第457話 納得いかん!
国の外に出る時には、育ての親であるペイロンの伯爵に伝えておくように。そう国王陛下に言われてしまっては、無視も出来ない。
それに、確かに後で知るよりは、先に知っていた方がいい場合もあるもんね。
なお、今までのガルノバン、ギンゼール、トリヨンサーク行きに関しては、他の人……シーラ様やヴィル様などから連絡を入れていたらしい。お手数おかけしました。
「という訳で、ちょっとそっち行っていいですか?」
『何がどういう訳なのかはわからんが、ペイロンはレラを拒む事はないぞ』
よかったー。
「じゃあ、今から行きますね」
『え? 今?』
移動陣があるんだから、すぐに行けるに決まってるじゃないですかーやだー。
王宮から王都邸に戻り、そこから領都ネオポリスへ移動陣で向かう。さらにネオポリスのヌオーヴォ館から、旧領都パリアポリスのヴェッキオ館へ。
そこから車で移動して分室へ向かい、分室の移動陣を使ってペイロンの魔法研究所へ移動。いやあ、あっちこっち飛びすぎて、ちょっと面倒だったわー。
ちなみに、一人で来た。リラにはヒュウガイツ行きの仕度を進めてもらう為、王都邸に残ってもらってる。
カストルに関しては、行き先がペイロンだとわかっているので、付いてくるのを止めた。デュバルとペイロンは隣同士だし、ペイロンには魔の森がある。そこを通じて、カストルはいつでもペイロンに魔法移動が可能だから、心配いらないって事で。
研究所の移動陣室から出たら、廊下で呼び止められた。
「君、誰だね? 勝手に移動陣室に入るなど」
誰だ? これ。見た事ない顔だなあ。一応、職員の名札を付けてるから、研究所職員なんだと思う。
でも、私の顔を知らない職員? いるのか?
首を傾げる私の前で、まだ若い男性職員らしき人物は、わざとらしい溜息を吐いた。
「大方、今回の採用から漏れた者だろう。試験に通らなかったからといって、研究所に入り込むとは――」
「あんた誰?」
「は!?」
いや、名札見ればいいのか。あ、このマーク、入所一年未満の新人だ。車じゃないけれど、名札に若葉マークが付いてるんだよね。
これも、導入を提案したのは私だ。入所一年間は見習いとみなすって熊が決めたから。
その若葉マークくん、私に誰かと言われたのに腹を立てたのか、こめかみに青筋が立っている。
「不審者に名乗る名など、ある訳ないだろう」
屈辱からか、ブルブルと震えていた。誰だよこんなの採用したの。後で熊に文句を――
「お? 何だ、レラじゃねえか」
「熊ああああああ!」
「お、おう」
背後から来た熊に詰め寄ると、さすがの熊も驚いている。
「何なのこれ!? すっごい失礼なんだけど!」
「ああ? ……またお前かテヤー。面倒起こすなって、言っただろうが!」
「しょ、所長! 面倒だなんて! 私はただ、この不審者が研究所内を――」
「レラが不審者? ぶわっはっはっは。ここ最近じゃあ、一番の笑いのネタだな! よし、俺を笑わせた功績で、今回の事は見逃してやろう。おら、とっとと行け。それと、こいつは不審者じゃねえ。デュバル女侯爵だ」
「はあ!?」
何をそんなに驚く要素があるんだよ。大体、この研究所に外部の人間が忍び込める訳ないだろうが。うちの王都邸もびっくりのセキュリティなんだぞ。
それにしても、これがペイロンを離れていた結果なのかなあ。研究所で顔パスが利かなくなってるなんて。
「あいつはなあ。魔法の腕も理論もそこそこなんだが、やたらとプライドばかりが高くてよお。そのせいで、度々所内で騒動起こしてるんだわ」
「そんなの何で採用したのさ」
「色々あんだよ」
何だそりゃ。
「とりあえず、あいつにも他の新人にも、改めておめえの事は周知徹底させとくわ」
「よろしく」
「で? 今回はまた何の用で来たんだ?」
「ええと」
用がなきゃ来ないと、熊にも思われてるって事だよなあ。もうちょっと頻繁にペイロンに顔を出した方がいいんだろうか。
「ちょっと国外に出る事になったから、伯爵に行き先を告げて挨拶を……と思って」
「ほう、そりゃいい心がけだな。これまで外行く時にゃあ、挨拶一つしやがらなかったってのに」
ギク。ううう、ここで熊に突っ込まれるとは。
「ケンドもよう、寂しがってたぜえ。ルイが戻ってるとはいえ、やっぱり娘と息子じゃ違うし、何よりルイは跡取りとして厳しく育てた面もあるからな」
まあ、それはね。ルイ兄自身、ちゃんとそれは理解してるって聞いた事、あるし。
「おめえの場合は、まあ甘やかしはしなかったが、それでも娘として可愛がってたからよう。もうちっと、顔見せに来いや」
「だね」
学院を卒業してからは、狩猟祭の時期くらいにしか戻らなかったもんなあ。
研究所を熊と一緒に出て、ヴァーチュダー城までの道を歩く。ここも、数え切れないくらい通ったなあ。
ペイロンは……特にヴァーチュダー城周辺は、三歳から育った場所なので、何処を見ても懐かしさで溢れている。
「そんで? 国の外に出るって、今度はどこへ行くんだよ?」
「ヒュウガイツ」
「はあ? また、何だってあんな国に……」
おりょ? 熊は、ヒュウガイツの内情を知ってるのかな?
