第441話 争わないで!

 舞踏会シーズンでは、あちこちの会場で今一番ホットな話題が噂される。ちょっと前まではネドン家の内紛が中心だったけれど、今は別の話題に移ったみたい。


 それでも、やっぱり他家の内情とか、誰と誰がくっついたとか、どの家の主とその家の夫人が不倫したとか、それが原因で騒動を起こしたとか。


 うちに有益な話は、あまり聞こえてこないね。


「この冬は、雪が少なかったようだ」


 んん? 何やら気になる話が聞こえてきたぞ?


「山の方も、早々に雪がなくなりそうだってな」

「ああ。その分、雪の害は少なかったからよかったよ」


 それ、本当によかったのかな? 春先に雪解け水が少なくて、夏に水不足とかに陥ったりしない? 大丈夫?


 助言はしないけれど、会場を歩くとこういう話も聞こえてくるから面白い。全体的に、去年の冬から今年にかけて、降雪量が少なかったようだ。


 うちの領は、大丈夫かな?


『問題ありません。必要なら、ガルノバンとの国境の山に雪も雨も降らせますので』


 うん、うちの執事は有能で助かるよ……




 舞踏会は、場所によっては騒動が起こる場合もある。今も、がしゃんとガラスの割れる音と女性の悲鳴が響き渡った。


「貴様! 表に出ろ!!」

「何だと! 貴様の方こそ、彼女を蔑ろにしたのが悪いんだろうが!!」


 今にも殴り合いになりかねない男性二人の間で、一人の女性がおろおろとしている。三角関係?


 こんな構図、どっかで見た事あるなー……あ、学院でだったわ。あの時の何とか男爵令嬢、元気にしてるかね?


