第445話 そう来るかー

 現在、社交界で一番ホットな話題は栗頭と赤毛ちゃんの婚約だ。どうも、赤毛ちゃんの方は一足飛びに結婚まで持ち込みたかったらしいけれど、栗頭の実家であるスーシア男爵家が待ったをかけたらしい。


 男爵家としても、騎士爵家から嫁をもらうのはちょっと……という事なのかと思ったら、違った。


 なんと、栗頭は赤毛ちゃんの家、ミレッロ騎士爵家に婿に出されるんだって。で、その前に実家でそれなりの知識をたたき込む時間がほしい、という事らしいんだ。


 嫡男を婿に出すとか。凄い事するね、スーシア男爵家。


 そんな話題を王都邸の執務室で出したら、リラが眉間に皺を寄せた。


「……ゾジアン卿を通じてあんたに近づこうとした話が、男爵家に伝わったんじゃないかしら」

「え……まさか、それだけで婿に出されるの?」

「多分ね。それと、ユーイン様に対する変なコンプレックスの事も、男爵家では把握してたんじゃないかと思うわ」

「……男爵家を継がせると、社交界で何かやらかすかもしれないから、今のうちに家から放り出しておけって感じ?」

「おそらく」


 なるほど。貴族にとって、子供個人よりも家の方が大事って事は、よくある事。しかも今回、嫡男がやらかしたようなものだから、切り捨てても不思議はないって訳か。


「貴族怖い」

「いや、あんたも貴族だから。しかも、最恐の部類だから」


 酷くね?




 そんな苦いものを飲まされたような気分の日でも、舞踏会はやってくる。出席しない日が続くと、それはそれでいらん憶測が飛ぶしなー。


 体調不良といっただけで、すわ妊娠か!? と言われるような世界ですよ。本当、勘弁してほしい。


「プライバシーの侵害はしてほしくないわー」

「諦めて」

「リラが酷い……」


 相変わらず四人での舞踏会参加です。いいんだけど、殿下がお困りじゃないですよね? 後で文句言われても困るよ?


 本日の会場は王立劇場。歌劇場とはまた別の劇場だ。ここも二月の間は芝居よりも舞踏会に使われる事が多い場所。


 本日の主催はビルブローザ侯爵家。とはいえ、貴族派の舞踏会という訳ではなく、全ての派閥にまんべんなく招待状を配ったらしい。


 不本意ながら、ビルブローザ侯爵家とは浅からぬ因縁のあるのが私。あとはペイロンとアスプザットもかなあ。


 そして、ビルブローザ侯爵家は、ゾジアン卿のノグデード子爵家の本家に当たる。当然、本日はゾジアン卿と共に父親のノグデード子爵も出席だ。


「ようこそ、デュバル女侯爵。楽しんでいってください」

「お招きをありがとうございます、ビルブローザ侯爵」


 ビルブローザ侯爵は、三十路でなかなかのイケメン。貴族派という派閥を従えるにはまだ若いと思うけれど、サンド様曰く「やり手の侯爵」なんだとか。


 まあ、あのゾジアン卿の血筋だもんな。それに、ビルブローザ侯爵家は由緒ある貴族家だ。優秀な人間も多く輩出している。当主が有能でも、当然かも。


 簡単に主宰者に挨拶し、会場を廻る。ゾジアン卿の事だから、こちらを見つけたら向こうから声を掛けてくるでしょう。


「こんばんは、デュバル侯爵閣下。いつぞやぶりですね」

「こんばんは、ゾジアン卿。今夜は大変そうですね」


 彼も主宰者側だもんなー。現ビルブローザ侯爵と、ノグデード子爵は従兄弟同士だ。しかも、大変仲がいいと聞く。


 サンド様から聞いた話では、どうも先代ビルブローザ侯爵憎しで繋がった絆なんだとか。嫌な繋がりだね。


 でもまあ、先代のビルブローザ翁は、孫に嫌われまくるような人物だったっていうから、仕方ないのかも。


 私的にも、ペイロンの魔の森を焼かせた黒幕なので大嫌い。既に故人だけどねー。


「今度、鉄道でガルノバンまで行きますよ。いただいた手紙が効力を発揮しそうです」

「そうですか。あちらの宰相閣下にお目に掛かった際には、よろしくとお伝えください」


 宰相様、胃は大丈夫かなー? あそこの王様夫妻はやらかしが凄いから。そう考えると、うちの国王夫妻はまだおとなしい方なんだな……おとなしい王妃様。何かしっくりこない。