「ヒュウガイツっていやあ、あれだろ? 先代のビルブローザの爺が懇意にしていた国だろ?」
ああ、そっちで知っていたのか。
「ちょっと訳があってね。ほら、前にとある伯爵家から貰った土地に、山があってさ。そこでおいしい水が汲めるから、瓶詰めしてあの国に売りに行こうと思って」
本当の事じゃないけれど、嘘でもない。既に交渉には行かせたけれど、決裂して担当者が帰ってきたからね。
熊は「ほーん」と返して、それっきり。あんまり興味はないらしい。まあ、熊も研究所の一員。魔法の研究以外にはあまり興味がない人だ。熊だけど。
ヴァーチュダー城は、相変わらず厳めしい様相だ。いやまあ、建て直しでもしない限り、この城が変わる事なんてあり得ないけどねー。
「おや、お嬢様……失礼、デュバル侯爵閣下。いらっしゃいませ」
出迎えに出てくれたのは、ザインじいちゃん。改めて、じいちゃんの口からデュバル侯爵って言われると、何かちょっと来るものがある。
「じいちゃん、公式の場以外ではいつも通りにしていてよ」
「……わかりました。お帰りなさいませ、お嬢様」
「うん、ただいま」
とっくに結婚した身だけれど、ここではいつまでも「お嬢様」のままでいたいんだ。
ザインじいちゃんの案内で、城の中を進む。
「旦那様は、シイヴァン様と共に奥の執務室にいらっしゃいます」
そういや、ルイ兄は他領での勉強を終えて、ペイロンに戻ってたっけね。まだ代替わりはされてないそうだけれど、もう伯爵の仕事のいくつかは引き受けてこなしてるそうな。
奥の執務室は、表のそれより広く作られている。まだ小さい頃、ここによくルイ兄と忍び込んで、ザインじいちゃんに大目玉を食らったなあ……
伯爵は、困ったような顔をしてるだけだったっけ。今なら、置いてある書類の重要性から、子供が入っちゃいけない部屋だったんだとわかるけれど、あの頃はなあ。
いや、前世の記憶を思い出してはいたけれど、精神って体に引きずられるよね。子供の頃は、子供らしく悪戯していた思い出が……
「旦那様。レラお嬢様と研究所所長がお見えです」
『入れ』
ザインじいちゃんが扉のこちら側から声を掛けると、中から伯爵の一言が響いた。
扉の向こうには、書類の山と格闘している二人の姿が。
「おお、レラ。久しぶりだな」
「俺とは、王都以来か?」
「なかなか顔を出せなくてごめん、伯爵。ルイ兄とは、王都で会ったのが最後だね」
ルイ兄だけでなく、あの時はロイド兄ちゃんも一緒だったっけ。ロイド兄ちゃん……今頃、ツイーニア嬢と顔を合わせられているのかなあ。その辺りは、ジルベイラに一任しちゃってるけど。
「それで? また急に来るとは、何かあったのか?」
「ええと……それがですねえ」
「こいつ、ヒュウガイツに行くんだとよ」
熊ああああああああ!
熊の発言により、何故か執務室が極寒の場所と化しました。
「ヒュウガイツ……前ビルブローザ翁が懇意にしていた国だな。オーゼリアとは、小王国群を挟む国だが。何故また、そんな国に?」
「ええと、うちの領地で汲んだ水を売りに……」
「わざわざ、他国へ? 国内でいいんじゃないのか?」
「いやほら、オーゼリアって水に困らない国だから。乾燥した国なら、水が売れるかなーって思って」
「なら、小王国群は?」
「料金をきちんと取れるか心配だし、何より政情不穏な国が多すぎるから、安定して売る事が出来ないんじゃないかって」
「誰が、それを言ったんだ?」
「リラ……ヴィル様の奥さんの、エヴリラ、です」
あれー? 何でこんな尋問めいた事をされなきゃいけないんだろう?
内心首を傾げていたら、伯爵が深い溜息を吐いた。あ、これ、学院に入学した頃にも、よく見た光景だ。
「ヒュウガイツの事情は、私の耳にも入ってきている。王が替わって数年しか経っていないそうだな? しかも、その王は前王を殺して王位に就いたとか」
「え? そうなんですか?」
初耳! でも、双子を人質に取ったり、それでグウィロス卿を脅したり、ネスティを強引に妻にしようとした宰相を国から放り出したり。
これまでの行動を見るだけで、納得してしまうよ。
「大体、ヒュウガイツの王位継承は、大体いつもそんな感じだ。前王を殺し、継承権の低いものが王になる。おかげで王太子という存在がいなくなるほどだ。継承権の高い者は、いつ殺されるかわからないからな」
思っていた以上に殺伐とした国らしい。
「そんな国に、わざわざ水を売りに? 本当か?」
ヤバい。こんな事なら、カストルを連れてくるんだった。うまく言い逃れ出来る気がしない。
冷や汗をダラダラ流していたら、ルイ兄から助け船が出た。
「義父上、そこまでで。ヴィルやユーインが一緒に行くんだろう? なら、レラの暴走をきっと止めてくれるはずです」
いや、暴走って。
「しかしな、ルイ」
「大丈夫ですよ、義父上。我等のレラは、その程度の国の一つや二つ、笑顔で吹き飛ばしますって」
待ってルイ兄。私、ここでもモンスター扱いされてるの!?
「それはそうだが」
「逆に、心配なのはやり過ぎる事ですが、その辺りはヴィル達がうまくやってくれるでしょう。レラと、そして何よりヴィル達を信じましょう」
「そう……だな」
何かうまくまとまったような気がするけれど、納得いかない。
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