第468話 そっちじゃなくない?

 イズ近海を出航したネーオツェルナ号は、翌日早朝無事ブルカーノ島に到着した。


 仕度を調え、身一つで列車に乗り換え、ブルカーノ島からエイノス新駅へ。臨時便が到着しているので、そちらに乗り換える手筈になっている。


「それにしても、一応は急ぐんですね」

「現在、陛下は風邪で体調を崩したという事になっている。軽い症状だから、二、三日休めば問題ないとして、見舞いも断っている状態だそうだ。我々はヒュウガイツの件を報告するため、出来る限り急いで王都に戻っている最中になる」


 ヴィル様の言葉に納得。急いで移動はしてるけれど、それはヒュウガイツ王国のクーデターの結果報告であって、陛下の身を案じての事じゃありませんよーというポーズという訳だ。


 これから国交を開こうかという国で、いきなりクーデターが起こったら、そりゃ緊急事態だわな。


 で、それにかこつけて陛下のお見舞いもしておこうという事らしい。


「王宮には、数ヶ月前から研究所の回復魔法士が常駐しているそうだ」

「え? それって、陛下の容態を見る為……ですか?」

「表向きは違う。王宮と提携して、新しい回復魔法の術式を開発する計画が立っているそうだ。その実験協力として、回復魔法士達が常駐しているという形にしたと聞いている」


 表の理由を調えたのは、王太子殿下だそうな。研究所の回復担当達がいるのなら、確かに私が急ぐ必要はないね。


 私の回復魔法って、病気より怪我に特化してるから。一応、病気で損傷した内臓や落ちた体力の回復なんかはやるけれど。


 急に倒れた陛下の回復なら、病気特化の回復担当の方がいい。




 無事にエイノス新駅で臨時便に乗り換え、一路ユルヴィル駅へ。駅からは、馬車の手配がされているそうだ。


 一安心……と思ったら、お腹が鳴る。そういや、まだ朝食も食べてなかったよ。


 仕度は王宮に行っても問題ないようにしているけれど、荷物すら持っていない。そっちは別便で王都邸もしくは領都のヌオーヴォ館に送るよう、ヘレネが手配してくれているという。


「それと、こちらもヘレネからです」

「何々? あー、軽食?」


 カストルが差し出したバスケットの中には、サンドイッチとフルーツ、一口大の焼き菓子などが綺麗に詰まっていた。


「移動中に召し上がるのなら、この形の方がいいだろうと」

「ヘレネ、愛してる!」


 何て気の利く子なんだ、ヘレネ! 落ち着いたら、臨時ボーナスでも支給しよう。何か脇から微妙な視線を感じるけれど、気にしない。


 カストルが飲み物を用意してくれたので、ありがたく軽食と共にいただく。ああ、おいしい。


 臨時便の車両は、個室タイプの特等車の一両のみが連結されている。私達の移動用だから、最低限に絞ったらしい。


 ヘレネが用意してくれた軽食は、大変美味でしたー。




 デュバルからユルヴィルまでは通常七時間近くかかる。なので、夜行列車が殆どなんだ。寝て起きればデュバル、もしくはユルヴィルだから。


 でも、エイノス新駅からだと何と約一時間! 短縮されてるなあ。


「単純に、エイノス新駅の方がユルヴィルに近いからでしょうね」

「それと同時に、機関車の改良が進んでおります。開通時より、速度が三割増しとなっているそうです」


 そんなに!? 機関車の改良に関しては、研究所の分室が頑張ってくれているそうだ。彼等にも、臨時ボーナスを支給しなきゃ。


 頑張ってくれる人達には、相応の対価を払わないとね。


 時間短縮のせいか、軽食を食べ終わる頃にはユルヴィルに到着した。四人で交替して歯を磨き、最終的な身だしなみを調える。


 駅を下りて馬車に乗ったら、そのまま王宮行きだ。




 久しぶりのユルヴィル駅を堪能する暇もなく、馬車に乗り換えて王都へ。そのまま王宮に入ってまずは王太子殿下へご挨拶。


 ユルヴィルに到着した時点でヴィル様が連絡を入れていたようで、王宮に到着してすぐに殿下の執務室に向かった。


「よく戻ったな」


 執務室には、いつもの陳情に来る連中の姿が一切なく、いるのは殿下と学院長、それにコアド公爵とイエル卿のみ。


「急ぎました故、旅装のままで御前失礼いたします。ゾーセノット伯ウィンヴィル、並びに妻エヴリラ、デュバル女侯爵ローレル、及びその夫ユーイン、無事帰国しました事をご報告いたします」

