第467話 緊急事態

 ヒュウガイツを出たネーオツェルナ号は、フロトマーロの港街ポルトゥムウルビスに入港した。


「おお、大分出来上がってきてるね」


 港付近の倉庫街は、既に完成して既に稼働中だ。港には、大型の帆船がいくつか停泊している。あれ、全部タンクス伯爵の船か。


 ポルトゥムウルビスは八割方出来上がっていて、区画整理された一番奥、高台になっている場所に大きな邸が建設中だった。


「あれ、何?」

「主様の邸ですよ」

「はい?」


 私の質問に、カストルが笑顔で答える。いや待って。私の邸って、どういう事?


「ここ、ポルトゥムウルビスは主様の土地であり街です。当然、主様がいらっしゃる時の為に、邸が必要でしょう? それと、その隣にあるのがこの街の代官用の家です」


 カストルが言う通り、私の邸だと言われた大きな建物の隣に、ちんまりした家がある。いや、単体で見れば決して小さくないんだけど、比較対象が大きくてだね。


「あれはネレイデスとオケアニス、ヒーローズが入る建物ですから、あの程度でいいかと。ここなら、社交の必要もないでしょうし」


 商談なら、ネレイデスの家で十分だという話。いや、私がここに来る機会なんてそうないんだから、入れ替えてもよくない?


 私の提案には、カストルだけでなくリラも難色を示した。


「こういうのは、わかりやすい格付けだから交換は駄目よ」

「エヴリラ様の仰る通りですよ、主様。我々は主様の持ち物。その持ち物が主様より大きな建物を使うなど、あってはならない事です」


 そんなに?




 まだ建築途中とはいえ、内部を見学出来るというので、船から下りて街を見つつ、奥の建物へと向かう。


 船を下りたのは、私とリラだけ。ヴィル様には殿下から何やら連絡が入ったらしく、ユーインを巻き込んで忙しそうにしていたから、置いてきた。


「道幅が大きいわね」

「将来的に、車が通れるくらいに広げてもらってるんだー。大通りは片側三車線でーす」

「それで……ちょっとネオポリスに似てる作りね」


 ああ、確かに。港街という事もあって、機能性を重視して区画整理をしてあるから。


 道路は出来ていても、まだ建物はほぼない。これからここに住む人や、商会の建物なんかが建つのかも。


 建たなかったら……それはそれでいっか。何か使い道が出てくるでしょう、きっと。


 港から少しだけずれて奥に伸びる大通り。その終点にどーんとそびえるのがポルトゥムウルビスにおける私の邸……らしい。


「いや、改めて見ても大きいわ……」

「ヌオーヴォ館より大きいかも?」


 デュバル領都ネオポリスにあるヌオーヴォ館は、言ってみればデュバルの「本邸」だ。その本邸より大きいとか。


 外観は四角っぽい見た目で、直線を多用したすっきりとしたデザイン。随分とモダンな造りだなあ。


 表から見ると横長の長方形だけれど、上から見るとコの字型になっているんだって。今はそのコの字型の折れた先を建設中だそうな。


「表の部分は内装工事の最中ですが、部屋は見られますよ」


 カストルの案内で、邸の中を見ていく。ここの工事に携わっているのは、人形遣いと余所の領から来た職人さんで作るチームなんだとか。


 職人さんは人形遣い達に指示を出して工事を進め、人形遣い達は職人さんから技術を学んでいる。


「職人さん、びっくりしたんじゃない?」

「最初はそうですね。ですが、すぐに慣れたようですよ」

「へえ」


 内装の職人さん以外にも、大工やら石工やら多くの職人が携わっているそうだけど、どの職人さんも驚くのは最初だけで、すぐに人形遣い達に慣れてどんどんと使いこなしているそうだ。優秀だなあ。


 そんな彼等がうちに流れてきたって辺りで、余所の領には頭の硬い頑固な親方が多いってのがわかる。


 その親方達に、感謝しておこうっと。彼等のおかげで、うちはいい人材に恵まれたんだから。


「カストル、他にも余所の領で働きづらく、うちでやっていけそうな人材が見つかったら、スカウトしておいて。頼める?」

「お任せ下さい」


 うちの有能執事が大変いい笑顔で答えてくれました。これは、この先人材確保に期待出来そうだなあ。




 ポルトゥムウルビスを視察した後は、そのまま建設途中のイズへ。イズにも港が出来てるんだけど、ネーオツェルナ号が停泊出来る港じゃない為、ボートに乗り換えて向かう。


 ここでも、旦那連中は何やら難しい顔をしてやり取りをしているので、置いていく事に。


 ただの視察だし、工事を始めた段階でセキュリティは万全にしてあるから、危ない事もないしね。


「さて、やって参りましたイズ!」

「何回聞いても違和感しかないわー」

「いや、だって」

「違和感しかないわー」


 リラが酷い。いきなり街の名前を決めろとか言われて、ぱっと思いつく名前なんてそうないよ!


