人が作ったので、おいしいですよ。あ、毒見、いります?」
そういやここ、王族が揃ってるよ。王太子殿下に元第二王子殿下のコアド公爵に王弟の元学院長レイゼクス大公殿下。
「いや、いい」
「侯爵が我々に何がするつもりなら、毒なんてすぐに足が付きそうなもの、使わないでしょう」
「教え子を信じられなくてどうする」
三者三様のお返事で、いらないという事になりましたー。てか学院長、それは駄目な答えな気がしますよー。
王宮侍女さんにお茶を淹れてもらい、午後の休憩ターイム。
王太子殿下が出されたソルトバタークッキーを一かじりした。
「ほう? 甘くないのだな」
「甘いものが苦手な人用に、塩気が強いクッキーにしてみました」
「なるほど」
殿下の視線には、薄く笑みを浮かべたユーインがいる。そりゃあ妻ですからあ? 夫の好みは把握しておきませんとねえ?
「これもいいけれど、普通に甘いクッキーの方が好きだなあ」
「そういうのはコーニーに頼んでくださーい」
イエル卿の言葉には、素っ気なく返しておく。だって、余所の旦那の為に作らせた訳じゃないもーん。
「さて、侯爵が来た以上、ただの差し入れではないのだろう。何が目的だ?」
嫌ですわ、王太子殿下ったら。疑い深くなっちゃって。まあ、その通りなんだけど。
「ちょっとご相談をと思ったんですが」
「ほう? 侯爵が私に相談か」
あれ? 王太子殿下が何やら嬉しそうですよ? 何で?
「それは取りやめて、許可をもらいたいです」
「……何の許可だ?」
あ、すんってなった。
「殿下、私に相談してほしかったんですか?」
「いや、そういう訳では……」
何かもごもご言ってるー。
「侯爵、殿下は侯爵に頼ってほしかったんだよ」
「はい?」
はっきり言わない王太子殿下の代わりに、コアド公爵が笑顔できっぱり言い切った。頼ってほしい? 私に? 何で?
「殿下、それはどういう意味合いですか?」
「待てユーイン! お前が考えているような意味ではない!」
「では、ご説明願います」
殿下がユーインに詰め寄られてる。どーどー、落ち着け。多分、ユーインが考えているような意味じゃないから。
王太子殿下は、ロア様一筋だもの。
「殿下、言いにくければ私から言いますが」
「いや、いい。こんな事まで弟に助けてもらっていては、将来が危うい」
そうかな? 王様だからって、何でもかんでも自分でやる必要はないと思うんだけど。
「侯爵には色々と世話になる事が多いから、少しでも返せる時に返しておきたいだけだ」
「あわよくば、貸しを作っておけばいざという時心強いですしねえ」
「ルメスはもう黙れ」
ああ、そういう事。ギブアンドテイクの精神はいいけれど、貸しを作ろうと思っていたとは。
あ、でもこれは使える。
「では、借りを作る形で構いませんので、許可がほしいです」
「何の許可だ?」
「金獅子騎士団の若手を鍛える許可をください!」
室内にいる人、全員の視線が私に向いた。
ニエールが王都に来たのは、差し入れを持っていった日から数えて三日後。まずは陛下の容態が落ち着くのが先って事で、例の件の許可は先送りになっている。
ニエールは、移動陣ではなく列車でデュバルから王都へ来た。王宮に行くから、人の目に触れる形で来てもらった。
ユルヴィル駅で出迎えたニエールは、珍しく令嬢風の格好をしている。
「おー、何かニエール見るの久しぶりな気がするー」
「レラは最近、あちこち飛び回ってばっかりだもんね」
「ぐ……そ、それはやる事があるからであって、決して遊んでいる訳では――」
「まあ、いいんじゃない? レラの仕事に首突っ込む気はないし」
いや、あんたは私の仕事に不可欠な人材だから。
ユルヴィル駅を出た私達は、馬車に乗ってそのまま王宮へ。今回、出迎えは私一人。リラには、王都邸でやってもらっている事がある。
「分室の方は、順調?」
「うん、今は機関車の改良が中心かな? もう少し速度を上げられるようにって注文が来てるから」
