第444話 凄い手腕だ……

 調査が終わった頃、ゾジアン卿から訪問のお伺いがきた。スケジュールはこちらに合わせるとあるよ。


「なら、今日の午後でもいっかなー」

「あんたはまた」


 旦那達を送り出したすぐ後に届いた手紙だから、午後ならばっちり間に合う。とはいえ、急ぎすぎと言われそうだけどね。




「いやあ、お返事が早くて助かりました」


 ゾジアン卿の方は、この急な話もありがたいようだ。


「まずは、ガルノバンへの口添えの方を終わらせましょうか。宰相閣下へのお手紙でいいですか?」

「これ以上ない口添えですね。ありがとうございます、閣下」


 相変わらず、ゾジアン卿はそつがない。口調も、本来なら年下の私相手だともう少し砕けたものでもいいだろうに、身分を考えて人目がほぼないここでもきちんとしてくれる。


 こういうところが怖い部分でもあり、信用出来る面でもあるんだよなー。どこぞの似非紳士に爪の垢でも飲ませたいところだ。


「それにしても、いきなり隣国の宰相閣下への手紙とは。閣下の人脈には恐れ入ります」

「あら」


 狙った訳ではないんだけれど、宰相様以外だとアンドン陛下か正妃様って事になるんだよー。いきなりそれはちょっと重かろう。


 渡した手紙を見て、ゾジアン卿がふと笑った。


「そういえば、口添え先はシイニール殿下じゃないんですね」


 シイニール? あ、三男坊か。ガルノバンにいる「殿下」で、私の知り合いと言えば、三男坊以外にいないわ。


 三男坊の婿入り先を決めるのも、色々あったなあ。


「あの方は、家の事には関わらないのではなかったかしら?」


 婿入り先が欲しいのは、三男坊の種のみ。まさしく種馬だもんな、あの人。


 でも、その立場を引き寄せたのも三男坊自身だ。チェリという素晴らしい女性に見向きもしなかった結果だもん。甘んじて受け入れるがよい。


 まあ、三男坊が振ったおかげで、ロクス様に最高の奥様が来たんですが。チェリは今の場所にいるのが一番幸せなんだよ。


「さて、目当てのものをいただけたので、こちらからも少し情報を。アーソン卿の事は、お調べになりましたか?」

「まあ、一通りは」

「では、ユーイン卿に対して、敵対心のようなものを持っている事も?」

「そう……ですね」


 敵対心というか、コンプレックスというか。ともかく、ユーインが気になって仕方ないみたいだね。


 おっと、こう言うとちょっと道ならぬ恋のように聞こえる。ユーインはそっち方面、さっぱりのはずだけど。


 どうでもいいけれど、オーゼリアでは同性愛は禁止されてはいない。ただまあ、歓迎もされないね。


 ただ、一部の「紳士」の間では嗜みの一つとされているみたい。専門の紳士クラブもあるとかないとか。


「アーソン卿は、そこらを含めて閣下に興味があるようですが、そんな彼にも崇拝者がいましてね」

「崇拝者?」


 この場合の崇拝者とは、言ってみればファンのようなもの。ただ見ているだけでいいって人から、ガチ恋勢まで様々なんだそう。


「アーソン卿には、学院生の頃から崇拝者がいましてね。そして、最近その中に一人、やり手の令嬢が加わったようです」


 やり手……令嬢……まさか。


「スピータ嬢……とか言わないですよね?」

「さすがは閣下です」


 わー。マジかー。




 赤毛ちゃんことスピータ嬢は、騎士爵家の一人娘で近頃婿入りする予定だった婚約者との婚約を破棄したばかり。


 解消ではない。破棄だ。相手の有責だからね。いくら騎士爵家より上の準男爵家の息子とはいえ、婿入り先の家付き娘を蔑ろにしていい道理はない。


 社交界でも噂になりつつあったようだし、何よりあの日の舞踏会。あの醜聞で、赤毛ちゃんの家も準男爵家も息子に見切りを付けたそうだ。


 で、見切りを付けられた舞踏会で、ある意味赤毛ちゃんを救ったのが栗頭……アーソン卿である。


 赤毛ちゃんはすっかり栗頭に夢中になり、ガチ恋系崇拝者になった訳だ。でも、ここからが赤毛ちゃんの凄いところ。


