第451話 限定

 ヒュウガイツに水を売り込む為にネスティを交渉役として派遣したら、何と向こうの宰相にプロポーズされたってさ。何がどうしてそうなった?


「私にも、流れがよくわかっていないのですが……」


 困り顔でそう言うネスティが、向こうでのやり取り一部始終を録画したものを見せてくれた。


 ゾジアン卿を通じて手に入れた紹介状はかなり強力だったらしい。あっという間にヒュウガイツの王宮まで入れたという。


 そこで、王に謁見。随分若い王様だな。聞けばまだ二十代中盤だそうですよ。トリヨンサークと張るね。


 その後、実務者レベルでの話し合い……となった時点で、宰相からプロポーズ、そして見返りの話が。


「つまり、あのハゲ茶瓶のプロポーズを受けないと、水を売る事はまかりならん……と?」

「ですので、主様にご相談をと」

「却下だああああああ!」


 水は売りたいけれど、ネスティと引き換えに売りたい訳ではないのだよ! 大体、見たところ五十はいってるハゲが、うちのネスティを嫁にしようなど高望みもいいところ、分不相応という言葉を思い知れ!


 鼻息荒い私の代わりに、リラが色々と聞いてくれた。


「それで、こちらには移動陣で戻ってきたの?」

「はい。一度船に戻りたいと言ったところ、拒絶されて王宮に軟禁されましたので、使い捨て型の移動陣で戻りました。軟禁されている部屋に関しては、オケアニスが見張っておりますので、誰も侵入出来ません」


 オケアニスは戦闘特化のメイド部隊だからね。当然防御用の術式も多く持っている。その中には、当然ながら結界もございます。


 ヒュウガイツにも魔法を使える人間はいないって話だし、まず突破は無理でしょう。という事で、ネスティがそこにいない事を知る人間はいない訳だ。


「にしても、ヒュウガイツって思っていた以上にヤバい国なのかな」

「既に私の中では敵国認定になりました」

「早!」


 当たり前だ。うちに無理難題を押しつけた時点で敵だよ。


「敵なら何をしてもいいよね?」

「よくありません! 大体、今回の事は一応王宮に届け出てはいるけれど、デュバル単体で動いている話なんだから!」

「なら、かえって都合がいいじゃない。国は巻き込まない。平気平気」


 一領主に潰されるがよい!




 頭に血が上った私は使い物にならないと、執務室の椅子に縛り付けられ口まで封じられました。リラが酷い。


「研究所に頼んで、一番強い魔力制御を作らせておいて正解だったわね」

「それでも、熔けかけていますが……」

「時間の問題か……もう二段か三段強力なのを用意させないと」


 リラとカストルが不穏な事を言ってるー。てか、思うように魔法が使えないと思ったら、そんなもん作ってたんか! 後で研究所にはたっぷり「お礼」をしておかないとなあ。覚悟しとけよ、熊。


 いや、熊が作ったかどうかは定かじゃないけれど、研究所の責任は所長にあるはずだからね。


「ともかく、ネスティは断っていいわ。それで向こうが実力行使に出るのなら、こちらも反撃して構いません。軟禁が続いたり、拘留が続くようならもう全員で戻ってらっしゃい。あの国との付き合いは断ちます」

「わかりました」

「まったく……カストル、その宰相とやらの身辺調査、ここから出来るかしら?」

「お任せを」


 出来るんだ……リラもちょっと引いてる。


「さて、あんたは頭に上った血、少しは引いた?」

「引いた。大丈夫」

「……拘束具、ほぼ熔けてるわね」

「でもそれなり時間がかかったよ」

「熔かすな!」


 えー?




