第442話 営業活動
二月は舞踏会三昧。本当に毎日のように出かけてるよ。行った先で必ず踊る訳ではないけれど、顔を出して挨拶するだけでも効果があるから。
何の効果かっていえば、存在感アピール? 元気で活動してますよって姿を見せておくのも、大事なんだってさー。
「とはいえ、こうも連日だと疲れるねー」
「でも、ここで頑張っておくとこの先が楽よ?」
「ですよねー」
何せ二月は普段王都に来ないような貴族も王都に来る。このチャンスを逃すと、相手の領地まで行って商談しないとならない……何て事もある訳だ。
もっとも、うちの場合実際の商談はヤールシオールがやるけどね。私はその前段階のアポ取り専門要員ってところかな。
トップ同士で「今度うちらで取引やろうぜ」「オッケー」とやっておくと、下の連中が後日話を進めやすいんだって。領主の意向は強いから。
なので、この時期私に課される仕事は、舞踏会に参加出来るだけ参加して、新しい取引先との顔つなぎをしてこの後のアポを取っておく事。営業かな?
これがあるとないとじゃ大違い……というのがヤールシオールの談。普段彼女におんぶに抱っこの面もあるから、頑張れるところは頑張っておこうかな。
そんな舞踏会、つい先日の騒動が尾を引いて、何やら若い世代が萎縮している。もうちょっとあの世代に元気があったように思うんだけど、しゅんとしちゃってるよ。
「若い世代が静かだな」
会場を見渡して、ヴィル様が呟く。そっか、前回の舞踏会の騒動、ヴィル様は見ていないんだっけ。
「実はですね」
かいつまんで、騒動の事を話す。
「何だそりゃ」
「傍から見ている分には楽しかったですよ?」
三文芝居みたいで。芝居とするなら、もうちょっと役者に頑張っていただきたいところだけれど。
「あの後、赤毛令嬢が婚約を破棄したのかどうかは、ちょっと気になりますね」
「さすがに準男爵家と騎士爵家の婚約話じゃあ、王宮まで上がってこないからな」
貴族の結婚には王家の許可がいるんだけれど、子爵以下の家同士の場合は簡単に許可が下りる。というか、実質許可は必要ないらしいよ。
なので、王宮がしっかり把握している結婚話は伯爵家以上の家に関するものだけなんだってさ。
「まあ、そのうち社交界に噂が回るでしょう。リラ、よろしくね」
「自分で噂を集めようとは思わないのね。まあいいけれど」
優秀な秘書のおかげで助かってまーす。
ダンスをして、何度か別の人とも踊る。今回はオーゼリア中部の海沿いの領地を持つ領主と顔つなぎが出来た。いい収穫だ。
タンクス伯爵も来ていたので、踊ったよ。港街ポルトゥムウルビスがそろそろ完成すると伝えたら、凄い喜んでいたな。後日倉庫の場所を知りたいというので、ネレイデスをあちらの王都邸に派遣する事になった。
そろそろ今夜の社交は終わりにしていいかなと思って、ダンスフロアから離れるべく移動していたら、背後から声が掛かった。
「こんばんは、デュバル侯爵」
この声……振り返ると、想定していた人物が立っている。
「こんばんは、ゾジアン卿。よい夜ですね」
「いつぞやの再現のようですね」
「ええ、本当に」
うふふあははと笑い合う。壁際にいたはずのユーインが、気付けば隣に来ていた。
「おや、これはこれは。ご無沙汰しております、ユーイン卿」
「久しいな、ゾジアン卿。妻に、何か用かな?」
「いえ、先日ご一緒した舞踏会での騒動、あの結末を侯爵はご存知なのかと思いまして」
もしかしなくても、赤毛令嬢の事かな? だったら知りたいのだけれど。
ユーインを見上げると、彼は仕方ないという顔をする。
「……我々はそろそろ帰宅する。手短に頼めるか?」
「そうですね。では、スピータ嬢は婚約を破棄したそうですよ」
「本当に?」
「ええ。ただし、その後釜に座った男性はまだいません」
という事は、タド卿は赤毛令嬢の心を射止めそこねたのか。あの栗色紳士はどうだろう?
