第454話 相談しよう、そうしよう
とりあえず、本日の殿下の執務は急遽取りやめになったそうなので、旦那連中と一緒に馬車で帰宅。
車内では、誰も何も言わなかった。空気が重苦しい。
私達のおかしな様子は、出迎えに出てくれたルチルスさんにもわかったらしい。
「お……帰りなさいませ」
「ただいま」
「すぐ、温かい飲み物をご用意いたしますね。居間でくつろがれますか?」
「うん、お願い」
本当は私室で休みたいところだけれど、皆に相談したい。
一階奥にある居心地のいい居間からは、奥の庭が一望出来る。この部屋には厚手のラグが敷かれていて、靴を脱いで直に腰を下ろすようにしてあるんだ。
このスタイルにしたのは、ちょっと前。リラには呆れられたけれど、やっぱり落ち着くから。
ユーインもヴィル様も意外と気に入ったらしく、休日にはここでくつろいでいる姿を見る事もある。あのヴィル様がねえ。
それはともかく、ルチルスさんが用意してくれた飲み物を飲んで、少しは落ち着いたかな。
私のはミルク多めのカフェオレ、リラのはココア、ユーインとヴィル様にはブラックコーヒー。それぞれの好みを熟知しているルチルスさんならではのチョイスです。
「ご相談があります」
「どうした? いきなり」
「王宮での事に、関わる事か?」
ユーイン、鋭い。
「実はですね、ある筋から手に入れた情報なんですが」
「ある筋? どこだよそれ」
「ウィンヴィル様、それは後で。続けて」
「うん。……ヒュウガイツだけれど、このまま放っておくと小王国群を滅ぼそうとするようなの」
「はあ?」
三人の声が揃った。リラが恐る恐るといった風に、質問してくる。
「え……まさか、フロトマーロも?」
「いえ、滅ぼすのは内陸の国のみです」
いきなり会話に入ってきたのは、カストルだ。今までしれっと部屋の端に控えていたんだけれど、情報が必要と判断したようで介入してきたらしい。
「内陸? どこも政情不穏な国ばかりだが……あんなところを統合して、どうするんだ?」
「統合はしません。ただの道にするだけです。そこに生活している人間全てを殺してです」
カストルの淡々とした返答に、ヴィル様の顔つきが変わった。
「それは、確かな話か?」
「残念ながら、間違いありません」
「その情報、どこでどうやって手に入れた?」
「秘密……とだけ」
あ、ヴィル様がムカッとしてる。うちの有能執事がすみません。
「カストルが優秀なのは、森の中央でもわかっているはずだ。我々には理解しがたい技術を持っている事も」
「……」
ユーインの言葉に、ヴィル様は何も返さない。
「それで? ヒュウガイツは小王国群の内陸側に道を作って、どうするつもりなんだ?」
「オーゼリアとの交易の為じゃないのか?」
ヴィル様の言葉に、カストルは緩く頭を振る。
「交易ではありません。侵略の為です」
今日一番、室内の気温が下がった気がする。
ヒュウガイツ王国の思惑は、大陸の南にある小王国群を滅亡させて内陸側に道を作り、そこを通ってオーゼリアを侵略する事。
今回グウィロス卿をうちに派遣し、双子を人質に取った事を伝えて混乱させようとしているのも、作戦のうちなんだとか。
「意味がわからんな。何故うちなんだ? あの国の北側には、トリヨンサークがあるだろうに」
「オーゼリアの肥沃な大地を狙っての事のようです。それと、トリヨンサークは水不足というほどではありませんが、オーゼリアに比べると水資源の量が劣りますから」
ヴィル様のぼやきに、カストルはすらすらと答える。そんな理由でトリヨンサークじゃなく、わざわざ離れたうちを侵略しようとしてるって訳?