「ああ、あれねー」
ガルノバンとの間の山脈の下に掘ったトンネル、あれで行き来すると距離がぐっと短縮出来る。
ただ、トンネルは現在貨物輸送のみの運行だ。問題は、トンネル内の換気にある。今のままだと、乗客が酸欠で倒れかねない状態なんだって。
送風機を使った通風換気と並行して、トンネル内に滞在する時間そのものを短縮する方向で動いているそうな。だから、機関車の速度アップが重要になってくる。だから、分室の一番の課題は機関車関連になるんだな。
「それと、実家の方から追加で何か言ってきた?」
「矢の催促だよ。そのうち、分室まで押しかけてきそう」
そりゃヤバい。分室での研究を邪魔されるのも困るけれど、ニエールに対する親の権限を出されるのも困る。
ニエールって、一度も結婚した事がないからまだ実家の籍に入ってるんだよね。いくつになっても親は親、子は子。
オーゼリアの法だと、親もしくは後見人の決めた結婚に、子が反対する事は出来ない。反対する場合は、家から勘当されるという事になる。
私の場合、実父が決めた結婚をなかった事に出来たのは、正式な後見人が他にいたから。
あれ、伯爵がしっかり動いてくれてなかったら、あのいけすかない男と結婚させられるところだったんだよなあ。
まあその場合、勘当されて晴れて平民になってたと思うけれど。
ニエールも勘当されればいいじゃん、とか思うなかれ。彼女の実家は決して娘を諦めないと宣言しているそうな。
「ここまで来ると、親と子の根比べだね」
「負けないけどね!」
ふふんと胸を張るニエール。まあ、親が選んだ結婚相手が無体な事をしようとしても、魔法で簡単に吹っ飛ばせるからなあ。
「ニエール、一応リラに渡したとの同じブレスレット、嵌めておいてね」
「えー? 必要ー?」
「思い詰めた人間って、意外な力を発揮するものよ」
隙を突いて薬を使われたりしたら、ニエールでも太刀打ち出来ないかもしれない。
既成事実を作られても、ニエールなら気にしないって結婚を突っぱねるだろう。でもさ、いらない傷を負う事はないんだよ。防げるのなら、そうした方が絶対にいい。
私の話を聞いても渋るニエールは、ふと何かに気付いた。
「そっか。あのブレスレットを付けておけば、レラの催眠光線からも逃れられるじゃない! よし! 付ける!!」
「ははは」
私の催眠光線、あのブレスレットもぶち抜けるって言ったら、どんな顔するかなあ?
王宮に到着すると、侍従に案内された。まずは殿下の執務室だそうな。
「へー、王宮ってこうなってるのねー」
「あれ? 来た事ないの?」
「デビュタントの時以来かな」
そうか。考えたら、普段研究所から出ないもんなあ。王宮にだって、入る機会はないか。
王太子殿下の執務室は、陳情のうるさい連中が消えていた。まだ魔除け効果は継続中らしい。
案内してくれた侍従が私達の到着を伝え、扉を開ける。あれ? 殿下だけですか? 他の面子は?
「よく来た」
おおっと、王太子殿下が常よりキラキラしております。陛下が倒れてくたびれ気味だったのが、治ったのかな。
「御前失礼いたします。ペイロン魔法研究所職員、ニエール・キカ・リモアンを連れて参りました」
「リモアン? もしや、リモアン男爵に連なる者か? 直答を許す」
お、さすが殿下。全ての貴族の名前を覚えてらっしゃるんですね。私? 必要な時には、リラが教えてくれるからいいんだ!
最後の一言は、ニエールの立場だと王族への直答は許可がいるから。許可なく直答出来るのは、伯爵以上です。それも、訊ねられた時のみ。
「リモアン男爵家は実家です。もっとも、縁が切れかけておりますが」
「そ、そうか」
実家との縁切りをするつもりだとにこやかに言われては、殿下も何も言えないよねー。
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