 今日の舞踏会は、比較的若い人向けのものだからか、この騒動を収められる人がいないみたい。大変だねー。


「あれ、放っておいていいの?」

「いいんじゃない? 刃傷沙汰になったら、黒耀騎士団が動くだろうし」


 ちなみに、本日の舞踏会、リラと二人だけでの出席でーす。別にパートナーがいなくても、出席は可能なんだよ。無理して踊る必要もないし。


 舞踏会なのに、踊らないとはこれ如何に。まあ、適当に相手を見繕って踊ってもいいんだけどさ。舞踏会は社交の場なんだから。


 納得いっていない顔のリラと一緒に騒動を見物していたら、人々の中から颯爽と現れた人物がいる。


「やめたまえ、こんな場所で」


 ほー。ヒーローっぽい登場だねえ。見た目は栗色の髪に栗色の瞳。なかなかな容姿にそこそこ鍛えているらしき体格。


 掴みかかっている二人くらいなら、軽く捻りそう。でも、激高状態の二人は冷静な判断が出来ないらしい。


「何だ貴様は!」

「部外者はひっこんでいろ!!」


 二人に噛みつかれて、栗色紳士はふーやれやれといった様子で両手を広げ首を横に振る。どうでもいいけれど、このポーズを本当にやる人、初めて見た。


「僕としても関わりたくはないけれど、周囲を見てみたまえ。自分達がどんな恥をさらしているか、自覚出来ないかな?」


 後から現れた人物の言葉に、騒動を起こした二人がやっと自分達に向けられる好奇の目に気付いたらしい。


「お、覚えてろよ!」

「今度会った時は容赦しないからな!」


 何という、捨て台詞まで小物チック。それに、取り合っていたらしき女性の事を置き忘れてるぞー。


 置いて行かれた女性は、涙目で栗色紳士を見上げている。


「あの……窮地をお救いくださり、ありがとうございました」

「いいえ。男として当然の事をしたまでです」


 何だろうね? この三文芝居。手に持った扇で、思わずしらけてしまった表情を隠す。


「こんばんは、侯爵」

「! こ、こんばんは、ゾジアン卿。よい夜ですね」


 背後から、いきなり声を掛けられて飛び上がるかと思った。振り返った先には、見知った人物が立っていた。


 ノグデード子爵令息ゾジアン卿。学院生時代、同じ選択授業で学院祭に参加した事がある。


 それ以外にも、子リスちゃん家の入り婿オヤジを成敗する場所でも、手を借りたっけ。


 ノグデード子爵家としては、本家に当たるビルブローザ侯爵家の前の当主が王家派閥及びデュバルに対して「おいた」を働いた事を負い目に感じてるそうだよ。


 うちとしては気にしていないし、派閥としても既に手打ちは済んでいる。話を掘り返す事はないんだけどなあ。


「何を見ているのかと思いましたが、あれですか」

「ゾジアン卿は、あの方々をご存知?」

「ええ、まあ。仲裁した人物は、私と同学年なんです。残り二人は、侯爵より一つ上の学年ですね」


 何と。あれが貴族学院の先輩とは。まー、貴族と一口で言っても、色々いるからねえ。うちの実父とか、これまでに潰してきた家の当主とか。


 あら、そういえば、家の取り潰しに加担した家の数、それなりに多くなってるよなあ。いや、正確には潰したのは王家ですけれどー。


「あの栗色の髪の男性がスーシア男爵家嫡男のアーソン卿。彼に窘められていた茶髪の方がボダパル準男爵家のグエーザ卿、もう一人の黒髪がポートヤーク準男爵家のタド卿。可哀想な女性はおそらくグエーザ卿の婚約者、ミレッロ騎士爵家の一人娘スピータ嬢ですね」


 もう、名前を聞いただけで頭がこんがらがりそう。わかったのは、婚約者を蔑ろにしていた男も、その彼女を助けたい騎士道精神か横恋慕をした男も、準男爵家の次男以下って事。


 そうでないなら、ゾジアン卿がちゃんと「嫡男」って付けてるはず。実際、アーソン卿には付けてたし。


 いやあ、でもそれであの場の謎が解けたわ。いい家の人間なら、あんな醜態はさらさないはずだもん。家でがっちり教育を受けるからね。


 逆に、いい家の出のはずなのに社交界で醜態をさらすと、そのうち「病気療養の為」という名目で、領地のどこかに閉じ込め……げふんげふん。


 二度と社交界には姿を現さない……なんて事もあるそうな。


「その、準男爵家の次男か三男かそれ以下かは、騎士爵家に婿入りすると思って間違いありませんか?」

「ええ、その通りです」

「なのに、婚約者を蔑ろにしている?」

「これ、社交界では有名なんですけどねえ」


 ゾジアン卿が苦笑している。すみませんねえ、疎くて。つい領地の整備とか飛び地の整備とか南の新しい土地とかに夢中になってるから。


「どうやらグエーザ卿は、自分が選べる立場だと誤解しているようなんですよ」

「誤解」

「だって、本人を見たでしょう?」


 ゾジアン卿、毒舌だなあ。確かに、遠目に見てもグエーザ卿とやらが女をとっかえひっかえ出来るような器量とは思えない。


 いわゆるあばた面。それでも清潔感でどうにか見せている感じかなあ。あの容姿でも、謙虚で婚約者を大事にするなら、誰からも文句はなかっただろう。でも実際は……ねえ。


 対するタド卿の方も、まあ好きな人は好きかなという感じ。岩のようにごつごつとした見た目だからなあ。


 取り合われた形になる、グエーザ卿の婚約者だというスピータ嬢は素朴で可愛らしい人。赤毛でそばかす……あれ? 「赤毛のアン」?


「まあ、グエーザ卿もタド卿も、婿入り先が見つからなければ騎士団にでも入る以外に、身を立てる手段はありません。とはいえ、騎士団への伝手もない。実家も準男爵家ですから、いつまでも次男や三男を養える余裕はありません」

「なのに、虐げている? あ、だからタド卿が横から手を出そうとしてる訳ですか?」


 うお! 言った途端、背中からドンってきた。リラ、怒りのドンです。口が悪いって? すいません……


 目の前のゾジアン卿も、ちょっと困った様子だ。


「……まあ、端的に言えばそうなります。本人としては、可哀想な令嬢を救い出したい一心なのかもしれませんが」

「でも、最後があれじゃあねえ……」


 二人して会場を駆けだしていったせいで、令嬢が置いてけぼりですよ。でも、彼女は彼女で新たな道を見つけたようだ。


 最終的に救ってくれた救世主がいるもんな。ちらりと見た彼女の目には、アーソン卿が輝いて見えるらしい。新たな恋の始まりかな。


「アーソン卿に婚約者は?」

「いるという話は聞いたことがありませんね。ちなみに、僕にもいませんよ」

「そうなんですか。いいご縁がありますように、祈っておきますわね」


 うふふあははと笑い合う。もう、本当にこの人は底が見えなくて困るよ。その分、優秀な人だから味方にすると心強いんだけどねー。

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