第450話 何故そうなる?
魔の森に接している国は、この大陸で五つ。どれもオーゼリアと同じくらいの規模の国だ。
その中で、唯一行った事がない国、それがヒュウガイツ。国名としては、学院生時代に絡んで来た双子の故国という事と、トリヨンサークに滞在中、諸悪の根源であるベクルーザ商会の人間が逃げ込んだ国として記憶している。
そのヒュウガイツ、小王国群並みに乾燥している地域だそうな。
「それで、あの国に水を売りに?」
「そう」
うーん、売る先が変わるだけで、水が売れればそれでいいかも?
「でも、ヒュウガイツに伝手なんかあったっけ? いきなり行って『水売ります、おいしいですよ、買ってください』って言って、売れるかなあ?」
「まあ、その辺りは付き合いのある家を探して、そこから繋いでもらうしかないわね」
あの国との繋がりねえ……あ。
「あるかも」
「そうなの?」
ついこの間、口添えをしたばっかりの人がいるじゃない。
という訳で、ノグデード子爵家のゾジアン卿を王都邸に招いた。
「ヒュウガイツに……ですか?」
「ええ。確か、ゾジアン卿の父君ノグデード子爵は、あちらからの亡命者の面倒をみてらっしゃったわよね?」
「そうですね。……にしても、あの国ですかあ」
何故かゾジアン卿は大きな溜息を吐いた。
「あそこ、大分特殊だからあまりお薦めしませんよ?」
「そうなの?」
「ええ。何というか……オーゼリアより王の力が大変強い国なんです。その分、王の周囲に群がる連中は我が国の比ではありませんよ」
ほほう。逆にいうと、王様さえ何とか出来れば後は楽って感じ?
「しかも、数年前に王が代替わりしまして、随分若い方が王位に就いています。彼がまた、扱いにくい人物と言いますか……」
お、おう。そんな相手なんだ。
「閣下にはガルノバンへの口添えをお願いしましたから、我が家としても紹介状は喜んで出しますとも。ですが、商売をするにせよ何にせよ、あまりいい国ではない事だけは、心に留め置いてくださいますよう」
「わかりました。こちらとしても、警戒はしっかりとしておきます」
「よろしくお願いします。……ああ、何でしたら、あの国を潰して閣下が全てを手に入れられるのも、ありかもしれませんよ?」
ゾジアン卿ー。最後に何て爆弾落としていくんだ! うちの有能執事達がその気になったらどうしてくれるの!?
「ゾジアン卿という方は、中々見所のある方ですねえ。あの方が仰るように、殲滅してしまいましょう!」
いつになく、カストルがヤル気に満ちてます。怖い。
「馬鹿な事を言っていないで、ヒュウガイツに関する情報を探ってちょうだい。これは最優先事項ですよ」
「承知いたしました。しばしお待ちください」
リラの命令に、カストルは恭しく頭を垂れると執務室を後にした。
「まさかゾジアン卿があんな事を言い出すなんてねえ」
「それだけ、ヒュウガイツ王国に何かしらの因縁でもあるのかしら?」
「どうだろうね?」
そういや、あの双子の扱いにゾジアン卿の父であるノグデード卿は苦労していたような……
似たような時期に魔の森の氾濫があったから、あの辺りの記憶はそれ一色で塗りつぶされちゃっててよく覚えてないんだよね。
「水の工場はもう稼働してるんだっけ?」
「まだ。いつでも稼働出来る状態だそうだけど」
あそこには、人は入れない。全て人形を使うし、その人形を操るのはネレイデスだ。山の中に、人知れずある工場。何か怪しいね。
「トレスヴィラジの果樹園は、どうなってるっけ?」
「あそこは順調ではあるけれど、収穫までは時間がかかるわよ。ただ、ブドウは今年収穫出来るって聞いてるわ」
「お! おいしいかなあ?」
「食べられるとは思うけれど……どちらかというと、ワイン用のブドウよ?」
収穫した後、醸造に回される分だってー。
「フロトマーロでも、ブドウ栽培の計画が立ってるけれど、こちらは現在整備中のため池が出来てからかしらね」
ブドウにはあんまり水を使わないけれど、それでもあそこまで乾燥しているとやっぱり水まきが必要らしい。
その辺りは、ネレイデスが魔法を使って雨や霧状にして与えるそうな。魔法、便利ね。
その他、他の大陸から取り寄せた果物も、四人の農家の元栽培が始まったらしい。今更だけど、港街ポルトゥムウルビスには海水を真水化する魔道具が既に設置されていて、果物栽培にも使われているそうな。
収穫された果実が届けられるの、楽しみー。
ゾジアン卿を通じて、ノグデード子爵と何故かビルブローザ侯爵連名のヒュウガイツ王国に対する紹介状が届いた。
「おお、この二人の連名かあ」
ノグデード子爵家の本家がビルブローザ侯爵家だから、当然かもね。
後はこれを持ってヒュウガイツ王国に……
「あんたは行っちゃ駄目だからね」
リラに心を読まれてるー。
「まだカストルからの情報待ちだし」
「それについてですが」
「わあああああ!」
いきなり執務室に現れたカストルに、リラが絶叫する。いや、このタイミングは、リラでなくとも驚くからね!?