「ああ、型どおりの挨拶はいらん。……イエル」

「は」


 殿下の一言で、イエル卿が結界を張った。これ、遮音結界だ。部屋の扉も閉められているから、外から中の会話を聞かれる心配がない。


 結界が張られた途端、殿下が椅子の上で体勢を崩す。


「殿下!」

「問題ない。皆、いいタイミングで帰国してくれた」


 よく見ると、殿下の顔には疲労の色が濃い。当たり前か、自分の父親が倒れたんだもんね。精神的にも疲れるでしょうよ。


 殿下が、視線をこちらによこす。


「ヴィルから、話は聞いたか?」

「陛下が倒れられた事と、表向きは風邪だとしている事は、聞きました」


 私の言葉に、軽く頷いた殿下は、現在の状況を教えてくれた。


「研究所から呼び寄せた回復魔法の使い手達が、一日中貼り付いている。現在、命に別状はないそうだ。ただ、長年蓄積した疲労が、ここにきて出て来ているという」


 過労かな。あ、余所の事言えない……うちでも、セブニア夫人がそれで倒れている。


 ん? って事は、回復ではなく魔法治療が必要なのでは?


「あの、殿下、ちょっと伺いたい事があるのですが」

「何だ?」

「魔法治療は、試されましたか?」

「魔法治療?」


 殿下だけでなく、ヴィル様やコアド公爵、学院長まで訳がわからないという顔をしている。


「陛下の容態が過労……疲労を溜め込みすぎたせいから来るのなら、魔法治療が効くかもしれません」


 ただ、魔法治療って、順番待ちがもの凄い数になってるんだよね。平気で数年待ちだ。


 とはいえ、そこは権力者。いくらでもどうとでも出来るでしょう。それに。


「よろしければ、ニエールを呼んでもいいでしょうか?」

「ニエール? それは誰だ?」


 あれ? ニエールの名前は、王宮ではあまり知られていないのかな?


「殿下、研究所職員の中でも、とびきりの腕前の魔法士です」

「研究所でも? ……という事は、とびきりの変人でもあるという事か」


 わー、殿下ってばわかってるー。




 すぐに呼ぶのは周囲への影響が読めない為、十日ほど待ってからニエールを王都に呼び出す事になった。


「という訳で、時期になったら迎えをやるから。王都に来てねー」


 分室の通信機まで繋いで、ニエールに伝えておく。現在、分室は機関車の改良で忙しいらしいけれど、ニエールはそれに携わってないんだってさ。


 奴の興味は、魔道具よりも術式に向いてるからね。当然かも。


 そのニエール、通信機の向こうで苦い顔をした。


『王都かあ……デュバルの王都邸と王宮の往復でいいんだよね?』


 あれ? 珍しい。ニエールは王都が好きでもないけれど、嫌いでもなかったはず。前にツイーニア嬢の治療で王都に来た時も、こんな顔はしなかったのに。


「何かあった?」

『いやあ……ついこの間、実家から連絡があったばっかりでさあ』


 ニエールの実家っていうと、リモアン男爵家か。一応王家派閥の末席にいる家で、ペイロンの伯爵とも親しい。


 ただ、ニエールが家出同然で研究所に入ってからは、ちょっと伯爵との間もギクシャクしているんだよねえ。おかげで狩猟祭も不参加が目立つし。


 リモアン男爵家としては、ニエールには普通にお嫁に行って欲しかったらしいよ。無茶を言うよねえ。


 で、その実家から連絡が来たとか。


「確認の為に、どんな内容だったか聞いていい?」

『いいよー。いつものあれ。結婚しろーってやつ』

「やっぱりー」


 ニエールの両親も諦めが悪いなあ。


『ただ、今回は親も本気らしくて、王都に行ったら即見合いの場に引きずり出されそうなのよー……』


 え。それは困る。大変困る。


 ニエールが嫁に行ったら、誰があの分室を引っ張っていくのよ。それに、私の考えつくあれこれを実現する為には、どうしてもニエールは必要な人材なんだから。


 これは、リモアン男爵家に涙を呑んでもらうしかないね。

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