「それと……これは、デュバルの失態になるかもしれませんが、水を売り込む宣伝になればと、試飲用の水をいくつか担当者に持たせました。それを、ヒュウガイツの王も飲んだようでして」
「え、まさか、水がおいしかったから、オーゼリアを攻めてその水をゲットしようって思ったとか?」
私の言葉に、カストルが無言のまま頷く。マジかー。
「え……じゃあ、ヒュウガイツの穴だらけ作戦って、うちが原因?」
「とも、言えますね。ですから、まずは宰相を追い出しても、水を輸入したかったのでしょう。小王国群を滅ぼすのは、来年にかけてじっくり腰を据えてやるつもりのようです」
それまでは、うちから買った水で我慢しようってか。いやいやいや、とっととその腐った作戦を潰さなきゃ。
「ヒュウガイツは、そこまで自国の軍を信頼しているのか?」
「信頼というより、盲信でしょうか。それと、小王国群には厄介な品を使う予定のようです」
「厄介?」
カストル以外の全員の声が重なった。
「ヒュウガイツ王国には、各国で暗躍していたベクルーザ商会が入り込んでいました。奴らが提供した粗悪品の薬や魔道具を、軍に使っているようです」
またしてもその名前が出るかベクルーザ商会! 本当、あの商会の影響を取り除くのに、どれだけかかるのやら。
頭を抱えていたら、ヴィル様からの率直な質問が。
「ヒュウガイツの、その粗悪品込みの軍隊は、オーゼリアに勝てるのか?」
「いいえ。極端な話、主様お一人で敵の軍を殲滅出来るでしょう」
え? そうなの? ちょっと、ユーインもヴィル様もそんな目でこっちを見るのはやめてよ!
カストルの返答に、リラが深い溜息を吐いた。
「うちは大丈夫でも、小王国群はひとたまりもないんでしょう? なら、見殺しにしたら寝覚めが悪いわよ? 国である以上、非戦闘員も多いんだから」
だよね。女性や子供、乳児だっているでしょう。
確かに小王国群では、子供の死亡率が高いって聞く。衛生環境と、医療環境が整わないから。それに、栄養面も問題がある。
それらが整わない背景には、常に国同士、国の内部でドンパチやらかしているから。いい加減、このままだと滅亡の一途だと気付けよと思うけれど、彼等には彼等の戦う理由があるらしい。
一つは宗教。同じ宗教を信奉していても、宗派が違うと泥沼の戦いになるそうな。
そして、最大の理由が貧困。何処も貧しい国だから、少しでも裕福な国から奪おうと戦いを仕掛けるんだそうな。不毛ここに極まれり。
ちょっと前は、レズヌンドが「持てる者」として周辺国から狙われ、そして国の内部でも内乱を起こそうとする者が後を絶たなかった。
あそこは領土問題も抱えていたからさ。
で、オーゼリアに見捨てられた形のレズヌンドは、その地位をフロトマーロに取られた形だ。
フロトマーロは、長年レズヌンドに苦しめられた過去があるからか、団結力だけは強かった。
そして、私が土地を買ったり開発したりする余波で、ため池は手に入るわ、国内の街道は整備されるわ、厄介ものだった土地が売れて外貨が手に入るわでウハウハ状態。
それでも、フロトマーロはレズヌンドをいい反面教師にしているらしい。というのも、周辺国家にもその分け前を渡しているから。
街道やらため池やらは分けられないけれど、ため池の水を利用して出来た作物や、街道を利用した配送などを通じて、周辺国へ食料を格安で提供する計画が立っているらしい。
まあ、陰にネレイデスがいるそうなんですが。それでも、彼女の提案を聞き入れる頭を持った人物が、国の上層部にいるって事だよね。
このまま、あの国は腐らずにいい方向に行っていただきたい。
話がそれたけれど、そんなフロトマーロがある小王国群に手を出されるのはしゃくに障る。もちろん、罪のない人達が犠牲になるのを見殺しにも出来ない。やったら、リラが言う通り寝覚めが悪くなるから。
私は聖人君子じゃないけれど、来るとわかっている災厄を見過ごすのは、性に合わないんだよ。
なら、どうするか。
「皆の知恵を貸してください」
三人寄れば文殊の知恵。ここには四人……いやカストルも入れれば五人か。それだけいれば、いい案も浮かぶでしょうよ。
他力本願とか言わない。自分だけの力で出来る事なんて、限界があるんだからねー。
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