第446話 応援したい

 ビルブローザ侯爵家主催の舞踏会の翌日、手紙でも視察のお願いがきた。さすがビルブローザ侯爵、口約束だけでは済まさないってか。


「とはいえ、教育現場を見られても、どうという事はないんだけどねー」


 現在、デュバル領都であるネオポリスで行っている教育は、三段階に分けられている。


 初等教育、中等教育、高等教育だ。高等と言っても、貴族学院で習うような内容ですらない。せいぜいが中等教育より専門的な事を教えているという程度。


 これも、もう少し教師陣の層を厚くして、将来的にはうちで大学まで作りたいんだよなあ。


「魔法に関しては、専門家がいますよね?」


 カストル、君、また私の考えを読んだね? リラから睨まれているよ?


「……研究所に協力を仰げば、何とかなるかもね。でも、あそこにいる人達って、人に教えるのは不得手な人ばっかりだからなあ」


 どっちかっていうと、一人黙々と研究に没頭していたい人達だから。もう少し、コミュ力のある研究員がいるといいんだけど。


 ふと、以前旧男爵領にいた人物を思い出す。大変進歩的な考えの、指導者。


「……名前、何だっけ?」

「誰が?」

「旧男爵領の、農民代表だった人物」

「ティーフドン地区のハック・テズロスかしら」


 ああ、そうそう。そんな名前だった。


「彼に、教育事業に参加してもらえないかな?」

「はあ!? 正気なの!?」


 え……そんなに、反対されるような事?


「あの男が何をやったか、忘れたの!? 農民を焚きつけて、私達を襲おうとしたのよ!?」

「いや、それはそうなんだけど。そうじゃないっていうか」

「あんな危険分子を領の中央に入れたりしたら、あっという間に領民が染まりかねないじゃない!! 実際、ティーフドン地区ではやったんだから」

「ええと」


 それは違う気がするー。でも、うまく言語化出来ないー。


「エヴリラ様、少し、落ち着かれてはどうでしょう? 興奮したままでは、話し合いも出来ません。リラックス効果のあるハーブティーです。どうぞ」

「……ありがとう」


 ばつが悪そうなリラは、カストルが入れたお茶を飲んで、一息吐く。


「あのね、ハック氏は、もうこちらに逆らわないと思うよ?」

「どうしてそんな事が言えるの? あの時、思い切り脅したから?」

「それもあるんだけど、あの人が私に逆らう理由がないから」

「はあ?」


 そうなんだよね。ハック氏って、領民の為に動いてきた人だから、領民が苦しめられていないのなら、領主には逆らわない人だと思うんだ。


「ハック氏があの時、私を襲撃しようとしたのは、自分達の権利が脅かされると判断したからでしょう? まったくの誤解だった訳だけれど。でも、彼等はそれだけ、前の領主に苦しめられていた」

「……そうね」

「で、私を襲おうとして返り討ちに遭い、少しだけ外に目を向ける事になった。で、その後彼がどうしてるか……カストル」

「はい。ティーフドン地区担当となったネレイデスに教えを請い、旧領主館にてネレイデスの仕事を率先して手伝っているそうです」

「はあ?」


 そうなんだー。いや、私も知らなかったわー。カストルが反対しなかった以上、何か知ってるんだろうなーとは思ったけど。


「テズロス家の何代か前に、転生者がいたようです。主様達と同じ世界、国かはわかりませんが、その先代が教えを残したようですね」

「つまり、教科書のようなものがある?」

「主様の仰る通りです」


 なるほど。それを使って、領民を教育していたんだ。なら、やはり彼は教育機関に招きたい。


「学校はこの先増やす方針でしょ? 領内だけでも、統一した教育を施したいのよ。その為には、学校独自の方針よりは、全ての学校に統一した方針がいると思うんだ。もちろん、それぞれの学校で独自のカラーを出す事を否定しない。でも、根っこは一緒にしたいのよ」

