第452話 ブーメラン

 ヒュウガイツに送ったネスティ達は、無事船で戻ってきた。


「ただいま戻りました」


 船でブルカーノ島に到着したネスティは、ネレイデスと共に王都邸執務室まで挨拶に来ている。


 こちらは私、リラ、カストルでお出迎え。ポルックスは領都ネオポリスに

あるヌオーヴォ館で仕事中。


「おかえりー。何事もなかった?」

「その……ありまして……」

「?」


 ネスティが何やら言いにくそうにしている。本当に、何があったの?




「まず、宰相が罷免されまして、国外追放となりました。しかも、トリヨンサーク側ではなく、小王国群側です」

「ほう」


 トリヨンサークなら、気候がヒュウガイツよりも穏やかだから生き残る確率は高くなる。政情も落ち着いたしね。


 でも、小王国群は違う。あそこ常に国内国外問わずに戦争をし続けているような場所で、土地は乾燥しているのにさらに荒れ、常に水不足食糧不足に陥っている場所だ。


 そんなところに、ヒュウガイツの宰相をやっていた人間を身一つで放り出すという。軽く地獄だね。


「それと、こちらを」

「何?」

「ヒュウガイツ王よりの、親書です」


 ほほう?


 リラと一緒に、封を開けて読んでみる。


「これはまた……」

「うーん」


 要約すると、「うちのハゲがすまん事した。ハゲは追い出すから、是非水を売ってほしい。そちらの条件を出来る限り飲む用意をしておくから、考え直してくんない?」って内容。


「どうしたもんかね?」

「まあ、諸悪の根源を速攻処分した点は評価出来るけれど……ネスティ、宰相が追放されたっていうのは、確かなのね?」

「はい。カストルお兄様が確認なさってます」

「確認済みです。現在、どのような状況下にあるか、見ますか?」


 見られるんだ……でも、そんなきちゃないものは見たくない。どうせ見るなら、綺麗なものや可愛いものだけ見ていたいよね。


 リラも同じ意見だったらしく、カストルに断りの言葉を入れていた。


「それはいいわ。でも、宰相が国を追われたのなら、身辺を探ったところで意味がなかったわね……」

「いえ、そうでもありませんよ?」

「え?」


 カストルの返答に、リラと私の声が重なる。何か、あったの?


