第453話 あちらの計画
王宮に行って、ヒュウガイツとは取引しない事を宣言した後、十日ほどは平穏な日々でした。ええ、本当に。
「また王宮に?」
「ああ。殿下がお呼びだ」
むすっとしたユーインが、帰ってきてそうそう口にした言葉がこれ。後ろにいるヴィル様も、ちょっと苦い顔をしている。
「今度はどんな無理難題を押しつけられるんですかねえ?」
「いや、それは……何とも言えん」
そうですか、ヴィル様でも何も言えませんか。とはいえ、臣下である以上、主君が「来い」と言ったら行かない訳にいかないよねえ?
ここしばらくは王都邸にいるしなー。これが領地にいたら、「移動に時間がかかるので」とかなんとか言って、誤魔化せるのにー。
『鉄道がありますから、誤魔化せないのでは?』
カストルは黙ってなさい。しかも、ちゃっかり念話で言ってくるし。
翌日、朝食の後に仕度をして、ユーイン達と一緒の馬車で王宮へ。二人と一緒だからそのまま殿下の執務室に行くのかと思いきや、侍従に案内されたのは、表の客間。あれー? 初めて通される場所じゃね?
内心首を傾げていると、部屋の中に通された。そこにいたのは、国王ご夫妻、王太子ご夫妻。四人に加えてビルブローザ侯爵とノグデード子爵の二人。
それともう一人、見た事のない人物がいる。黒髪に浅黒い肌。見た事がないはずなのに、どこか見覚えのあるような顔立ち。
「よく来た、デュバル侯爵」
声を掛けてきたのは、国王陛下だ。そのまま促されて、陛下の前に空いていた席に腰を下ろす。私の左隣がリラ、右隣がユーイン。リラの向こう側にヴィル様。
改めて、室内の顔ぶれを見回す。これ、もしかしなくてもヒュウガイツ関連ですよねー。あの浅黒い肌の人物は、ヒュウガイツの人と思われる。
「さて、ここにいる者達を見てもわかると思うが……」
「ヒュウガイツ関連ですか?」
「そうだ。こちらは、ヒュウガイツの王族であるグウィロス・バビヤンド・ヴァル卿。かの国から来た交渉役だ」
陛下に紹介を受けたグウィロス卿は、立って一礼をした。オーゼリアとはまた違う衣装と礼の仕方。それに、グウィロスって、どっかで聞き覚えがあるような……
「閣下には、学院で卿のご子息、ご息女と面識があったかと」
ノグデード子爵の言葉に、思い出す。あの双子かああああ!
そういや、双子の後見役はノグデード子爵だったっけ。
「……その、グウィロス卿が、何の交渉で我が国にいらしたんですか?」
しかも、こんな場に私を呼ぶなんて。いや、何の交渉か見えてるんだけど、わかったと言いたくないというか。
とぼけていたら、グウィロス卿ががばっと私の足下にひれ伏した。
「お願いです! 侯爵! どうか、水の取引をしてください!! でないと、我が子が!!」
えー? これ、どういう状況?
ビルブローザ侯爵によると、前侯爵……亡くなったビルブローザ翁は、色々とヤバいブツをヒュウガイツに流していたらしい。
「その中に、型落ちとはいえ通信機と、使い捨てとはいえ移動陣が入っていましてね……」
わあ。どっちも普通に研究所で販売されてはいるけれど、値段は普通の人じゃ買えないくらい高いよ?
それを、ほいっと買ってほいっとヒュウガイツのグウィロス家に流していたとは。さすがビルブローザ家って言うべき?
