第461話 王城内部潜入成功

 板の上に載せられた首は、全部で五人分だという。あの時の兵士、五人もいたっけ?


「へ、陛下……港で我々を牢に入れた兵士は、二人だけだったはずですが……」

「はっはっは、面白い事を言うな、グウィロス卿。その二人には上官がいたに決まっているではないか。ここにあるのは、港を守る兵士とその責任者共の首よ」


 責任者が嫌な責任の取らされ方しちゃったか。多分、私達が牢に入れられた事すら知らなかっただろうに。


 それにしても、グロいものを直接見なくて済むって、気が楽だね。普通の精神でいられるよ。


 リラも同じように結界を張られているはず……と、向こうもヴィル様がしっかり抱えておりました。まー、そりゃそうなるわなー。


 緊迫した空気の中、ヒュウガイツ王だけがやたらと楽しそうだ。


「我が国の王族であるグウィロス卿だけでなく、わざわざオーゼリアから来た客人を、確認もせずに牢屋に放り込んだのだぞ? 我が国の印象が悪くなるではないか。そう考えれば、この者達の罪は深いぞ? そうは思わんか? カサロバ卿」


 名指しされたカサロバ卿は、即答しない。


「何か思うところがあるのであれば、申せ」

「恐れながら、申し上げます。罪人達の事には言及しませんが、ご婦人方の前にこのようなものをさらすのは、如何なものかと」

「ふむ。そうか。いや、婦人方には少々刺激が強すぎたか。これは我の配慮が足らなんだな」


 意外にも、カサロバ卿の言葉を聞き入れたらしい。


「さて、では謁見はこれまでとしよう。しばらくはこの城に滞在するがよい。すぐに部屋へ案内させよう。誰ぞ! 客人を案内せい!」

「それは、私が」

「おお、そうか。ではペドス、任せたぞ」


 どうやら、ここまで案内してくれた人……ペドスという人物が、ここからも案内役を務めるらしい。




 王の間から階段を下り、下の階に着いた途端、ペドスは私達を振り返った。


「ここからは、お客様方とグウィロス卿、カサロバ卿とは別の階になります」

「何だと!?」


 噛みついたのは、カサロバ卿だ。だが、ペドスは嫌な笑みを浮かべるばかり。


「おお、恐ろしい。私は陛下の命に従っているだけですのに」


 はて、あの場で私達を別々に案内しろなんて、言ってたっけ?


 カサロバ卿も同じ事を考えたのか、グウィロス卿と顔を見合わせている。


「時にグウィロス卿、こんなところでもたもたしている余裕はないのでは? あなたに用意された緑の階では、お子様方がお待ちですよ?」

「子供達が!?」


 双子は無事……のはずだよね?


『無事ですが、大分憔悴しているようですね』


 あー、城に軟禁生活だったからかな?


『それもありますが、常に命の危険が側にあったからではないでしょうか』


 どういう意味?


『ヒュウガイツ王による、精神的虐待が行われていたようです』


 は?


『上の空間で行われたような事が、日常茶飯事的にあったようです』


 毎日生首見せられたってか? え……そんなに頻繁に人が殺されてるの? ヒュウガイツの人口、減ってない?


『減少傾向ですね』


 大分ヤバいね、この国。




 結局双子の命には替えられないと思ったのか、グウィロス卿とカサロバ卿は苦い顔のまま兵士に連れられて行ってしまった。


 私達はといえば。


「では、ご婦人方はこちらへ。御夫君方はこちらの者が案内します」


 おいおい、夫婦で部屋を分けるってか?


「待て。我々を引き離すつもりか?」


 低いヴィル様の声。大抵の人間ならビビりそうなものを、ペドスはへらりとした笑みで躱す。ヴィル様が怖くないのかな?


『甘く見ているのでしょう。普段見ているのが、アレですから』


 えー……違う意味でヴィル様は怖いよ? 私と違って、対人戦だって強いんだから。


『……』


 何か不穏な気配を感じる。カストル、言いたい事があるのなら――


「滅相もございません。ですが、ご婦人方は特別におもてなしせよと、陛下からのご命令でして」


 またしても、引っかかる。あの場では、そんな事言っていなかったよね?


『事前に王と打ち合わせ済みです』


 わー、やな感じー。


『部屋に通されたら、すぐに結界を張る事をお薦めします。王が主様を狙っているようです』


 え? それはヒュウガイツ王自ら私を殺すって事?


『……女性として、です』


 あ、そっちか。


 ペドスとヴィル様がにらみ合っていてもらちがあかないから、横から口を挟む事にした。


「ヴィル様、私達なら大丈夫ですよ。それよりも、連れてきた使用人達は今どこかしら?」

「それなら、お二方の部屋に通してあります」


 なるほど、本当に最初から決められてた事なんだ。オケアニスは、無事に部屋に入ってる?


