第440話 焦らずに

 舞踏会シーズンは、連日舞踏会に参加する事もある。いや本当、お休みください。


「その分、昼間の社交は入れてないでしょ?」

「昼間は書類仕事をしてるから社交をやってる暇がないってだけでしょ!?」

「その仕事、誰が作ったんだっけ?」

「申し訳ございません」


 私だよチクショー!




 という訳で、本日もお仕事続行中ですよ。色々動いているのはいい事……だと思っておこう。


「うーん、やっぱりネオヴェネチアには、ガラス工房を置こうかなあ」

「……安直だとは思うけれど、いいんじゃない? 観光の目玉は欲しいし」


 だよねー。簡単なガラス制作なら見学出来るとか、小物を作るワークショップとかあってもいいかも。あ、小物ってか、トンボ玉とかいいんじゃない?


「今更言っても無駄だから、それら全部企画書としてまとめて」

「へーい」


 ガラスはなー。やっぱり色鮮やかなものが欲しいよね。あとレースガラス。これは絶対。ものによっては、ロエナ商会で扱えるかもしれないし。


 となると、ヤールシオールも巻き込んでおくか。


「ヤールシオールのスケジュール、わかる?」

「今日は王都で商談があるはずよ。お昼は空いてるから、王都邸に呼び出す?」

「よろしく」


 相変わらず、精力的に活動してるんだなあ。




 昼の少し前に、ヤールシオールが王都邸に来た。

「ご当主様がお呼びと伺いましたけれど? また何か面白い事を思いつかれたのかしら?」

「それは、食事の後にでも」

「そうね」


 リラとヤールシオールが、何やらアイコンタクトを取っている。君達、仲いいね。


 本日の昼食は、トレスヴィラジから直送した魚を使っている。淡泊な白身魚をバターソースでいただく。んまー。


「ホワイトソースでもいけるかも」

「白身魚だと、味付けが濃くなっても喧嘩しないからいいわ」

「これが、海のお魚ですのね。初めて食べますわ」


 そっか、王都にいる人にとって、魚といえば川魚だもんね。あれはあれでおいしいけれど、やっぱ海の魚でしょ。


 食事が終わり、食後のお茶の時間。


「さて、ではお聞かせ願いましょうか。今度は何を考えつかれたんですの?」

「いやあ、今作ってる街なんだけどね。ガラス工房を置こうかと思って」

「ガラス工房? 王都にもありますけれど、あまりパッとしませんわよ?」

「こんなのを、素人でも作れるような体験会を開きたいんだ」


 カストルに持ってこさせたのは、トンボ玉。三種類の色が入ったものだ。


「これは……初めて見ますわ」


 でしょうね。こっちでガラスって、小さな板ガラスが主流なんだよ。窓にはめ込むやつ。


 グラスはあるけれど、凝った色や形のものはないんだよねー。バリエーションに乏しいというか。しかも透明なものだけだし。


 あ、切り子もいいかも。


「また何か余計な事を考えついたわね? 今それは置いておきなさい」

「あ、はい」


 どうして考えてる事が筒抜けなんだろう。いや、何を考えていたかまではわからないみたいだけど。でも、切り子、綺麗だよね。


 ヤールシオールは、私がやっつけで作ったトンボ玉を食い入るように見ている。


「ご当主様、これは、何に使うものなのですか?」

「飾りかな? 髪飾りにしたり、ブレスレットにしたり、ネックレスもいいかも」


 後はベルトに付ける飾りとか、バッグチャームとかかな。トンボ玉はかんざしに向いてるよね。


 あ、温泉街で浴衣を広めて、浴衣にはトンボ玉のかんざしを付けるのが通、とかどうだろう。あそこ、まだ浴衣を取り入れてないんだよね。


 浴衣を作るなら、綿花を栽培しないとね。麻は栽培してるんだっけ?


「そこ! 余計な事を考えつかないの!」

「えー?」

「あら、いいではないの。エヴリラさん。ご当主様には、ぜひ新しい品を考え出してもらいたいわ」


 ヤールシオール、わかってるう。リラを見ると、何だか悔しそう。


「ロエナ商会だけのはなしなら、私も言いませんよ。でも、この人が考えつく事って、確実に私達の仕事になるから、仕事が増えていく一方なんです」

「あらあら。領主館や王都邸にも、もう少し人を入れる事をお薦めするわ」

「そうですね……まだ教育が終わっていない領民が多いから、どこかから引き抜いてこないと」

「……ご当主様、エヴリラさんには少しお休みが必要かもしれませんわよ?」


 そっかー。じゃあ、一緒にお休み取ろうか。




 ヤールシオールには、ネオヴェネチアでのガラス工房設立に関して力を貸してもらう事になった。


 彼女の伝手で、ガラス職人を雇い入れるのだ。後はカストルに頼んで、彼の前の主の記憶からムラーノグラスの製造方法を探してもらおう。


 機嫌よく夜の仕度をしていたら、カストルが一通の手紙を持ってきた。誰から?


「セブニア夫人からです」


 おっと。夫人はツイーニア嬢と一緒に湯治中のはず。その夫人からお手紙とな。


「出発まで、まだ時間があるよね。先に読むよ」

「では、こちらをどうぞ」


 銀色のトレーの上に乗った手紙。そのトレーの上に、カストルがペーパーナイフを置いた。


 それで封を開け、便せんを取り出す。お、香り付きだ。


「んーと何々……え? ミレーラが行ったの?」

「そのようですね。飛び地までの線路はまだ通してませんから、彼女は単独馬で行ったようです」


 何という行動力。うちにいる女子って、本当たくましいよね。いい事だと思うんだけど、社交界的にはアウトなんだろうなあ。


 ミレーラは単純に、友達であるツイーニア嬢に会いにいったらしい。


 そのミレーラが乗っていった馬と接するうちに、セブニア夫人の中で何かが変化したそうだ。馬で、考えが変わるのか……


「アニマルセラピーというのもありますし」

「いや、この場合はちょっと違わない?」


 馬と接するうちに、心が健康になったのかもしれないけどさあ。


 後は、どうやらミレーラの考え方に影響を受けたみたい。


『彼女に言われたのです。誰かと自分を比べているうちは、不幸なままだと。比べる必要などない、自分は自分の出来る事を、手を抜かず一生懸命やればいいのだと。その言葉を聞いた時、目の前の深い霧が一瞬で晴れていくように感じました』


 私にとっては当たり前に思える言葉でも、疲れ切っていたセブニア夫人には天の啓示に聞こえたようだ。


 何にしても、前向きになれたのはいい事だ。人間、ある程度は考え方次第でどうとでもなるからね。


「ツイーニア嬢の方は、どうなんだろう?」

「兄君やその奥方との会話が、いい方向に向かわせているようですよ」

「そう……よかった……」


 兄も、ツイーニア嬢を通じて辛い過去を思い出す事になったろう。でも、膿を出し切らなきゃ傷は治らない。辛くても、ちゃんと支えてくれる人がいる。それを忘れなければ、きっと大丈夫。


「この分だと、二人の復帰は早そうかな?」

「同行しているネレイデスからの報告では、夏までには復帰出来るのではという話です」

「焦らないようにって伝えておいて」

「承知いたしました」


 焦ってせっかくうまく行きかけているものが、駄目になったら目も当てられない。ゆっくりでいい。確実に治してほしいな。

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