「いやあ、どこも崇拝者の群れなんてギスギスするものなんですけれど、スピータ嬢はアーソン卿の崇拝者達をまとめ上げ、君臨してしまいましたよ」

「わあ」


 思わずそんな言葉も漏れ出るってもんだ。でも、前回見た赤毛ちゃんのガッツぶりなら、頷ける。


「アーソン卿も、スピータ嬢に捕まったら逃げられないでしょう」


 ゾジアン卿、いい笑顔で怖い事言ってる。


 いやあ、それにしても赤毛ちゃん、マジ凄ーな。

 



 ローアタワー家主催の舞踏会から五日後。調査期間はちょうどいいお休みになりました。そう考えたら、栗頭にちょっとだけ感謝?


「どうしたんだ?」

「ううん、何でもない」


 ちょっと笑ったからか、エスコートしてくれているユーインが不思議に思ったらしい。でも、正直に言うのもねえ。


 本日の舞踏会は、コレドンホールにて行われる。これも規模が大きなもので、何と主催はアスプザット侯爵家。


 あまり王都での舞踏会は開催しないアスプザット家なんだけど、これからはこういった催し物もやっていこうという方針になったんだってさ。


 リラは主催側でお手伝いかと思いきや、独立した別の家の奥方なのだから、と言われたんだって。そういうところ、シーラ様はしっかり線引きするよなー。


 コレドンホールには、多くの人がいる。さすがアスプザット家主催の舞踏会。招待客の数も多い多い。


 よーく見ていると、一人の周りを囲うようにしているのは、全て崇拝者だ。彼等は芸能人のファンのように崇拝対象を崇め、こうして社交の場では片時も側を離れない。


 もちろん、崇拝者は男女どちらにもいる。大抵は独身のうちだけで、相手が既婚になると解散するそう。


 中には既婚者になってもいい! って気合いの入った人達もいるそうだけど。それ、配偶者にとっては邪魔じゃないのかね。


 ちらりと、隣のユーインを見る。彼にも、独身時代には崇拝者がいたんだよなあ。しかもかなりの数のガチ恋勢が。彼女達は、今どうしているんだろう?


「デュバル侯爵、ごきげんよう」

「まあ、ゴーセル男爵、夫人も、ごきげんよう」


 学院で一年先輩だったイエセア様のお母様だ。いつぞやは、子リスちゃんの入り婿オヤジを捕縛するのに、場を提供してもらったり、色々と手助けしてもらったっけ。


 一応、見返りの派閥への推薦をしたりなんだりしているから、あの件に関しては貸し借りなしになっているけれど。


 ゴーセル家は商会を営んでいて、うちのロエナ商会とも取引がある。それに、ペイロンの魔物素材の扱い数も増えている商会なので、無下には出来ない相手だ。


 それを抜きにしても、乗りのいい方だからおしゃべりは楽しいんだけどねー。


 しばらくその場で歓談していたら、何やら場がざわついている。何かあったのかな?


「あら、あれは」


 ゴーセル男爵夫人が、何かをめざとく見つけたらしい。何だろう?


 視線の先を見ると、げっそりした顔のアーソン卿と、その腕に笑顔でしがみ付いている赤毛ちゃんの姿が。


 二人の周囲には、おそらくアーソン卿の崇拝者達が輪になっている。


「婚約おめでとうございます!」

「スピータ様でしたら、きっとアーソン様を幸せにしてくださいますわ」

「ええ、安心してこの方を託せられるというものです」


 わー、中には感極まって泣いてる人までいるよ。


「あら、スーシア男爵家のご長男ね。ミレッロ騎士爵家のお嬢さんとの縁談、うまくまとまったようだわ。おめでたいわねえ」

「そうですね」


 栗頭、赤毛ちゃんに捕まったか。でも、あの栗頭には、赤毛ちゃんくらいしっかりした女性がお似合いだね。


 やー、それにしても、赤毛ちゃんの手腕は見事だわ。ちょっとうちに欲しいくらい。


 でも、きっと彼女は望まないだろうから、そっとしておこうっと。

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