第469話 魔除け効果

 風邪という名目で仕事を休んでいるからか、陛下の容態は安定しているらしい。


「その分、殿下にしわ寄せが来てるがな……」


 疲れた様子のヴィル様が、乾いた笑いを浮かべる。後ろにいるユーインも、いつもよりお疲れモードだ。


 隣のリラと、ちらっと視線を交わす。私らに出来る事と言えば、話を聞くくらいかもね。




 旦那二人の職場は国家機密満載の場所なので、それらに該当しない部分の愚痴を聞くことにした。


 ら、まあ出てくる出てくる。


「大体、あの陳情で来てる連中は何なんだ! 文句言ってないで、自分達の力で解決しやがれ! 出来ないなら領地と爵位を返上しろ!」

「金獅子の連中から嫌味が飛んでくる。あいつらの同僚がやらかした事を、忘れているのではあるまいな。明日にでも、王宮できっちり思い出させてくれようか……」


 うん、二人共、それなりに溜まっているんだね。ヒュウガイツから帰ってきて、まだ数日だっていうのにこれだもん。


 陳情の連中に関しては、また差し入れという形で魔除けに行こうかな。使われるのはしゃくに障るけれど、ユーイン達の憂いを晴らす為ならいいや。


 金獅子の方はどうしようね。ロア様にでも相談しようかな。




 そんな事を考えていたら、翌日にはコーニーが遊びに来た。


「聞いたわよ? 何やら兄様達と一緒に、楽しい事をしていたそうね?」


 コーニーの目が怖い。


「楽しい事って……」

「ヒュウガイツ」


 あれかー。いや、あれは楽しい事ではなくてだね?


「クーデターがあったんでしょう? 側で見たかったわ」


 クーデターなら失敗したけれど、トリヨンサークで巻き込まれたじゃないかー。


「大体、ヒュウガイツのそれは公にしちゃ駄目な情報だから」

「この邸でなら、大丈夫でしょう? 私達の話が外に漏れるようなへま、しないわよね?」

「もちろんでございます」


 コーニーに確認され、カストルが恭しく一礼する。いや、そういう事じゃないんだけど……もういいや。


 折角コーニーが遊びに来たんだから、責められるばかりじゃなく、楽しい話題を出さないと。


「そ、それはそうと、最近はどう? 奥様達とのお付き合いとか」

「付き合いはほどほどかしら。それよりも、旦那の愚痴が大変よ。殿下の執務室、色々とあるんですってね」


 あれー? 何故か王宮でのあれこれになってるよー?


 仕方ないか。旦那の職場が一緒だもんね。ユーインやヴィル様の悩みは、イエル卿の悩みでもある訳だ。


「陳情の連中や、金獅子の連中が勝手な事をしてるって聞いたけど」

「あー……金獅子に関してはユーインが、陳情の連中に関してはヴィル様が大分溜め込んでるー」

「やっぱり。似た内容はイエルから聞いてるから。陳情はまだしも、金獅子の方はどうにかするの? レラも迷惑を被った事、あったわよね?」


 あったねえ。絶対に失敗するとわかっている襲撃を、仕掛けられた事がありました。あれを切っ掛けに、金獅子の若手の大半が不名誉退団させられたんだっけ。


 あれ? って事は、ユーインに対する金獅子連中の当てこすりって、私が原因ってところもあるの? いや、金獅子の逆恨みですが。


「いっそ、コアド公爵に相談したらどうかしら?」


 コーニーの言葉に、そういや不名誉退団させられた連中が暴れた原因を思い出す。第二王子であったコアド公爵を次代の王に据えようと画策してたんだっけ。画策っていうか、妄想してたっていうか。


