第466話 ちょっと待った

 ヒュウガイツのクーデターは無事終了。ポルックスが陰から助力していた地方の小クーデターも無事に完了したらしい。


「これで少しはこの国も過ごしやすくなるかもねー」


 なるといいね。


 非公式の謝罪から一夜明け、翌日には水取引と鉄道敷設のお話し合い。


「水はぜひ!」


 新王から、前のめりでお願いされちゃったよ。王都はまだしも、内陸に入ると深刻な水不足らしいんだ。


「これ、ここにもため池作った方がいいのかね?」

「いっそ、海水から塩分を除去する魔道具をリースした方がいいんじゃない?」


 小声で呟いたら、隣のリラから提案が来た。うーん、これは私一人で判断していい事かなあ。


 ため池程度なら、自分の裁量でどうとでも出来るよなあと思うけれど、海水を飲めるようにする魔道具はさすがに効果がありすぎて。


 とはいえ、このままヒュウガイツの国民を見捨てるのも気が引ける。何せ、内陸の砂漠化はうちのご先祖様が遠因だし。


 よし、魔道具の件は、ヴィル様に相談して決めよう。当面は、トレスヴィラジの水を売るって事で。あれはおいしいから、金持ち用にしてもいいし。


 鉄道の方は、敷設やメンテにかかる費用を全てこちらが持つ代わり、運賃や敷設場所をこちらが決められるといういつものスタイル。


 これにも、諸手を挙げて喜ばれましたよ。ヒュウガイツ、地方への街道がメンテ不足でガタガタらしい。よくこれで今までやってこれたなあ。


「貴族は馬車より馬で移動しますから」


 そういや、この国は年間降雨量が少ないんだっけ。……そんな条件から、映画の街になった場所、あるよねえ。


 いっそ、映画を作ってヒュウガイツを撮影本拠にするとか? その場合、土地は買い取りますが。




 一旦お話し合いが終わり、部屋に戻る。今度はちゃんと同じ階層でーす。


「魔改造しなくて済むから楽だね」

「これが本来ある姿だものね」


 本当だよ、まったくもう。朝食の後からずっとお話し合いで、昼食もその延長みたいなものだったから、さすがに疲れたわー。


 今は午後の四時。お茶には少し遅い時間かな。でも、カストルとポルックスが用意してくれていた。


「お帰りなさいませ、主様」

「お疲れちゃーん」


 ポルックスもすっかり調子が戻っているらしい。いいんだか悪いんだか。


 テーブルの上には、ショートブレッド。飲み物は私とリラにカフェオレ、ユーインとヴィル様にブラックコーヒー。


 お菓子が少ないのは、夕飯を意識しているからかな。でも、このくらい軽い方がちょうどいいや。


 和やかなティータイムに、いきなり雰囲気ぶち壊しの話題を出す。


「ヴィル様に相談があります」

「何だ? 鉄道の件か?」

「いえ、そうじゃなくて……水の事なんですけれど」

「トレスヴィラジの水を売る話か?」


 ヴィル様に確認されて、思わずリラと顔を見合わせる。


「実は、私が言い出したんですが」


 そう前置きをして、リラが海水から塩分やゴミを除去した水を作る魔導具について話した。


「それを、リースという形でヒュウガイツに提供してはどうかと思いまして」

「ただ、こういうのって私の一存で決めていいものかどうかわからなかったから……」


 それで、ヴィル様に相談した訳です。何故相手がユーインじゃないかといえば、彼は騎士団から殿下の護衛に移った人だから。


 つまり、政治向きの話には不向き。その点ヴィル様は学院を卒業してからずっと殿下の側仕えをしていた人。政治向きの話にも明るい。


 そのヴィル様は、私達の話を聞いても即答しない。やっぱり、その場で決めていいものじゃなかったんだ。


 ハラハラしながらヴィル様を見ていたら、思ってもいない事を聞かれた。


「聞きたいんだが、その魔道具、どうして作る事になったんだ?」

「え……フロトマーロで、必要だなと感じたので……ですね」


 必要は発明の母だよ。もっとも、海水を真水化する機械自体は、前世の記憶から引っ張り出したけれど。


 魔法でやると純水ではなく、おいしい水になるからいいよねえ。


 私の返答を聞いたヴィル様は、ちょっと眉根を寄せる。


「それは、国に対して提供したという事か?」

「いえ、国に対してではなく、私が買った土地に設置してます」

「土地……あの、びーちとかいう場所か?」

「いえ、それ以外にも。港街であるポルトゥムウルビスにも設置していますし、現在建設中の街にも全て」


 あ、ヴィル様が驚いている。ちらりとリラを見ると、彼女もこちらを見ていた。


「私は話してないわよ?」

「そうなんだ」

「当たり前でしょう? 国同士の話になるならいざ知らず、フロトマーロの海岸線開発はデュバル単体での事業じゃない」


 それもそうか。


「それに、港街やビーチ以外の開発は、私もついこの間まで知らなかったし?」


 おおっと、リラの視線が厳しい! いや、わざと言わなかったんじゃなく、言ったつもりになっていただけで。


 言い訳めいた事を考えていたら、ヴィル様から質問がきた。


「レラ、貸して貰ったこの通信機、ここでも使えるよな?」

「使えますけれど……どこに連絡を?」

「殿下へ」


 わー、本当に話が大きくなってるー。うちの通信機、距離に依存しないから、ここからでもオーゼリアに連絡入れられるんだよねー。




 別室にて、携帯通信機を使って話していたヴィル様が、席に戻ってきた。


「結論から言おう。その魔道具はちょっと待ってくれ」

「わかりました」

「ヒュウガイツと、国としてどこまで付き合うか、王宮でもまだ決めかねているようだ」


 今までが今までだからねー。一応、今回のクーデターを受けて国交樹立は決定したんだけど……てか、今までなかったんかい!