「今度新しい街の名前を決める時は、リラの名前を使う事にする」

「ちょっと! 何で私の名前!? そこはあんたの名前でしょう!?」


 つーん、知りませーん。


 イズは、かなり大規模工事を必要とする場所だからか、まだまだ形が整っていなかった。


「どこもかしこも工事中って感じだね」

「仕方ないんじゃない?」


 まあ、乾燥した大地にいきなり緑豊かな土地を作ろうってんだから、そりゃ手間暇がかかるよね。


 イズの特徴は、水が豊富な事。海水から真水を作る魔導具を複数使い、贅沢な水の使い方をしている。


 具体的には、街のいたる場所にある噴水。そして街の奥に作ってる最中の小高い山の上から、水を流す人工的な滝。滝というか、階段状の水路だね。


 この水路、一度水を山頂まで通して、そこから流すというもの。しかも、山中のあちこちにも別の人工水路が作ってあって、散歩コースも作る。


 こちらの人工水路、自然な水路に見えるよう工夫がしてあるそうな。まだ水を流せる状態じゃないから、確認出来るのは先になるけれどねー。


 山の水路を廻る散策路には、所々休憩所代わりの東屋を設える予定。


「それだけでなく、山頂には古代風の神殿や、山中に古いデザインの岩城を作る予定です」

「おお!」


 古いもの大好き! うんと古いのも、中途半端に古いのも好き!


「いや、王都や領都でいくらでも城だのなんだのは見られるじゃない」

「それとこれとは別!」


 リラには呆れた顔をされたけれど、別ものは別ものなのだよ。




 イズは完成が楽しみだなあ。いや、他の街もそうですが。


 現在、手に入れた海岸沿いの土地で工事が始まっているのはイズ、トイ、シモダの三箇所。


 それ以外にも、まだ基礎工事に着手していない仮名四号と五号の土地がある。さすがにそっちの視察は、またの機会かなあ。


 船に戻ると、何やら深刻そうな旦那達がいた。


「どうしたの? 二人共。何か、王宮であったとか?」

「ああ」

「え?」


 冗談のつもりで言ったら、真顔のヴィル様に肯定されちゃったんだけど。


 呆然としていたら、私の代わりにリラが聞いてくれた。


「何がありました?」

「陛下が倒れられたそうだ」

「ええ!?」


 呆然としている場合じゃなかった。


 本当なら、この後トイ、シモダ、それにブルカーノ島のテーマパークを視察していく予定だったんだけど、予定を変更。すぐに戻る事になった。


「移動陣、使いますか?」

「いや、そこまではしなくていいと殿下から言われている」


 って事は、陛下が倒れられたと言っても、緊急ってほどじゃないんだね。


「なら、最速で戻りましょう」


 全ての視察のスケジュールをキャンセルし、急ぎブルカーノ島へ。イズ近海からなら、一日でブルカーノ島へ到着するはず。


「明日の早朝、ブルカーノ島へ到着する予定になります」


 カストルの言葉に、ヴィル様が軽く頷く。ブルカーノ島まで戻れば、後は列車だ。一度デュバルへ戻って乗り換えが必要だけど、馬車で行くより早いでしょう。


「主様、デュバルまで戻らずとも、エイノス新駅で乗り換えられるよう、手配しておきます」

「エイノス新駅?」

「旧マゾエント伯爵領のうち、エイノス侯爵家取り分の領地へと入る街道上に作った駅の事です」


 ああ、そういう事か。でも、なんで新駅?


「エイノス駅自体は、エイノス侯爵家の領地付近にあるからです」


 区別の為に、新領地もよりの駅って事で、新駅ね。


 じゃあ、そこで乗り換えられるよう、手配よろしく。

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