「あの一件、ある意味、公爵にも関わりがあるんですもの。責任を負っていただきましょうよ」

「コーニー、それは不敬では?」

「あら、私は侯爵家の娘で伯爵家の夫人。レラは侯爵家当主。問題はないわ」


 それでも、一応公爵よりは下の身分なんですけどー? まあ、コアド公爵がこの程度で不敬罪に問うとは思えないけどね。


 公爵は現在、王太子殿下の執務室に入っている。つまり、呼び出さずとも執務室に行けば会えるという訳だ。


 よし。


「コーニー、明日旦那連中に差し入れに行こうと思うんだけど、一緒に行かない?」

「差し入れ? ……そうね、面白そうだわ」


 ここでハブにすると、また拗ねられそうだから。先に声がけしておいた。拗ねるコーニーも可愛いけどさー。やっぱり彼女には笑顔でいてほしいのよ。


 ただ、もうちょっと白い笑顔がいいなー。今の黒い笑顔も素敵だとは思うけれどね。




 翌日ネドン邸まで迎えに行くと言ったら、そのままコーニーは我が家にお泊まりになりましたー。


「だって、帰って明日また来るの、面倒じゃない?」


 コーニーだから、いいけどね。彼女の実家も、目と鼻の先だし。


 で、コーニーが今夜我が家にお泊まりするーと王宮の旦那連中に連絡したら、イエル卿も一緒に帰ってきた。


「やあ、デュバル女侯爵、妻がお世話になってます。ついでに僕も世話になりに来ました」


 イエル卿って、多分ポルックスと相性いいよね。そんな彼を横目に、ヴィル様が笑う。


「図々しい奴だ」

「酷いなあ、あ・に・う・え」

「やめろ。厄介な弟なんぞ、一人で十分だ」


 笑いながらのやり取りだから、本気で嫌がってるんじゃないんだろうね。仲いいよなあ、この人達。




 翌朝、三人を送り出してから、厨房に注文を出す。差し入れ用のお菓子を焼いてもらう為だ。


「何を作らせるの?」

「ソルトバタークッキー。ユーインもヴィル様も、甘いものはあまり好きじゃないでしょう?」

「そういえばそうね。イエルは甘いものも好きだけど」


 そうなんだー。


「コーニーは、本当にイエル卿が好きだよねー」

「レラやエヴリラもそうではなくて? あら、イエルじゃないけれど、私もお義姉様って呼ばなきゃ駄目かしら?」

「いえ! 今のままで!」


 リラから断固拒否の意思表示がなされました。でも、それを見たコーニーが面白そうな顔をしていたから、多分拒否できない人の前で呼ぶと思うよ。


 焼き上がったクッキーを持って、王宮に向かうのはお茶の時間の少し前。差し入れだから、その時間に間に合うように持っていかないとねー。


「いい加減、徒歩でも王宮に行けるようになればいいのに」

「無理じゃない? 防犯の為にも、馬車は必要だと思うわよ」

「コーネシア様、もっと言ってやってください」


 リラが酷い。なのに、コーニーはリラに同情的だ。


「エヴリラも大変ねえ」

「ええ、本当に」

「でも、レラの手綱を握れる人ってごくわずかだから、頑張ってちょうだい」

「……精進します」


 ねえ待って。私を余所に、どうして二人だけで話が進むの? おかしくない?




 王宮は、ちょっと慌ただしい感じ。まだ陛下が風邪で寝込んでるって事になってるそうだから、そのせいかも。


 実際は、風邪じゃないそうだけど。倒れて以降の体調は、安定はしていてもまだ無理は出来ない状態だって。


 ニエールが王都に来るのはまだちょっと先だしねえ。あ、そういや彼女の実家にも手を回さなきゃ。


「どうかしたの? レラ」

「うん、ニエールの件でちょっと」

「ニエール? 彼女がどうかしたの?」


 そっか。コーニーにはニエールの見合い問題をまだ話してなかったわ。王宮のあれこれを言うのが先だったから。


「ニエール、また実家から見合いを持ち込まれてるらしいんだ」

「ええ? また? あの家も懲りないわねえ」

「確か、ニエールには弟がいるんだよね?」


 跡継ぎ問題は解決済みのはず。私の確認に、コーニーが軽く頷く。


「ええ、リモアン男爵家にはもう跡継ぎがいるわ。なのに、ニエールに結婚を勧めるなんて」


 単純に、「女の子の幸せは結婚にある」とか思い込んでるんじゃなかろうか。


 うち、そういう親の勧めで結婚して、結果離婚した女性が少なからずいるんですけど。


「じゃあ、金獅子の件を公爵に相談したら、ニエールの件ね」

「そ、そうね」


 コーニー、首を突っ込む気満々だな。凄く楽しそうな笑顔だもん。いや、魅力的ですけどね。




 殿下の執務室には、またしても陳情に来ている連中が湧いていた。まったく、殺虫剤でも撒いた方がいいのかな。


「ごめんあそばせ」


 にっこりと執務室の入り口に列をなしていた陳情者達に声を掛けたら、何故か悲鳴を上げて逃げていく。室内にいた連中も、私の顔を見た途端「急用を思い出しました」とか何とか言って、駆けだしていった。


「……侯爵の効果は絶大だな」


 彼等の姿を視線で追いながら、殿下がぼそりと呟く。


「いえいえ、顔を出さないと効果がないなどと、まだまだですね」


 あの連中には是非とも、殿下の執務室はいつ何時私が来るかわからない場所として認識してもらわないと。


 その場にいなくても恐怖を与える存在。そこまで行ってこその魔除けでしょう。その為には、やっぱりもう少し色々とやるべきだろうか。


 あれ? もしかして金獅子の件、コアド公爵にお願いするよりも、私が暴れた方が効果的?

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