第443話 コンプレックス

 一応、知り合いが話しているところにいって、面識のない相手を紹介してもらうっていうのは、社交の場ではよくある事。マナー違反ではない。


 とはいえ、あまり使われない手だけどね。普通は面識のある相手に事前連絡を入れて、誰それさんを紹介してほしいと頼む。


 紹介を頼まれた方も、きちんと相手先に確認してから紹介するのが筋。そこで初めて紹介する場を設ける訳だ。


 特にこの時期は、あちこちで舞踏会が開かれているから、この手の連絡が多い。私も、いくつか紹介を頼まれたり、逆に頼んだりしてるし。


 今回、栗色紳士はこの事前連絡をしていなかった。だって、私はゾジアン卿から栗色紳士を紹介していい? って確認されてないから。


 おかげで、ゾジアン卿の顔がちょっと渋い。


「デュバル侯爵、私の事はぜひピートとお呼びください。親しい者からは、そう呼ばれているのです」


 いや、私達、親しくないよね? ちらりとゾジアン卿を見ると、「あーあ」という顔をしている。


「アーソン卿。軽々しく愛称呼びを押しつけるのは、紳士として如何なものかな?」

「軽々しくなどと! 私は、侯爵の功績に感動しているのです!」


 ……そろそろ「閣下」を付けろと言った方がいいかな? アーソン卿、君、男爵家当主でもなく、ただの嫡男だよね?


 それに、紹介を受けたばかりだというのに、やたらと馴れ馴れしい。これ、社交の場の振る舞いとしても、アウトじゃね?


