第458話 船旅
ペイロンの伯爵への挨拶も無事終え、順調にヒュウガイツへ出発した。
メンバーはヴィル様リラ夫婦と、私夫婦。それにカストル、ポルックス、世話係兼リラの護衛としてオケアニス、ゲストのグウィロス卿、船長のヘレネ。出航はブルカーノ島から。
フロトマーロのポルトゥムウルビスまで移動陣で向かい、そこから出航という案も出たんだけど、カストルから待ったがかかった。
「念の為、フロトマーロの港は隠しておきましょう」
誰に対して隠すのか、はっきり聞かなかったけれど、まあヒュウガイツ全体に対してなんだろうなー。
その証拠に、グウィロス卿は王都からブルカーノ島出航まで、ずっと眠らされていたから。
彼が目覚めるのは、多分明日以降。いやあ、催眠光線はよく効くねえ。
「海はいいなあ」
「はいはい。それはいいけれど、乗り出すと落ちるわよ」
「大丈夫! 落ちてもちゃんと戻ってこられるから!」
「さようでございますか」
ただいま、ネーオツェルナ号のデッキにいる。手すりから乗り出して海を覗き込んでいたら、リラに注意されたー。
一緒にギンゼール行く時の船にも乗っていたはずなのになあ。あの時、私は何も身につけずに海の上を移動してカニやらエビやら採ってきたのにー。
今朝方ブルカーノ島を出航したネーオツェルナ号は、順調に大陸の南側を航海中。
オーゼリアと小王国群、そしてヒュウガイツの位置関係は、時計の文字盤で例えると一番わかりやすい。
七時半から九時半の辺りがオーゼリア、五時半から七時半が小王国群、四時から五時半がヒュウガイツだ。
ちなみに、九時半から十一時辺りがガルノバン、十一時から二時がギンゼール、二時から四時がトリヨンサーク。
こうして見ると、ガルノバンとヒュウガイツの国土が少し小さめだね。とはいえ、あくまでこのくらい、という位置だから。
出航して数時間、そろそろ昼の時間という頃合いになって、ようやくグウィロス卿が目を覚ましたらしい。
メインダイニングに到着した彼は、何だか酷く疲れて見えた。グウィロス卿をを案内してきたヘレネに、こっそり聞いてみた。
「グウィロス卿、どうかしたの?」
「この船に酷く驚かれたようです。ここまで来るのに、一通りの船内設備を案内してきましたから」
ああ、なるほどー。うちの船はどれも、設備が充実しているからね。とはいえ、ネーオツェルナ号は少人数でのクルーズを目的として建造されているから、用意してある設備も幾分規模が小さい。
やはり、船旅を楽しむのならレーネルルナ号ではなかろうか。あっちは巨大クルーズ船なので、各種設備もしっかり調えている。
「ネーオツェルナ号の設備も、ちゃんと調えておりますよー」
ヘレネ、笑顔がちょっと怖いよ? いや、何もネーオツェルナ号が悪いと言ってる訳じゃなくてだね。
ネーオツェルナ号は、現在フロトマーロ沖を航行中。ヒュウガイツには、このままだと二日後には到着するらしい。そんなに早いんだ。
「クルーズの場合は、船足をわざと遅くしていましたから。お客様には、ゆっくりと船旅を楽しんでいただきたいですし。ですが、今回は急ぎとの事ですので、通常の速度に上げております」
説明ありがとう、ヘレネ。
本来なら、帆船で一月以上かかるっていう距離なのになあ。まあ、うちやガルノバンの船は帆ではなく、魔道エンジンを積んでるから。
ガルノバンはどうかわからないけれど、うちの船は魔道エンジンで水流を生み出し、それを推進力にしている。スクリューを回してる訳じゃないんだって。よくわかんないけど。
ともかく、二日後にはヒュウガイツに到着している。それだけわかっていればいいや。
その事をグウィロス卿にも伝えたんだけど、どうもこの人の顔色が悪い。何で?