あれ? でも、移動陣は行き先がペイロンに限定されていたはず。……まさか。
「使い捨ての移動陣は、過去の一時期において、対になる移動陣が販売された事があるんですよ。ただ、すぐに販売禁止になりましたが」
ビルブローザ侯爵の説明で納得した。販売期間が短かった上に、元々研究所で売っているものに関してはろくな宣伝をしない。
なので、売られていた事自体知っている人が少ないそうな。私も知らなかったよ。
「その移動陣販売自体、故ビルブローザ翁がごり押ししたようなものらしくてな……」
陛下が頭を抱えてらっしゃる。私は会った事ないけれど、先代ビルブローザ翁は大分困った性格の爺さんだったらしい。
で、その対になっている使い捨て移動陣を、グウィロス家に渡していた……と。
何とも言えない思いでいると、ビルブローザ侯爵が皮肉な笑みを浮かべた。
「まあ、あの爺さん、実は渡す方を間違えていたんですけどね」
「はい?」
「国で自分の身が危うくなった時、自分だけ他国に逃げられるようにしておいたらしいんです。ただ、対の移動陣とはいえ一方向なのは変わりなくて」
「つまり、グウィロス家に渡した方が始点の陣だったと?」
「ええ」
対になっている以上、移動陣には始点と終点と二つある。終点から始点への移動は出来ない。双方向なら気にしなくてもいいけれど、対なだけだと、間違えると大変だ。
で、亡くなった爺さんはまんまと間違えた訳だね。間抜けだなあ。
「いただいた移動陣も、前回の親書と今回の私の移動で使い切りました。もっとも、私が戻らねば、我が子が王によって殺されます。色よい返事をもらえなかった場合も、殺されます。どうか、どうかお願います! 我が子をお救いください!!」
えーと、これ、どうするべき?
グウィロス卿によると、現在あの双子は王宮に留め置かれているようだ。元は王族と言っても末端の家柄で、しかも父親の手元で育てられていなかったらしい。
「先王の命により、我が子達は妻の実家で養育されました。妻の両親の躾は甘く、考えなしに育ってしまいましたが、私にとっては妻が残した可愛い我が子です。こんな事で亡くしたくないのです」
何がどういう経緯でそうなったのか、グウィロス卿は現王からうちとの水取引をまとめてくるよう言いつかったらしい。しかも、期日までに戻らなければ、双子を処刑すると言われたそうだ。
それに、交渉を失敗した場合も双子共々グウィロス卿を処刑すると宣言しているらしい。
グウィロス卿の選択肢は現状三つ。一つはこのままオーゼリアなり他の国なりに亡命する。その場合、双子の命はない。その代わり、自分の命は助かる。
二つ目は、交渉がまとまらなくとも国に帰る。双子と自分の命を犠牲にするけれど、面倒はない。
三つ目が、何としてでも私との取引をまとめ、国に帰る。自分も双子も命が助かる。ただし、一番大変な茨の道だ。
グウィロス卿は、その三番目を選択したらしい。だからこそ、今私の足下にひれ伏しているのだ。
でもなー。もうあの国とは関わりたくないしー。
『主様、出来ればこの話、受けてください』
カストル、それは、重要な話?
『はい。ヒュウガイツに向かう口実があった方が便利です』
あの国に行けと?
『ここからでも、国を潰す事は出来ますが、出来れば現地で犠牲を最小限に抑えた方がよろしいかと』
えーと、国を潰すのは確定事項なの?
『少なくとも、現政権は潰した方がいいでしょう』
理由は?
『ヒュウガイツは、小王国群の殲滅を狙っています』
はい?
『小王国群を滅ぼし、住民を虐殺した後の土地に道を作り、オーゼリアに進軍してくる計画です』
はあ!? 扇の下で、思わず声を出すところだった。どういう事?
『現王は、ヒュウガイツの軍事力に絶対の自信を持っています』
それで、オーゼリアを侵略出来ると思ってる訳?
『そうです。実際は、オーゼリアの魔法技術の方が優れていますから、南方司令部だけで蹴散らせるでしょう。ですが、殺される小王国群の民衆は生き返りませんし、徴兵されて使い潰されるヒュウガイツ国民もまた、戻りません』
それは……確かに止めるべき内容だけど。
『内政干渉になるかもしれませんが、知られなければ故国に迫る厄災を払っただけになります。ヒュウガイツが押し寄せてきても、小王国群は滅びますがオーゼリアは滅びません。それどころか、傷一つ付かないでしょう。見逃すのも手です』
そう言われても……
「……この話、持ち帰って検討してもよろしいですか?」
今の私に言えるのは、これだけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます