第435話 重い話
王妃様の姑である王太后陛下は、先代国王が今上陛下に王位を譲られたのを機に、離宮へ移っているという。
「ちなみに、先代陛下は別の離宮で過ごしてらっしゃるわよ」
「え……」
それって、別居というのでは……よく聞いたら、それぞれ過ごしてらっしゃる離宮も、大分離れてるし。
「あのお二人は完全に政略だったし、何より先代陛下には想う相手がいらっしゃったから」
「それって……愛人とかそういうのには……」
「出来なかったわね。国王たるものは、国民の模範となるべし、というのがオーゼリア王家の座右の銘ですから」
つまり、その相手とは永遠に結ばれないという訳か。そんな身分が低い女性だったとか?
「ともかく、先王陛下にとって、想い人は王位を退いてまで一緒にいたい相手ではなかったようよ。現に、今は別の人と一緒に過ごしてますから」
「はい!?」
想い人は、とっくの昔に嫁に行ったので、そこで関係は切れたそうな。で、今は別の愛人……というか、恋人と一緒にいるらしい。
今上陛下の両親って事は、それなりの年齢よね? まあ、でもありっちゃありなのか……
「それはともかく、政略で王妃となった方だから、王族とは! という考えがガチガチな方でね……」
「陛下は苦手としてらっしゃいましたね」
「今も苦手よ。あの頭の硬さ! 私には無理だわ。その点、ロアはいい子よ。柔軟なものの見方をするし、レオールに対しても一歩も引かないし。本当、ローアタワー公爵には感謝だわ」
嬉しそうな王妃様に、シーラ様の顔も緩む。本当に仲がいいんだよね、このお二人。私はちょっと遠慮したいんだけど。
「さて、話が変な方向へ行ったけれど、本題に入りましょうか」
あ、やっぱあるんだ本題。
「ちょっと、そんなに身構えないでちょうだい」
いやあ、王妃様からの話って、大変なものが多かったから……思わずへらりと笑ったのは、仕方ない事なんだよ。シーラ様には咳払いをされたけど。
「実はね、近々陛下が王太子に譲位なさいます」
「はい!?」
じょういって、あの譲位だよね? 王位を譲るっていう。
え……今上陛下って、いくつだったっけ? 四十ちょいくらい? まだまだお若いんじゃないの?
ぐるぐる考えていたら、王妃様がちょっと苦い笑みを浮かべた。
「まだ内密にしておいてね。健康上の理由から、王位を退かれる決意をなさいました」
「それ……は……」
健康上の理由って事は、病気か何かって事? それを私に治療させるとか? あ、でも譲位なさるって、王妃様は確定事項として仰った。
じゃあ、どうしてそれをここで?
「何故、ここであなたにこの話をしているのか、わかってないわね?」
「はい……」
「隣のゾーセノット伯爵夫人は、理解したようよ?」
「え?」
見れば、リラが真っ青になっている。え……どういう事?
「ゾーセノット伯爵夫人、構わないから、あなたの考えを仰い」
「……恐れ入ります。今上陛下が、健康上の理由から王太子殿下にご譲位あそばした後の事……ではないかと」
「いい読みね。レラ、これで理解したのではない?」
「ははは。うちの温泉か、フロトマーロのビーチか、どちらかという事でしょうか?」
健康上の理由で退いた陛下の静養地を提供しろって事ですよねえ?