「それと、アーソン卿ですが」
ああ、そうそう、そんな名前だったっけ。
「彼はデュバルに興味があるそうですよ?」
何ですとー?
結果的に赤毛令嬢を救った形になるっぽい、栗色紳士ことスーシア男爵家嫡男アーソン卿は、デュバルに興味があるらしい。
「正直言うと、デュバルに興味津々なのはアーソン卿だけじゃないわよ」
翌日の朝食の席。二家族が揃っての席で夕べの話題を出したら、リラからこんな返答がきた。
「そうなの?」
「鉄道関連、船舶関連、温泉関連その他諸々、利権がほしくてうろついてる連中は多いの。身辺には気を付けて……って、意味ないか」
「そーね」
正直、襲撃されたところで返り討ちにするだけだ。いくらごろつきを雇おうとも、物理攻撃だけの奴に負ける気はないし。
かといって、モグリの魔法士を使おうにも依頼を受ける人間はいないだろうってのが、ニエールの談。
何でも、魔法士界隈では私はかなりの有名人なんだって。色々な意味で。で、そんな有名人に勝てるわけがないと、大抵の魔法士は思うらしいよ。
『レラに少しでも抵抗出来るのなんて、研究所にしかいないんじゃない?』
つまり、身内ですねー。敵が私の排除を依頼したくとも、引受先がないのなら意味がないってさ。
「まー、襲撃してくるんなら、前に店に襲撃かました連中同様、恥ずかしい目に遭わせてやんよ」
言った途端、ユーインとヴィル様が吹いた。何でだろうねー?
しばらく舞踏会にはユーインと一緒でないと出てはいけません、と言われましたー。どうやら、栗色紳士がデュバルに興味を持っている、というのを私自身に興味を持っていると解釈したらしい。
それは別にいいんだけど、舞踏会参加の為に無理してないよね?
「問題ない。殿下にも、社交の重要性を説いて理解していただいた」
それ、本当に? 殿下の事、脅してないよね?
今夜も四人での出席になりそうだ。ヴィル様も律儀だから、私だけが夫婦同伴だとリラが肩身の狭い思いをすると言って、自分も参加する事にしたんだって。リラ、ちゃんと愛されてるねえ。
本日の会場は王立歌劇場。主宰者はローアタワー公爵家。ロア様の実家だ。
元々王家の血が入った公爵家で、その分権力欲が薄い。そんなローアタワー家が開く舞踏会は、様々な家が招かれている。
「よし、営業が捗りそう」
「営業って。せめて社交って言いなさいよ」
えー、でも嘘は言ってないしー。販路を広げるのは、大事よね。苦手だけど、頑張る。
最初のダンスはユーインと踊って、しばらくはフロアの端で挨拶と雑談。こういうところで新たな取引先が出来たりするもんだ。
営業活動に勤しんでいたら、背後から声が掛かった。
「こんばんは、デュバル侯爵」
この声……
「こんばんは、ゾジアン卿。よい夜ですね」
「いつぞやの再現のようですねえ」
「本当に」
うふふあははと笑い合う。これで騒動が起こったら、本当にあの舞踏会の再現になるなあ。
と思っていたら。
「おお、ゾジアン卿、こちらにおいででしたか」
横から割って入ってきた人間がいる。お、あの栗色紳士じゃないか。そういや、ゾジアン卿とは同学年だったっけ?
私とも学院時代が被るはずなんだけど、上級生、しかも異性となると交流はないも同然。逆にゾジアン卿と面識がある方が普通じゃないくらいだ。
栗色紳士はゾジアン卿とひとしきり挨拶を交わすと、こちらに向き直った。
「ゾジアン卿、ぜひ、彼女の紹介をお願いしたい」
「やれやれ。それが目当てか。デュバル侯爵、こちらはスーシア男爵家嫡男アーソン卿です。アーソン卿、こちらはデュバル女侯爵でいらっしゃる。失礼のないように」
「お初にお目にかかります、デュバル女侯爵閣下。以後、お見知りおきを」
「初めまして、アーソン卿」
あの時は遠目だったからどうとも思わなかったけれど、近場で見た第一印象は「お近づきになりたくない相手」だ。
隠しきれない野心で、目がギラギラしてるよ。
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