 ヒュウガイツに対する水を売るというミッションは失敗した。というか、相手が悪かったって感じかなー。


「水は、温泉街で使う用にしましょうか」

「結局、それが一番かなあ」


 温泉上がりに冷たいおいしい水はいかが? と売る訳だ。何なら、温泉につかりながら飲んでもおいしいですよ。いや、どこで飲んでもおいしい水だけど。


 手のひらに収まる程度のペットボトルもどきに入った水は、確かにおいしい。殺菌消毒済みなので、未開封状態なら二年以上もちます。


 これ、災害用にもいいかも。


「ネオヴェネチアでは、飲み水はトレスヴィラジのウォーターサーバーを使うんでしょう? あそこ、王都に近いから水の味を覚えてもらうにはちょうどいいかも」

「うまく、王都の人がはまってくれるといいんだけど」

「何なら、ネオヴェネチアに水を飲みに来てもいいわね。あそこで出す飲み水は全部有料だから」


 そう。ネオヴェネチアは地盤の関係で地下水を使わない事になっている。元湿地帯で川が流れ込んでいるから水には困らないんだけど、飲み水となると話は別。


 なので、ネオヴェネチアの住居及び宿泊施設、役所等にはトレスヴィラジの水を入れた専用のウォーターサーバーを置くんだ。


 ボトル詰めでないのは、使用量が多いから。常に飲む水が全てトレスヴィラジのものなら、大型のサーバーの方がいいでしょ。


 そして、ネオヴェネチアは観光地にする予定なので、一番の客は王都住民を想定している。貴族からちょっと裕福な庶民まで。


 観光の目玉としては、水を使った水上ショーを考えている。本家ヴェネチアのカナル・グランデに当たる場所がショーの会場だ。


 水や火を使ったショーに、船を使ったショー。……何か、どっかの海のようだね。


 ショーにはもちろん、魔法を使うので華やかになるぞー。今から見るのが楽しみ。


 そして、一部の方々にとっての一番の目玉。それは、ロエナ商会の大型店舗が出店する事。


 現在のロエナ商会は、デュバル領都ネオポリスに本店を置くだけで、王都には店舗を構えていない。


 アンテナショップに商品を置いてはいるけれど、限定的なものばかり。


 他に買いたい品がある時はどうするか。ヤールシオールに直接運んでもらうのだ。つまり、そういう立場の人以外はネオポリスまで買いにおいでという訳。


 それが、王都から少し離れただけの場所に、品数豊富な支店が出来る。今もヤールシオールがあちこちでその話をしているそうだけど、反応は上々らしい。


 もちろん、支店でしか手に入らない限定商品も作りますよー。まずは売れ行きナンバーワンの陶器の熊の置物。これのネオヴェネチアバージョンを作る。


 普段は盾を構えているんだけど、そこに翼のある獅子を置く。本家ヴェネチアの象徴ですな。


 後、ネオヴェネチアなので、ガラス製の熊も制作。職人が試行錯誤を繰り返していて、いいものが仕上がってきそうな気配がある。


 他にもグラスや皿などの各種テーブルウェア、花瓶などの装飾品類、そして忘れてはいけないのがガラスを使ったアクセサリー。


 安価なガラスと侮るなかれ。色とりどりのガラスを使ったネックレス、コーム、ブレスレット、指輪などなど、とても美しい仕上がりになっている。


 これらも、ネオヴェネチアでなければ購入出来ない品だ。限定商品って、心惹かれるよね。


 観光地なら、食も欠かせない。チーズを多用した料理に、デュバルの採れたて野菜を使ったメニュー。肉や魚もデュバル産ですよー。飛び地をたくさんもらっておいてよかった。


 ホテルや宿のお風呂には、温泉街から運んだお湯を使用。沸かし直しているので温泉とは言えないけれど、温泉街に行く余裕がないあなたに、簡易な癒やしをお届け。


 もちろん、ここでも温泉街にあるのと同程度のマッサージやエステを受ける事が可能です。お? 美と食の観光地かな?


 なら、ロエナ商会には、化粧品を多く取り扱っておいてもらおうっと。カストルが肝いりで作った植物由来の素材をたっぷり使用した、化粧水に保湿液、マッサージクリームに美容液。パックもあるでよ。


 忘れてはいけないのが、クレンジングと洗顔料。シャンプーやコンディショナー、ヘアパックも数シリーズご用意。


 泊まる宿やホテルによって、置いてあるアメニティのシリーズが違うのは、温泉街で既に導入済み。


 これがいい試供品代わりになっていて、泊まったお客様がシリーズのリピーターになってくれるんだー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る