 さてどうしたものかと思っていたら、今度は横から声が掛かった。


「アーソン様!!」


 声のした方を見ると、あら、赤毛令嬢じゃないの。髪色と同じくらい頬を真っ赤に染めて、アーソン卿を見つめている。


「こちらにいらしたのですね。ああ、私、あなた様に会えると思って」

「これはミレッロ嬢。ごきげんよう」

「そんな、他人行儀な呼び方を……どうか、ノアとお呼びくださいませ」


 これ、何を見せられているのかな? ちらりとゾジアン卿を窺うと、既に無我の境地になっている。


「ゾジアン卿、お二人の邪魔をしてはいけないわね」

「そうですね、閣下」


 おっと、ゾジアン卿に閣下呼びされちゃったよ。彼もアーソン卿の態度には、苦いものを感じていたのかも。


「あ、侯爵! お待ちを!」

「まあ、アーソン様、どちらに行かれますの?」


 何というか、最初のイメージからはほど遠い子だな、赤毛ちゃん。とはいえ、いいガッツだ。そのまま栗色紳士を捕まえておいてくれたまえ。




 ローアタワー家主催の舞踏会は、さすがに人数だ。おかげでユーインの元へ辿り着くのに苦労したよ。あちこちから声が掛かるんだもん。


「ユーイン卿、奥方をお連れしましたよ」

「……ゾジアン卿か。何故、あなたが妻を?」


 ユーイン、冷気を出さない。ゾジアン卿は私を守ってくれてたんだよ。


 でも、それをここで言うと栗色紳士が大変な目に遭いかねない。


「実はガルノバンとの取引で、閣下にお口添えをいただきたくて。はしたなくもお願いしていたところなんですよ」


 え? そうなの? ちらりと見たゾジアン卿が、何やらこちらを見てにこりと微笑む。あ、話を合わせろって事か。


「ガルノバンには、それなりに伝手があるでしょう? それで」

「そうか……」


 何とか納得してくれたらしい。


 ……何か、おかしくない? 何で私が栗色紳士を助ける為に、こんな心臓に悪い事をしなきゃならんのよ。


 いや、栗色紳士の為じゃないな。ユーインの為だ。こんな場所で騒動になったら、赤毛ちゃんの時以上の醜聞だよ。


 大体、主催のローアタワー家にも顔向け出来なくなる。ロア様にも、迷惑掛けるかも。うん、そう考えたら、私の行動は間違っていなかったんだ。


「では閣下。お口添えの件はまた後日」

「ええ」


 にしても、ガルノバンとの取引に「口添え」ねえ。さすがゾジアン卿、取引自体は自力で掴んだんだ。




 翌日の日中、王都邸の執務室で夕べの事をリラに伝えておいた。情報共有は大事だからね。


「何そいつ。あんた狙いがすけすけじゃない」

「ある意味度胸あるよね」

「まあ……ね。あんたを狙うって事は、ユーイン様と真っ向勝負をするって事だもん。大抵の男は尻尾巻いて逃げるわよ」

「それだけ自信があるのか」

「ただの周囲が見えていない馬鹿でしょ」


 リラがばっさり。まー、確かにね。うちとの取引を希望するのなら、ゾジアン卿に紹介を頼めばよかったんだ。受けてもらえるかどうかは謎だけど。


「ともかく、スーシア男爵家とアーソン卿周辺は調べておくわ」

「よろしく」


 すっかり頼もしくなったなあ。




 招待状をもらって、参加すると連絡した舞踏会でも、欠席する事がある。急病とか、急用とかあるからね。


 ローアタワー家の舞踏会の後、連続して三日ほど各舞踏会を欠席した。


「何かあったのか?」


 さすがに連続して欠席すると、ユーインも心配するわな。


「んー。何かあるかどうかを、調べてもらってる最中なの」

「ならいいが」


 さて、結果はどう出るかな?




 翌日の王都邸執務室には、私とリラ以外に、カストルとポルックスの姿がある。


「ポルックスもこっち来たんだ。珍しいね」

「調査のお仕事があったからねー」


 リラ、ポルックスを使ったんだ……色々と開き直ったなあ。そんな思いでリラを見ると、しれっと言ってきた。


「使えるものは何でも使え、よ」

「そ、そーね。で? 何か出た?」

「家の方は何も出ないよ。普通の男爵家って感じ」


 家の方はって事は、本人には何か出たな? 私の考えを読んだらしいポックスが、にやりと笑う。


「彼、学院生時代からある劣等感を持っていたみたいだね」

「劣等感」


 コンプレックスってやつか。でも、何に対して?


「そりゃあ主様の旦那だよ」

「はあ?」


 ユーイン? これにはリラもびっくりしている。


「え……てか、コンプレックス抱くほどの代物? アーソン卿って、ギリギリ雰囲気イケメンって感じじゃなかった?」


 リラ、本当に毒舌に磨きがかかってるね。


「エヴリラ様の、その言葉こそが原因だよ。学院時代にも、似たような評価だったみたい」

「あー……」


 ポルックスの言葉に、思わずリラと声が重なる。アーソン卿周辺だと、王太子殿下やユーイン、ヴィル様、ルイ兄、イエル卿なんかと直接比べられちゃう世代だっけ。そりゃコンプレックスくらい抱くわ。


「じゃあ、そのコンプレックスの大本であるユーイン様から、妻を奪い取れればそのコンプレックスから解放される……とか?」


 リラの言葉に、ポルックスは腕を組んで唸る。


「うーん……それともちょっと違うみたい。何が何でも旦那より上にいきたいらしいよ?」

「はあ?」


 どういう事?


「主様の旦那って、社交界でも知られた愛妻家でしょ? ぞっこん惚れ込んでいる女を、自分が奪い取れればあいつより自分が上ーって価値観だね」

「サイテー」

「まったくだよ」


 リラと一緒に、吐き捨てる。まったく、女を何だと思ってるんだよ。栗色紳士呼びは訂正する。これからは栗頭と呼ぼう。


「あの男、自分が全てって性格だもん。そりゃ自分以外の女性なんて、自分をよく見せる為のアクセサリー程度にしか思ってないんじゃない?」

「ほほう。そのアクセサリーに、私を据えようと?」

「怖いもの知らずよねえ」


 本当にね。自慢じゃないが、今までのやらかし、知らないのかな。


「まあ、でもこれでこちらの方針も決まったからいいや」

「どうするの?」

「徹底無視。焦れて実力行使をしてきたら、その時は遠慮なく叩き潰す」

「それが正解ね。相手はあまり力のない普通の男爵家でしょう? 正しい判断が出来るのなら、嫡男を切り捨てるでしょう」


 嫡男というだけで、他に跡を継げる人間がいるかどうか知らないけれど、いざとなったら親族から養子を取ればすむ事。


 その前に、栗頭が私にちょっかいを掛けてこなければいいんだけど。無理そうなんだよなあ。

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