「無論、対価は支払いますよ。お金でも、それ以外でも」
引退した先王陛下を預かる以上、警備もそれなりにしないといけない。何せ腐っても王族。万が一敵の手に落ちて利用されるなんて事になったら事だ。
そういう意味でも、確かにうちは最適なのかも。
「確認ですが、両陛下のご静養……と考えていいんですよね?」
「ええ。私は王太后陛下のように、夫の側を離れようとは思いません。政略だけれど、ちゃんと想っているのよ」
それはいい事だと思います。
「近々という話でしたら、具体的な日程を伺ってもよろしいですか?」
「二、三年のうちには。少なくとも、来年中という事はないわ」
準備に掛けられる日数は、約一年。その間、引退した両陛下を安全にお預かりする場所を用意しなくてはならない。
ついでに、国王陛下の健康管理もか。医療特化のネレイデス、増やすかな。
今のところ、温泉か海沿いか、どちらかを選んでもらう事になりそうだ。それを伝えたところ、王妃様からは「陛下と相談する」という返答が。
「私が勝手に決めたら、拗ねてしまわれるもの」
夫婦仲がよろしいようで。国としてはいい事だと思っておきます。
王妃様を見送った後、残り三人でもうちょっとおしゃべりを。
「今更だけれど、本当にいいの? レラ」
「いいかどうかと聞かれると、ちょっと重いとは思いますが……現状、うち以上に安全に過ごせる場所を提供出来る人、いないと思います」
「そうね……あなたには、負担を掛けるわ」
「いえいえ、これでもオーゼリアの国民ですから」
オーゼリアって、いい国だと思うのよ。そりゃあろくでなしもいるけれどさ。そういうのはどんな国でもいると思うんだ。
ガルノバンやギンゼール、トリヨンサークを見てきたからこそ思うんだけど、これだけ好き勝手に出来る国、他にないと思うし。
王宮からは面倒ごとを押しつけられる事も多いけれど、その分こちらからの要求はちゃんと呑んでくれるし、通してもくれる。総合して、過ごしやすいんだよね。
だからこそ、これまで国を支えてきた両陛下が、これから暮らす安住の地を用意するのは、まあ大変だけどやりがいのある仕事なんじゃないかと。
地位には責任が伴うものだし、侯爵って地位を頂いている以上、国や王家に貢献しましょうや。
他にもコーニーの事やヴィル様の事、それから今は子育てに専念しているチェリの事などをあれこれ話して、この日のお茶会は終了。馬車でリラと一緒にデュバル邸へと帰る。
馬車に乗ってる時間なんて、ほんの数分程度。だから、話は王都邸に戻ってからにしたんだろうなあ、リラも。
「あの話、受けるとは思わなかったわ」
邸に戻って、奥の居間で一息吐いていると、リラが口を開いた。
「そう? でも、王家からの依頼じゃ断れないでしょう? 断る理由もないし」
「……あんたがそう言うのなら、いいんだけど」
言いたい気持ちはよくわかる。今まで、どちらかというと王宮とは距離を置きたがってたからね。そういう姿を見ていれば、不思議にも思うでしょ。
「正直さ、王家って離宮をいくつか持ってるから、そっちに行けばいいのにって、思わないでもないんだ」
「なら」
「何となくだけど、国内にいたくないんじゃないかなって」
「え……?」
「ただの憶測だけど、引退したとは言え、先代国王が国内にいると、新国王がやりづらいんじゃないかなーって。少なくとも、両陛下はそれを心配してるんじゃない?」
何せ譲位の理由が健康上の問題だ。薬や回復魔法をこれでもかと使えば、まだまだいける! って思う貴族は絶対いるでしょ。
でもさあ。本人が「ここまでだ」って思って幕引きするんだから、それ以上は望んじゃいけないと思うんだ。
「国内にいると、無理矢理引っ張り出そうって連中も出て来かねない。だったら、国外に土地を持ってる私のところかなって」
フロトマーロに用意したポルトゥムウルビスもビーチリゾートも、私個人の土地だ。オーゼリアのものではない。
「じゃあ、温泉街って線は……」
「最初からないんじゃないかな。だって、温泉が湧いてるってだけなら、多分他にもあるだろうし」
大々的に活用していないだけで、山奥とか村単位とかでは利用してるんだってさ。これはポルックス情報。
そう考えると、わざわざ私を頼るくらいだから、国外じゃないかなーって思うんだ。で、国を出る必要性ってどこにあるのかなーって思ったら、さっきの理由を思いついた。
「結局、私が勝手にそう思ってるだけだけどさ。いいんじゃないかな? ビーチに引退した国王夫妻がいても」
「まあ……ね。観光で行った人達が驚きそうだけど」
「だねえ。そう考えると、別の場所にプライベートビーチ作って、そっちに移住してもらう?」
「あんた……単純に、新しい街を造りたいだけなんじゃないの?」
「そうとも言う」
リラが笑ったから、私も笑う。いやあ、こんな重い話、笑い飛ばす以外にないじゃない。
本当、王妃様が持ってくる話はろくでもない。とはいえ、どうせやるなら楽しまなくちゃね。
「そうと決まれば、ネレイデスとオケアニス、増産しないと駄目かな」
「え……あれ、増やすの?」
「ほら、防犯に」
「過剰防衛にならない?」
……なるのかな? でもまあ、襲撃してくる方が悪いんだから、過剰でもいいや。
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