 ガルノバンに関しては、現在貨物のみとしている全路線ほぼトンネルという路線がある。山の中をくり抜いて線路を通したんだけど、近々こちらに旅客用の列車も走らせるプロジェクトが進行中だ。


 線路の数を増やし、貨物の隣を客車が走るようにする。しかも複線で。風情を楽しむなら山岳鉄道、スピード重視なら山中の路線を。目的に合わせて使い分けが出来るようにするんだー。


 それだけ、ガルノバンとの取引や行き来が増えている証拠でもある。この辺りは、鉄道会社から上がってくるデータを見るとわかる事。


 ガルノバンにも鉄道を増やす計画が進んでいるし、いずれはガルノバンからギンゼール、トリヨンサークまで鉄道が延びる。そのうち鉄道で大陸一周とか出来るかもね。


 その為には、最後の国であるヒュウガイツにも線路を通さないと。小王国群? あそこはいくらでもどうにでも出来そうだって、カストルが言ってた。




 ゾジアン卿と少し話した後は、普通に踊って普通に営業……社交をして、これで終わりかと思ったら、意外な人から声が掛かった。


「デュバル女侯爵、一曲お相手願えますか?」

「……ええ、喜んで」


 よもや主宰者からダンスを申し込まれるとは思わなかったよー。


 でも、考えたら今夜の出席者で、一番身分が高いの私だわ……


 これで公爵家の夫人とかいたら違ったんだけどねえ。三つある公爵家はどこも姿が見えない。招待してないのかな?


「侯爵とは、いつぞやぶりですね」

「そうですね。お互い、立場もありますから、なかなか」


 何せ、一応和解したとはいえ、数年前まではバチバチにやりあっていた派閥同士だ。


 ビルブローザ侯爵家は貴族派のトップ、うちは王家派閥でもそれなりに高くなってきてはいるけれど、トップまではいかない。


 でも、トップのアスプザット家とは家族ぐるみの仲だし、何より私はペイロンで養育された。これが大きいんだと思う。


 貴族派でも、無視出来ない存在になってきてるんだろうなあ。いや、貴族派に思うところはないですが。


 本当に、派閥自体に思うところはないんだよ。敵対してくるのなら、遠慮なく潰すけど。


「そういえば、侯爵に無体を強いようとした愚か者達がいたようですね。そのせいで紳士クラブが潰れたとか」


 あれかー。いや、あれは私が悪い訳じゃないしー。向こうが悪いんだもーん。なので、「まあ」とか言って誤魔化しておいた。


「嘆かわしい事です。いい若い者が、女性を狙うなどと。彼等には、当然の罰でしょう」


 そういや、きっつーいお仕置きをしたあいつら、今はどうなってるんだろう?


『うちで元気に穴を掘っています』


 ぶほ! 危うくむせるところだった! カストル、こういう時は念話を使わないように!


『承知いたしました』

「侯爵? どうかなさいましたか?」

「いえ、何でも」


 危うくビルブローザ侯爵を前に吹き出すところだったよ。危ねー。


「我が貴族派閥でも、若者の教育には苦慮しております」

「そうなのですね」

「時に、デュバルでは面白い取り組みを初めてらっしゃるとか」


 はて、どれだろう?


「平民にも、教育をしていると聞いています」


 あー、あれかー。


「ええ、学校を作り、広く教育を行うようにしております」

「失礼ながら、デュバル領は長く厳しい時代が続いたと記憶しておりますが」

「そうですね。ですが、今はよき人材に恵まれまして、好調です」


 実際には、私の個人資産を持ち出してあれこれやったんだけどね! ただ、温泉街やロエナ商会、王都のアンテナショップやクルーズ船による短期クルーズなどが好評で、完全に黒字に転じております。ありがたや。


「侯爵、図々しいとは存じますが、一つお願いしたい事があるのですが」


 なるほど、ビルブローザ侯爵がダンスに誘ったのは、これが目的か。いや、舞踏会でのダンスって、そういう為のものだからいいんですが。


「何でしょう?」


 場合によっては断るけれど、内容次第では受けるよ?


「一度、その学校を視察させてはもらえませんか?」

「はい?」


 そう来る?

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