「何か、心配事でも? ああ、お子さん達の無事は、確認済みですよ? 方法は言えませんが」
「ありがとうございます、閣下……いえ、あの子達の事も心配なのですが、国に帰った途端、陛下に処刑されるのではないかという恐怖が……」
ああ、そういやあ交渉が決裂した場合、グウィロス卿も双子共々処刑されるんだっけ。
「まあ、大丈夫でしょう。一応、交渉はうまくいったと見せかける訳ですし。その為の私達ですよ」
私の言葉に、グウィロス卿はちょっとだけほっとしている。
カストル調べによれば、彼に後ろ暗いところはないらしい。ただ、長いものには巻かれろな精神で、上の命令には逆らわないのが彼の処世術なんだとか。
その結果、グウィロス卿は双子を妻の実家に預けて養育してもらったという。何でも、先代国王に命じられたから……だそうな。
先代国王って、何がしたかったの?
『王族が結託する事や、王としての教育を施される事を警戒したようです。自分の後の世代の事など、何も考えていなかったようですね』
えー。そういや、双子って王族だったっけ。
『グウィロス卿が王族の末端です。妻の実家は王の血は入っていませんから、先代国王は妻の実家での養育を希望したのでしょう』
ただの貴族家なら、王としての教育は出来ないと踏んだからか。
『常に先代の王の命を奪って次代の王が誕生する国ですから。王は自分の子や親族をこそ、一番警戒しているのでしょう』
だからといって、自分が王位に就いた途端親族大虐殺はしなかったんだ。
『やった王もいました』
いたの!?
『その結果、時のトリヨンサーク王に攻め込まれ、あわや亡国の危機となりました。それ以来、教訓として王家に親族を簡単に絶やさぬようにと伝わっているそうです』
なんとまあ。でも、おかげでグウィロス卿は命を繋いだ訳か。
時に、グウィロス卿以外の王族って、どれくらいいるの?
『総勢八十人くらいでしょうか』
多くね?
『末端まで含めてこの数ですから、少ない方かもしれません』
そうなんだ。でも、八十人もいるのなら、確かにいつ処刑されてもおかしくないかも。グウィロス卿の恐怖は、今までたたき込まれた恐怖政治の故だろうね。
その後も航海は順調に進み、ヒュウガイツ王国が近づいてきた。それと同時に、グウィロス卿の顔色が悪くなっている。
こんな事なら、ニエールを連れてくるんだった。でも彼女、新しいか面白い術式や魔道具がない限り、誘いに乗らないからなあ。
「医療特化のネレイデスを呼びますか?」
「その手があった! すぐ呼んで、グウィロス卿を診てやって」
「承知いたしました」
そういや、うちのネレイデスには回復魔法だけでなく、魔法治療が出来る子もいるんだった。忘れてたよ。
精神に作用する治療の場合は、回復魔法では無理だからね。あれは魔法治療の分野だ。
カストルが手配して、船にある常設移動陣を使い、医療特化のネレイデスが到着した。
「すぐに、グウィロス卿を診て」
「かしこまりました」
これで一安心かな。そういや、この船って船医は乗ってるの?
「いえ、現状そこまで手が回っていません。一応、クルーズ船の方で乗船前に簡単な健康診断を受けていただいてますが」
「船医も、用意しておいた方がいいね」
「では、そのように」
そうなると、やっぱりネレイデスは増産するしかないかなあ。
ヒュウガイツ王国の港は、やっぱり小さかった。というか、ネーオツェルナ号が大きすぎるのかも。
とても停泊出来ないので、沖に停泊させてボートで港へと向かう。大半は漁船らしいけれど、いくつか帆船も見える。商用の船かな。
「あれらはトリヨンサークとの貿易船です。十年くらい前までは、もう少し数があったんですが、ここ数年ですっかり少なくなってしまって……」
グウィロス卿が、残念そうに帆船を見ている。それ、ヒュウガイツ側の問題だけでなく、トリヨンサーク側にも問題があったんじゃないかなあ。
今の王様なら、やり方によっては輸出入の数も増やせるかもしれないのに。そういうところ、動かないのが今のヒュウガイツ王なのかも?
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