「それに、あのハックって男を関わらせるの?」

「自分が間違っていたと認めて、新たに道を切り開こうとする人を、否定したくないんだ」


 私の言葉に、リラがちょっと悔しそう。確かにリラと同一視するのは危険だけれど、でも「やり直し」の道を潰したくはないんだよ。


 ハーブティーの入ったカップを、行儀悪く両手の中で回していたリラは、大きな溜息を吐いた。


「わかったわ。反対しない」

「ありがとう! リラ」

「大体、領内の決定に関して、私がどうこう言うのが間違っていたんだし」

「いや、それは間違ってないから。意見があったら、ちゃんと言って」


 執務室の仲間じゃないか。笑顔の私に、リラは何故かドン引きだ。


「あんた……その顔は『逃げるな』って言ってるわよ?」

「うん、もちろん。私とあなたは一蓮托生!」

「やめてよ! 沈むのなら一人で沈んで!」

「えー、酷いー」

「主様、私はどこまでもご一緒いたします」

「カストル! あんたはいつまでもこの人を甘やかさないの!」


 王都邸執務室は、今日も平和だ。




 視察のお願いが来たからといって、数日後に「では視察を受け入れます」とはならないのが貴族。


 ビルブローザ侯爵とも話し合った結果、今年の九月に実施が決定した。


「今は二月だから、半年以上先かあ」

「仕方ないと思うわよ。夏はイベントが目白押しで忙しいし」


 まあねえ。私の誕生日のすぐ後に狩猟祭だもん。ああ、去年の旅行が懐かしい……あ。


「そういえば、リラ達はもうじき結婚して一周年じゃない?」

「そうね。それが何か?」

「何かって……お祝いしようよ」

「……逆に聞くけれど、自分の結婚の周年記念はお祝い、したの?」


 あれ? したっけ?


「なさってません」

「という訳。仕えている主がやっていないのに、私がする訳にはいかないわねえ」

「えええええ」


 そういえば、うちって結婚……二周年? 三周年? どっちだったっけ?


 普通、結婚記念日を忘れるのって、旦那の方が多いんじゃないのかねえ。


「あんたの場合、あんたもユーイン様も忙しいもの。日々忙殺されていたら、そりゃ記念日なんて忘れるわよ」

「ぬう……不覚」


 ユーインは、こんな妻で呆れないのだろうか。ちょっと心配。


 その夜、ちゃんと確かめてみました。話してる最中に話があらぬ方向に向かってしまったけれど、何とか軌道修正は出来た……はず。


 ちょっとその後が大変だったけど。ちょっと? 大分?




 湯治用別荘で過ごしていたセブニア夫人とツイーニア嬢が、一旦領都に帰ってくる事になった。


 そこで改めて色々と話し合い、その後を決める。


「え? じゃあ、兄達もずっと別荘にいたんだ?」

「そのようです。おかげで、ツイーニア嬢のストレスがかなり軽減されました」


 多分、お義姉様効果だな。今度シャーティの店で焼き菓子を見繕って、お義姉様に送ろうっと。


「話し合いの場に、私はいた方がいい?」

「そちらはエヴリラ様が請け負うとの事です。主様には、その間王宮での話し合いに参加していただきたい……と」


 あー、王宮ねー。


 まだ公表はされていないけれど、近く今上陛下は王太子殿下に譲位なさり、第一線を退く。王妃様曰く、健康上の理由……だそうだ。


 その後、お二人は私が用意する土地で静養なさる予定。で、その静養地の説明がほしい、という事になったらしい。


 そりゃー、私でないと話にならないわな。リラ、相変わらずいい割り振りだ。




 王宮へは、舞踏会シーズンである二月が終わった後、三月の頭と決まった。それまで、建設中の静養地候補に関するものをまとめておく。


 写真付きのパンフレットを用意してみましたー。


「さすがに、温泉街とビーチ以外は完成予想図ばっかりだね」

「建設中の場所ばかりですから、致し方ありません」


 ですよねー。その分、出来上がっている温泉街とビーチの写真が豊富な事。これ、そのまま観光パンフレットに使えそうだね。


「そのつもりで制作しました」


 そうなんだ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る