「失礼いたしました。ヒュウガイツの件ですが」
「しれっと話を進めるな!! ……まあいいや。続けて」
「はい。今のところ、目立った話はありません。ただ、中央と地方で貧富の差が気になるところですね」
貧富の差かあ。こればかりは、どの国でも似たような話があるから何とも。
ただ、カストル曰く他国に比べて差が激しいそうな。
「地方では領主の力が強く、税率も一定ではないようです。領主によっては、領民を虐げる場所もあるようですね」
これも、オーゼリアは余所の国の事を言えない。いくつも潰したからねえ、その手の領主。
「ヒュウガイツでも、領主を潰しますか?」
「いやいやいや、他国の事なんだから、首突っ込んじゃ駄目!」
「ガルノバンもギンゼールもトリヨンサークも他国ですが?」
う……でも、あれは自分達に火の粉が降りかかってきたから、それを払っただけだし!
「今回、ヒュウガイツとは水に関する取引をするだけ! 他の事には関わらない! 以上!」
「……承知いたしました」
不満そうだなあ。そしてもう一人不満そうな人物が。
「今、カストルからの話を聞いて、余計あんたは行っちゃ駄目だって確信したわ」
リラである。まあ、彼女の立場なら確かに反対するよねー。
「いや、どうしてもあの国に行きたいって訳じゃないから……」
誤解しないでほしい。私は、トレスヴィラジの水が売れれば、それでいいのだよ。
リラに訴えると、彼女は深い溜息を吐いた。
「行かせるのは、ネスティでいいでしょう。彼女なら、うまく交渉をまとめてくれるわ」
そーですね。ネスティはフロトマーロでも交渉をまとめてきてくれた実績があるしな。
という訳で、ネスティを呼び出した。彼女は交渉事がない間、領都ネオポリスで役所仕事をしているらしい。
「お呼びと伺いましたが」
「うん。今度、ヒュウガイツに水を売りに行きたいから、ちょっとこの紹介状を持ってあの国に行ってきてほしいんだ」
「水……ですか? トレスヴィラジの、ですよね?」
「そう。販売許可を取り付けてきてほしいのよ」
「なるほど。わかりました。いつ向かえばいいでしょうか?」
「出来るだけ早く。あ、サンプルもちゃんと持っていって」
試食販売のようなものだ。おいしい水ですよ、飲んでみてくださいってやつ。
ネスティには、仕度が調い次第船で出発してもらう事になった。乗る船は、以前果物を探しに行く時に使ったクレーラ・アーニル号。
快速艇で、一度魔力充填をすれば大陸を三周くらい軽く出来るそうだ。
それに、ネスティと補佐役のネレイデス、護衛アンド身の回りの世話役としてオケアニスが同乗する。
速い船だから、ヒュウガイツまで片道二日半から三日で到着するそうな。ちなみに、普通の帆船だと数ヶ月掛かるって。
ネスティを送り出したのは四月の頭。さて、いつくらいに許可がもぎ取れるかな?
と思っていたら、送り出した一週間後にとんでもない話が舞い込んだ。
『申し訳ございません、主様。どうしていいものか判断に迷いまして』
「いや、大丈夫だけど。何があったの?」
『あちらの宰相閣下から求婚されました』
「はあ!?」
どういう事!?
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