「宰相……元宰相ですね。彼の周囲には黒い噂が絶えません。しかも、それが今の王にも繋がっています」

「どういう事?」

「今回の宰相の国外追放、王によるトカゲの尻尾切りだった可能性が」


 うわあ。何という黒い王宮、黒い国王。


「やっぱり、あそことは関わりたくない……」

「紹介状を書いてくださったビルブローザ侯爵とノグデード子爵には申し訳ないけれど、私もその方がいいと思うわ。お二人には、何か詫びの品でも贈っておく」

「よろしく」


 んで、この親書。読みはしたけれど、どうしたもんか。




 国王から他国の一領主に親書が来たなんて、どう考えてもおかしいよねー。という訳で、王のものは王に渡せ。王宮に丸投げする事にした。


「あれ、一応宛名はあんたじゃないの?」

「ん? あの親書、宛名はどこにも書いてなかったよ?」

「え? そうなの?」


 そうなのだ。まあ、明記されていないってだけで、「クリュタイムネストラの主殿へ」とはあったけど。


「それ、あんたじゃん」

「いやあ、ほら、ネスティは私の配下で、私はオーゼリア王の臣下じゃない? なら、ネスティの主はオーゼリア王とも言えると思って」

「何という屁理屈……それでいくと、王家がネスティに命令する権限を持つって事になるわよ?」

「そうなるね。でも、私をすっ飛ばしてネスティに命令って、出来るのかな? 物理的に」


 ネスティは普段、デュバル領領都ネオポリスにいる事が多い。そうでなければ、飛び地のどこかを廻っている。


 そんな相手に、直接命令ってどうやってやるんだろうね? 私の場合は念話もあれば、通信機もある。カストルに頼んでおけば、ネスティ本人が私の目の前に来るし。


 ちなみに、彼女に渡している通信機は、繋がる先が限定されたもの。なので、通常の通信機からネスティに連絡を取る事は無理。


 それを説明すると、リラが何とも言えない表情になった。


「王家が無理を言って、ネスティを召し上げようとしたら?」

「その時は、フロトマーロにでも行ってもらおうかな」


 オーゼリアにある船で、フロトマーロまで行けるのはタンクス伯爵が所有する船かうちの船のみ。


「ネスティなら船が近づいてきた事くらいわかるだろうから、その時だけ移動陣でうちの領地に戻ってくればいいよ」

「まあ、あんたらを相手に無茶は出来ないわよね。それ以上の無理を押し通すもの」


 何か、いい方が酷くね?




 ヒュウガイツからの親書を王宮に丸投げして三日。殿下からの呼び出しがあった。


「もしかして、親書の件なんだろうか?」

「直近で、それ以外に思いつかないわね」


 もー、なんだよー。せっかく丸投げしたのにー。戻ってくんなー。


 嘆いても、馬車は王宮に到着する。うちの王都邸と王宮、目と鼻の先だもんね。


 今回は旦那達と一緒に王宮に来た訳じゃないから、侍従の案内に従った。てっきり殿下の執務室に行くと思ったのに……さらに奥?


 案内された先には、王太子殿下ご夫妻と一緒に、国王ご夫妻もいるんですけどー。


「いらっしゃい、レラ。何だか久しぶりな感じがするわねえ」

「ご、ご無沙汰いたしております、王妃陛下」

「かしこまらなくていいわよ。ここは、私的な場所だから。ねえ? ロア」

「はい、お義母様」


 嫁と姑の仲がよさそうで、よかったですねえ。と殿下の方に視線をやったら、何やら胃の辺りを抑えて辛そう。胃痛ですか? 大変ですねえ。


 促されてちょっと不揃いな形に置かれたソファに座り、お話し合い開始だ。


「……今日、侯爵を呼んだのは他でもない。この親書の件だ」


 ああ、やっぱり。


「ヒュウガイツの国王からのものですね」

「確かに、あの国に水を売りに行きたいという話は聞いている。だが、それがどうして向こうの宰相を国外追放する結果に繋がるんだ?」


 あれ? その辺りの事情、説明してなかったっけ?


 私は軽く、ネスティから聞いたいきなりプロポーズの件を説明する。


「私の配下を嫁にもらえないなら、水は売らせないという事でしたので。ならばあの国の事は諦めようと思いました」

「それで、向こうの王からこの親書か……」


 殿下が何やらがっくりと肩を落としてますよ。何かあったのかね?


「実は、外交筋から王家にも、あちらの王から親書が届いているのだよ」


 そう発言なさったのは、国王陛下だ。ほほう、ヒュウガイツの国王は、何を陛下に言ってきたのかな?


 内容を聞いたら、私宛の親書とほぼ同じ内容だった。水、売ってほしいらしいね。


 ちょっと冷めた目で話を聞いていたら、王太子殿下から質問された。


「侯爵は、今後どうするつもりだ?」

「どう……とは?」

「改めて、ヒュウガイツと取引をする気はあるか?」

「ありません」


 きっぱり言っておく。いやだって。また何か変な事言われそうじゃない? それでなくとも、ここで甘い顔をすると舐められそうだしさ。


「確かに宰相という地位にいた男性がやらかした事が原因ではありますが、元を辿ればそうした人物を宰相として置いていたあちらの王家の不手際。それを正さない限り、あの国と取引する気にはもうなれません」


 水は他の使い道が決まったしね。大体、本来はヒュウガイツに売る予定の水じゃなかったし。


 あの国、乾燥している国ではあるんだけど、水がまったくない訳じゃないらしいよ。少なくとも、小王国群よりは水場があるんだって。


 だから、私が水を売らない程度で民が干上がる事はないんじゃないかなー。干魃とか起こったら、知らないけれど。


『起こしますか?』


 やらないように!

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