『はい。エヴリラ様の護衛は、オケアニスだけでも十分かと』


 一応、いつも付けている護身用の腕輪は、今回も着用済みだ。地味にアップグレードしているから、問題はないと思うけれど。




 何とかヴィル様を宥めて、ペドスと共に移動中。何でも、私達に用意された部屋は本来王城に住まう王族の為の階層なんだとか。あからさまだなあ。


 今居るのは、謁見の間である最上階から二つほど下の階層。白銀の階と呼ばれる階層だそうな。確かに、廊下の壁は白……というか、白銀色? だね。


「こちらがデュバル侯爵閣下、その隣がゾーセノット伯爵夫人の部屋です」

「案内、ご苦労様」

「私はこれで。ああ、後で陛下がいらっしゃると思いますよ。では」


 嫌ーな笑みを残して、ペドスはその場を去る。部屋の扉の脇には、武装した兵士が二人ずつ。これは、脱走防止用かな?


『そのようですね』


 意味ないけどねー。とはいえ、ここで暴れる訳にもいかない。


「お部屋へどうぞ」


 厳つい兵士が扉を開き、部屋に入る事になった。私が入って、リラが続こうとしたら、兵士に阻まれる。


「ちょっと!」

「ここは侯爵閣下のお部屋です。隣の部屋へどうぞ」


 ここでも分断するってか。慌てるリラを見て、軽く頷く。うん、隣同士なら、どうとでも出来るから。


 兵士によって扉が閉められる。部屋の中には、オケアニスが二人。それと。


「お疲れ様でした、主様」

「まったくね。隣の部屋とは、どこを繋げばいいかな?」

「私が出入り口を作っておきましょう」


 そう言うと、カストルは部屋の奥へと向かった。ほどなくして、リラと

一緒に戻ってくる。


「まったく、何なのこの国。感じ悪いったらないわ」

「まあ、敵国だからね。こんなもんでしょう」

「それにしても、王が来るって言ってたわね?」

「えー、カストル曰く、こちらを狙ってるそうでーす」

「うげ」


 嫌そうな顔で、リラが自分の肩を抱く。そうか、狙ってるって言われたら、普通はそっちを連想するものなのか。


 てっきり首を狙ってるのかと思っちゃったよ。口にしたら、リラに凄い呆れた目で見られたけれど。




 私の部屋もリラの部屋も結界を張って、誰も入れないようにしておいた。


「これで一安心」


 カストルが出してくれたお茶と茶菓子で、一息。


「ウィンヴィル様達は、大丈夫かしら?」

「あの二人なら、問題ないでしょう。その気になったら、二人だけでこの王城を落とせるくらいの戦力だもん」

「ああ、そうね……」


 リラの目が遠い。


「カストル、ポルックスの方はどう?」

「めぼしい相手に接触は出来たようです。ただ、やはり思考誘導が必要ですね。そのうち、主様に許可を求めてくるかと」

「駄目だったかあ……」


 現在、ポルックスは何人かのオケアニスと共に別行動中だ。穏健派と呼ばれる王族の中から、次の王になれそうな人材を探してもらってるんだけど……


 どうも、カストルからの事前情報通り、いまいちな人材ばかりだという。


 穏健派と言われるくらいだから、誰も戦争はしたくない、国民の命大事って人ばかりなんだけど、その為に自分が王になるって気概がないというね。


 とはいえ、その穏健派を率いてクーデターを起こしてもらわないといけないんだから、頑張ってもらおう。


「それと、軍部の方は意見が割れているようですね」

「そうなの?」

「現王についていれば甘い汁を吸えると判断している者が多いのですが、いつ難癖を付けられて処刑されるかわからない恐怖もあります。そこから離反者が出そうなんですが……」

「離反した途端、処刑だもんね。そりゃ怖くて動けないわ」


 かといって、地下に潜って活動するという事もないらしく、軍内部の離反者は散らばっちゃってて一つにまとめるのが大変なようだ。


「要は、求心力のある人がいないって事だよね?」

「そうなります」


 カリスマ性のある、誰が見ても納得出来る人材。……無理だなあ。オーゼリアだって、今の王家に不満を持つ貴族がいるくらいだもん。


 実際、何人かは陛下や殿下の命を狙った訳だし。


 今回の計画、うまくいくのかね? ちょっと不安になってきた。


「大丈夫ですよ、主様」

「何か、いい案でもあるの?」

「いざとなったら、主様がこの国を制圧すればよいのです」


 いや、そんな怖い事をいい笑顔でさらっと言われてもね?

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