 まあ、貴族家や商会単体での付き合いはそれなりあったそうなんだ。でも、それだけ。正式な国同士のお付き合いはこれからだってさ。


 そんな国が相手なので、今回はちょっと見送ってほしいって事らしいよ。海水から真水を作る魔導具は、インパクトが大きすぎるらしい。


「だから、殿下から待ったがかかった」

「あー……ちなみに、トレスヴィラジの水を売る分には、問題ないんですよね?」

「それは今まで通りの『個人間の付き合い』相当だからな」

「ついでに、フロトマーロの私の土地に設置するのも、問題ないですよね?」

「ああ」


 よかった。今更「それは駄目」とか言われたら、暴れるところだったよ。


 真水化の魔道具に関しては、リラが私に提案しただけなので、ヒュウガイツ側には一切報せていない。なので、この話はここまでだ。


 鉄道やら水売りやらで話が通ったから、それでよし。




 全てが終わったので、オーゼリアに帰る事になった。グウィロス卿から子供達に会ってやってくれないか、と言われたけれど、断っている。


 だって、そんな仲良しだった訳じゃないもん。ただの顔見知り程度だよ。口にはしなかったけどねー。


「今回のクーデターって、表向きはどういう形になるのかしら?」

「さー? 王様が急病で倒れ、側近も倒れた。流行病かもーって事で、そいつらは一箇所に隔離して、王位が空くのはいけないから、暫定で王位に就ける人が就いた。その後、治療の甲斐なく王が病没、暫定の王はそのまま新たな王として即位……って感じじゃない?」

「まあ、クーデターで国を乗っ取りましたとは、言えないわね。しかも、裏で糸を引いてるのがここにいるなんてねー」


 リラはちょっとうるさいですよ。


 そんな私達は、帰路の船の中。途中、フロトマーロに寄って港街ポルトゥムウルビスや建設途中の街の様子を視察していく。


 船内のロビーでぼやーっとしつつ、リラからの報告を聞いていた。


「ポルトゥムウルビスは既に稼働していて、タンクス伯爵家の船が停泊しているそうよ。それと、船会社の方には、いくつか貨物船使用の申し込みがあるって」


 ほほう。小王国群との貿易が盛んになるかなー? そうなると、フロトマーロは一大輸出中継地として発展するかも。


 小王国群からの輸出品で一番の品は何と言っても砂糖。オーゼリア国内では生産出来ないからね。


 それに、香辛料と花、後少量だけど小麦もあるそうな。一年中晴天が続くから、水さえ何とかなれば作物は育ちやすいんだと思う。


 あれ? もしかして、フロトマーロでは米も作れるんじゃない?


 オーゼリアの主食はパンなどの小麦製品だけど、一部米食も根付いている。私達以外の転生者が、頑張った結果かな。


 オーゼリア国内でもいくつか米を生産している領地はあるけれど、あまり多くないんだよね。


「カストル、デュバルでは米って作ってるよね?」

「はい。デュバルは山脈からの豊富な水源がありますから」

「フロトマーロでも、米って作れそう?」

「出来ない事もないと思いますよ。ですが……作る必要、ありますか?」


 うーん、そこなんだよなあ。今のところ、温泉街では需要があるんだ。宿だけでなく、温泉街にある食事処で出す定食などには、ご飯ものが多い。


 ただ、あそこで消費する分だけなら、領地内で作る量で事足りるんだよね。


 では、フロトマーロで米を作ってどうするか。


「酒が造れないかと」

「醸造という事ですか?」

「そう。ついでに、大豆も作って味噌と醤油もフロトマーロで作れないかなー」


 今のところ、温泉街で使う分と、ヌオーヴォ館や王都邸で偶に使う程度の量は、カストルが用意してくれている。


 でも、そろそろきちんと生産体制を整えた方がいいかなーって。


「というか、米麹ってあるの?」


 リラの疑問に答えるのは、カストル。


「ございますよ。前の主が執念で作り上げました」


 執念で作れるものなんだ、米麹って。


 それにしても、こういう新しい何かをやるって時に、いつもなら反対意見を唱えるリラが乗り気だ。


「リラ、今回は反対しないんだね」

「まあ、米味噌醤油と聞いて反対する日本人はいないでしょう」


 色々と言葉が足りない気がするけれど、言いたい事はよくわかる。どうしても食べたい! とまでは言わないけれど、あるならやっぱり食べたいよねー。しかも、なるべくおいしいものを。


「米味噌醤油が揃ったら、おいしい焼き魚定食が食べられるし。刺身定食もいいわよね。あと鳥の照り焼きとか、芋の煮っ転がしもいいなあ……」


 珍しく、リラがトリップしています。おいしいものは、正義だから仕方ない。

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